第二九話 宴と配下


 俺達は一先ずグールの村へと帰還した。多くの者達に盛大に出迎えられ、任務を果たした救出部隊の面々は、誰もが誇らしげに胸を張っている。

 中にはちらほらとコボルト達の姿もあった。この村に避難してきた者達だろう。やはりグール達同様、再会を喜び合っている。


 囚われていた者達との再会を喜ぶ人々を見て、俺は心から助け出せて良かったと思う。


 嬉し涙を流しながら感謝を述べる者や、救出部隊の面々に押しかけ、瞳を輝かせながら武勇伝を強請る者等々。色々な人がいるが、誰もが笑顔を浮かべている事だけは同じだった。


 苦しい戦いの末、勝ち取った勝利だ。ホント、誰もが良い顔をしている。


「あっ、クラウ様! こちらにいたのですね! こっちですよ!」


 喜び合う人達を眺めながら、ちょっとした達成感を感じていると、カロンが駆け寄って来て、スッと俺をスムーズに抱えて走り出した。

 この扱いにも慣れたものだ、と苦笑しつつも、俺はカロンにどうしたのかと訊ねる。


「こっちって、どこに行くんだ?」

「そんなの決まっているじゃないですか!」


 答えになっていない答えを言いながら、カロンは俺をある場所へと連れて行き、椅子へと座らせた。


 カロンは当てに出来ないと悟った俺は、周囲を見渡してみる。

 そこはグールの村の中央付近にあるちょっとした広場だ。見渡せば、多くのグール達が何やら慌ただしく動いている。


「えーっと……何だか忙しくしているみたいだけど?」

「あ、それはですね!」


 ブンブンと弾むようにカロンの尻尾が揺れており、楽しそうに笑顔を浮かべていた。


 ホント元気な子だよなぁ、カロンって。でも……いや、今はいいか。折角勝利した後なんだ。今カロンが笑顔を浮かべている、それだけで満足しておこう。


「宴の準備ですよ! 戦いの後には宴が付き物なのです!」

「宴?」


 そう言えば、どことなくいい匂いが漂って来ているな。慌ただしく動く者達は、宴の準備をしていたってわけか。


「うーん、宴か」

「あれ? どうしたのです。クラウ様? もしかして宴が嫌いなのです?」

「あ、いやいや、そうじゃないんだ。俺も宴は好きだよ。皆で楽しく騒ぐのは好きだし」


 皆でパーッと騒ぐのは結構好きだ。楽しそうに騒ぐ人達を見ると、俺も楽しくなってきちゃうし。


「じゃあ、なんで浮かない顔をしているのです?」

「それはね、多分私達の事をお考えになられているのよ」

「あ、ダークエルフさん!」


 カロンの疑問に答えたのは、金髪紫眼の褐色肌が妖艶な女性だった。というか、ダークエルフ⁉ マジ⁉ スゲェ! やっぱり耳が長いんだ!

 思わず俺はダークエルフの女性を凝視してしまう。まじまじと凝視するなんて失礼だろうが、やっぱりラノベ好きとして、ダークエルフと聞かされちゃあ黙っていられないのよ。


 サラリと流れる黄金の艶やかな髪。色香を誘うグラマラスな肢体に、映える褐色の肌。スッと涼やかな目許を彩る宝石のような紫の瞳。


 ラノベでは銀髪で描かれることが多いダークエルフだが、この異世界では金髪らしい。いやぁ、それにしてもちょっと感動だ。あのダークエルフが目の前にいるんだから。


「クラウディート様、お初にお目に掛かります。私はダークエルフの村を治める長の娘であります。この度はお助け頂き、誠に感謝しております。ありがとうございました」

「いえいえいえ! 気にしないで!」


 緩みそうになる顔をキリッと引き締める俺。


 まるで王侯貴族令嬢のような佇まいだ。惚れ惚れするようなお辞儀。こんな美女にお礼を言われて、嬉しくないはずが無い。


「それでダークエルフさん。さっきのは、どういう意味なのです?」

「あぁ、それはね。クラウディート様はこうお考えになられているのよ。宴をするよりも、まずは囚われていた私達を各村に送り届けるべきじゃないかと。そうですよね、クラウディート様?」

「うん。そういうこと。勝利を祝って宴をするのは結構。でも、皆早く帰りたいんじゃないかなぁって思ってさ」


 後で村長達に聞かされて驚いたものだ。ジャイアントアーミーアント達が攫ったのは、グールやコボルトだけじゃなく、他にも様々な種族にその魔の手を伸ばしていたらしい。この素敵なダークエルフさん然り、だ。


「なるほど。確かにそうかもしれません! わたし、皆に伝えてくるのです!」

「あ、待ちなさい、カロン!」


 一つ頷くと、カロンは慌てて走り出した。それをダークエルフの女性が止めようと手を伸ばした、が……その手はスカッと空振ってしまう。

 結局カロンには辛うじてダークエルフの女性の制止の声が聞こえていたようで、カロンは急ブレーキを掛けながら止まったものの、空振ってしまったダークエルフの女性は、恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。


 妖艶さの中に清楚さと可愛さがあるなんて……最高じゃないか! ごちそうさまです!


