第29話
「………心配かけてごめんなさい」
ベッドに横になったまま、まず最初に僕は謝った。
大騒動だった。大騒動になった。あれから。僕がタツヤって人を追いかけてから。
女の人にはすぐに追いついた。でもとりあえずスルーしてタツヤって人を追いかけた。
残念ながら体力はない。でも逃したらダメって。
政さんを実際に騙していたのは女の人かもしれない。でもタツヤって人はそのことを知っていた。きっと政さんのお金って知ってて一緒に使った。その上宗くんに蹴りとか。
警察がすぐに来る。見ていた人だっていっぱい居る。傷害事件的な感じで事情聴取をしてくれれば、そこからきっとあの女の人の話になる。
宗くんはお腹への蹴りで動けない。あおちゃんは電話をしていて追いかけるスタートが遅れた。
僕しか今は居ないんだって、走った。
必死に走って追いついて腕をつかんで、離せって振り払われそうになった。
でも、僕だってこれでも、合気道をやっていたんだ。
その手をつかんでひっくり返し返して、僕はタツヤ捕獲に成功した。
駆けつけた警察に、無事タツヤを引き渡すことができた。
………のは、つかまえられたからいいにして。
久しぶりの全力疾走と、大人の人相手の揉み合い、そこからの安心で、僕は見事にひっくり返った。どうやら限界をこえていたらしい。
気づいたらどこかの病院の個室で、実くんと冴ちゃんが居てびっくりした。
まだ頭がぐらぐらしていて、気持ち悪いような気がした。
それでも、ふたりの泣きそうな顔を見たら謝らずにはいられなくて、ごめんなさいって。
「明くーーーーーん‼︎」
「痛いところとかない?苦しくない?気持ち悪いとかない?」
「うん、ちょっと………」
実くんは僕に聞きながらナースコールを押して、僕が気づいたことを看護師さんに伝えた。
それからまたバタバタとして、落ち着いたのはそれから何時間も後のことだった。
「この度はうちの愚息のために本当にすみませんでした」
その日の夜。10時過ぎ。
今日はすごい日だったねって、3人で一息ついていた頃に、辰さんが政さんと宗くんを連れてうちにやって来た。
あおちゃんもついさっきまで居た。あおちゃんのお姉ちゃんの朱音ちゃんと、あおちゃんのお母さんも。それこそ僕とあおちゃんが詐欺師をつかまえたって大騒動。
僕もあおちゃんもみんなも、コトがコトだけにいつもより興奮状態でテンションが高くて、僕はこれ明日やばいやつかなあと思っていた。
でも興奮は冷めやらず、で、ちょっと落ち着こうって解散後の一息中に。
玄関先じゃ何だからと、6人が6畳の居間兼冴ちゃんの寝る部屋でぎゅうぎゅうだった。
政さんは、分かりやすく肩をがっくり落としていた。
「明くん、倒れたと聞きましたが、体調は如何ですか?」
「あ、うん。えと………大丈夫です」
「宗に聞きました。ものすごいダッシュで追いかけてつかまえたと。それはそれはカッコよかったと」
「え」
「………んなこと言ってねぇ」
「いいえ?宗の顔がそう言っていましたよ」
「顔はしゃべんねぇ」
「自覚なしとは………。まるで恋に落ちた乙女みたいな顔してたくせに」
「あら………♡」
「………親父」
こっ………恋に落ちた乙女みたいなって、どんな。
何を言ってるんだ辰さんは。
そして何故そこで冴ちゃんが密かに喜んでいるんだろう。
実くんが居るからなのだろうか。恋愛に男女を持ち出さないのは。男男を普通に推奨したりするのは。
宗くんの不機嫌顔がこわい。チッて舌打ちをしている。
辰さんに言われてつい見た宗くんに、思い切り顔をそらされてショックも受けた。
辰さんはあんなことを言ったけれど、僕は逆を思う。僕は宗くんに嫌われているのかもしれない。
「明くんは単純に身体が弱いだけで、運動も合気道もついでに勉強も、ボクなんかよりずっとできる子なんですよ。ね?明くん」
「………え?そ、そんなことないよ」
そんなことは、全然ない。
僕は虚弱軟弱な身体と虚弱軟弱な心がもれなくセットで、実くんに敵うところなんて何も。
「明くんが男をつかまえてくれたおかげで、政の婚約者殿も無事つかまって、自白を始めたようです。ありがとうございます」
「………自白」
「残念ながら、政がせっせと渡していたお金は、ほぼ全額使われていたようですけどね」
政さんは、総額で一体いくら渡していたのか。
肩を落として項垂れている政さんを見る限り、相当な金額のような気がする。気がした。
「結婚を目的にするから人に目が向かないんです。いい加減学んでください」
ピシャリと言い切る辰さんはいつもと違っていて、少し………こわかった。
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