「こ、こほんっ! カロン、もう大丈夫だから。ここの村長様が、私達の村へ伝令を送ってくれているのよ。私達は一時グールの村に留まり、休養することにしましたって」

「どういうことです?」

「私達、助け出されたばかりじゃない? だから中には長い間、あの魔物に囚われていた者もいて、疲労が溜まっているのよ。急いで村に帰る必要もないし、先ずは体力を回復しましょうってことよ」

「ふむふむ、なるほどなのです! 疲れているのなら休まないと、ですね!」


 カロンとダークエルフの女性の会話を聞いていると、何だか姉妹の様に見えて来た。勿論、姉はダークエルフの女性だよ? 


 それから俺は、宴の準備を見ながら、色々な人と話をした。囚われていた者達からお礼を言われたり、その家族に感謝されたり。村長や次期村長候補の女性に名付けをせっつかれたりと、まぁ楽しい時間を過ごした。

 いや、楽しい時間はこれからか。どうやら宴の準備が整ったようだ。


 既に日は暮れ、篝火の暖かな光が広場を照らす。


「皆の者、よくぞ長く辛い戦いを乗り越えてくれた。皆の働きに感謝する」


 皆の注目を一身に浴び、村長が粛々と話し出す。


「本当に辛く苦しい戦いじゃった。突然の奇襲。強力な敵。奮戦するものの、多くの戦士が傷付き、そして幾人もの大切な同胞が連れ去られてしまった」


 集った誰もが神妙な表情を浮かべ、苦しい過去を思い出すように唇を噛み締める。


「辛く、悲しかったじゃろぅ。情けなく、悔しかったじゃろぅ。儂も皆と同じ気持ちじゃ」


 いつの間にか村長の手は硬く握り締められていた。


 村長だからこそ、誰よりも悔しかったはずだ。情けなかったはずだ。辛かったはずだ。

 その小さな肩に圧し掛かる重圧に押し潰されそうになりながらも、村長は歯を食いしばって耐え続けたのだ。


 パチパチと小さく爆ぜる篝火の音だけが響いた。


 暫くの後、村長が徐にふぅっと力を抜くと顔を上げ、口を開く。


「その長く辛い時間は、今日終わりを告げた。仇敵であるジャイアントアーミーアント共を殲滅し、囚われた者達を救い出せたのじゃ! なんと良き日か! 皆もそう思うじゃろ!」

「「「おぉぉ!」」」


 村長に促されて、地響きのような雄叫びを上げるグール達。

 スッと村長が手を上げると、ピタッと静まり返った。その村長の統率力に、驚きつつも感心する俺。


「皆も判っておるじゃろうが、この偉業を成したのは、儂らの力だけではない。ここにおわすクラウディート様の御力によるもので――」

「待った、村長。それは違うよ」


 俺は堪らず村長の言葉を遮った。


「俺だけの力じゃない。勿論、俺の力が大部分を占めていたことは判っている。だけどさ、俺が力を貸したいと思ったのは。俺が助けたいと思ったのは、君達だからだよ」

「クラウディート様……」

「圧し掛かる重圧に耐え、村の事を第一に考える村長」


 俺は話しながら村長を見た。可愛らしい小柄な体躯ながらも、威厳を兼ね備えていた良き長。


「愚直に村を守る事だけを考え、戦い続けたバスメド」


 グールの英雄として、その身を呈して戦い続けたバスメド。筋骨隆々とした体躯には、いくつのも傷跡が付いている。


「傷付いた者を助けたいという一念を貫いた慈悲の心を持つ次期村長候補」


 彼女が行動していなければ、この結果は得られていない。


「彼らだけじゃない。皆が前を向き必死になっていたからこそ、俺は助けたいと思ったし、力を貸したんだ。皆の思いがあってこそだよ」


 皆の熱き思いが伝わって来たからこそ、俺は助けたいと思ったのだ。純粋で、真っ直ぐで、仲間思いの良い奴らだよ、グール達は。


「勿体なきお言葉ですじゃ」


 目尻に涙を湛えながら村長は言う。そして、突然スッと跪き、頭を垂れ始めた。


「クラウディート様! 儂らがこうして笑い合えるのは、貴方様のおかげ。感謝申し上げると共に、是非とも聞いて頂きたい願いが御座います!」


 唐突に村長に跪かれて内心驚いてしまう俺だったが、それをおくびにも出さず、一つ頷いて先を促した。。


「我らグール一同、是非ともクラウディート様の配下に加えて頂けませんか」

「えぇっ⁉ は、配下⁉」


 先程は我慢出来たものの、流石にこれは我慢出来ず、盛大に声を上げて驚いてしまう。

 てっきり俺は村長からのお願いって名付けだと思っていたんだけど、まさか配下にしてくれって懇願されるとは思ってもみなかったわ。


「あ、村長さんズルいのです! わたし達、コボルトもクラウ様の配下になりたいのです!」


 なんとカロンまでもが、俺の配下に加わりたいと言って来た。


「えぇ⁉ コボルトも⁉」


 更に驚く俺が目にしたのは、跪くコボルト達である。というか、いつの間にかグール達も跪いているではないか。


「それじゃあ、私も――」

「ダークエルフさんもですか⁉」


 まさかまさかのダークエルフの女性の言葉に、食い気味に前のめりになってしまう俺。だが……。


「――ウフフ。私も、と言いたいところだけど、先ずはダークエルフの長に確認を取らなければなりませんわ」


 なんだぁー、ダークエルフの女性は保留か……。

 ちょっと肩を落としてしまう俺に、突き刺さる数々の視線。圧力さえ感じさせる期待の籠った瞳を向けられ、俺はうっと思わず呻いてしまう。


「あぁもう! 判った、判ったよ!」

「おぉ、それでは⁉」

「配下でも何でも好きにしたらいいよ。でも、俺は統治なんて出来ないし、しないからね! 俺は俺で好きにやらせてもらうから、面倒事は全て村長に丸投げしちゃうよ? それでもいいの?」


 配下とか統治とか、マジでどうすればよく判んないし。こちとら前世では一般ピープルでサラリーマンだったんだよ! 期待はしないでくれよな!


「勿論ですじゃ!」

「はぁー。判ったよ、んじゃあ、これからもよろしく」

「「「オォォォォオオオ!」」」


 この日一番の大歓声だ。そんなに喜ばれたら、ちょっと嬉しくなっちゃうじゃん。


「皆の者! 宴じゃ! この素晴らしき日に感謝を! 乾杯じゃ!」

「「「カンパーイ!」」」


 ガツンッと、木のコップを打ち鳴らすグール達。誰もが笑顔を浮かべ、楽しそうに果実水を呷っていた。

 そのグール達の様子を見て、やれやれと俺は肩を竦める。すると、トントンと誰かに肩を叩かれた。


 振り返ればそこには、四匹の蜘蛛の魔物がクイクイと器用に前足を使って自分を指している。


「もしかして、キミらも?」


 うんうんと頻りに頷く――身体を上下させているだけにしか見えないけど――四匹の蜘蛛の魔物達。

 もうどうにでもなれ精神状態である為、俺は蜘蛛の魔物達も受け入れることにする。


「判った。これからよろしくな」


 順番に蜘蛛の魔物達の頭(?)を撫でてやると、嬉しそうにシャーシャーと鳴いていた。


「あー⁉ ズルいのです! わたしも撫でて欲しいのですよ!」


 その場面を丁度見ていたカロンが大きな声を上げ、駆け寄って来るとスッと頭を差し出す。


「えーっと、カロンも?」

「ダメなのです?」


 いや、ダメじゃないけどさ。つーか、そんなウルウルとした瞳で上目遣いをしないで。むっちゃ可愛いじゃねぇかよ!


「えへへ」


 はっ⁉ いつの間にかカロンの頭を撫でている⁉

 カロンの可愛らしい上目遣いにやられて、無意識の内にカロンの頭を撫でていたらしい。ヤベェな……上目遣いって。


「あっ! カロンがクラウ様に頭を撫でてもらってるぅー! 次、私!」


 次期村長候補の女性がカロンの後ろに並ぶと、なんだなんだと注目が集まり、何故かグール女性と子供、更にはコボルト達――コボルトは全員が犬頭なので性別の判断が付きません――と列を成していく。


 はぁと溜息を吐きながらも、これも配下を労うって事なのかなぁと明後日の方向に思考が飛ぶ俺は渋々撫で撫でをしていく。


 篝火の灯りに照らされ、賑やかな声が広場を包む。

 皆が笑顔を浮かべ、この素晴らしき日に祝杯を挙げる。誰もが輝かしい未来を想像して。


「「「クラウディート様、カンパーイッ!」」」


 ◇◇◇


 こうして、平凡な人生を歩むはずだった天宮慎二は、二度目の新しい生を受け、転生を果たした。

 邪神に呪われながらも強く生きる慎二は、最下級に位置するレッサーバットから、上位種族である吸血鬼ヴァンパイア)へと進化成長する。


 新たな生での名は、クラウディート。邪神に呪われ、聖霊に愛されし者。


 奇妙な運命を背負うクラウディートを中心として、世界は激動の時代を迎えることになる。


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