第6話 カメラ VS 聖剣 with ロッカー

「ぐっ!」

「おっさん!」

「ほう……これは、これは!」


 駿の本能は無意識に身体を動かしていた。

 三日櫛が取り出した写真の束から飛来した一枚の写真は身を横に反らせた駿の右腕を掠め、肉を裂いた。

 鮮血が垂れる傷口を左手で押さえ、駿は獰猛な肉食動物のように三日櫛を睨みつけた。


「やはり一筋縄ではいかないねぇ……」

「銃の、写真か……」


 「そうさ!」と言いながら、三日櫛は写真の束を広げ、駿たちに向けた。

 束の一番上には拳銃が写っており、それ以下は弾丸の写真が並べられている。

 拳銃と弾丸。それぞれの写真を隣り合わせる事で、写真を射出する仕組みらしい。

 

「ステーキの写真取り出したように見せかけて、不意打ち狙いか。つまらん強盗がやりそうな姑息な手だ」

「頭を使っていると言ってくれるかなぁ」

「三日櫛ッ!!」


 激昂した銀一郎が六面城の軟体化した側面をスライムを掴むように握り、正面へ盾のように掲げた。

 そして、そのまま三日櫛に突撃していく。


「おい勝手するな!」


 叫びながら、駿も三日櫛に向けて駆け出した。勢い任せではあるが、斜め二方向から同時に攻めるのは有効と駿は判断した。三日櫛のカメラで写真で撮れば何でも奴の懐に収められるとなれば、次に何をしてくるかわからない。

 妙な手管を弄される前に連続攻撃で叩く。


「おっと、六面城むつらぎが相手では弾丸は効かないな」


 三日櫛は素早い手振りで服の内に手を入れ、写真の束を入れ替えた。


「じゃぁ~~んっ」


 そして、両手に持ったそれらを、二人に向けてばら撒いた。


「何だ!?」


 今度は何が写っている? 二人は目前に迫る写真の群れに突っ込みながら、内容の確認に専心した。


「銀一郎! ナイフだ!!」

「マジ!?」


 触れれば、恐らく身体を切り裂かれるだろう。それが紙吹雪のように舞って来ている。まともに食らえば、黒ひげ危機一髪なんて笑えない有様になる。


「効くか!」


 銀一郎が六面城を横に振りかぶりながら、写真の群れの手前で急ブレーキをかけた。そのまま、フルスイングで写真を薙ぎ払う――。


「!?」


 その直前、銀一郎は目にした。幾枚もあるナイフの写真。その中に一枚、先ほど、教室を破壊したあの爆弾が写ったものを。


「しまっ――」


 三日櫛は狡猾な男である。目に見える動作の影に常に本意を隠している。

 気づいた時には遅かった。六面城を振るう腕の勢いを止める事はできない。

 しかし


「――ってないッ!!」


 銀一郎は頭の中から六面城に命じる。

 バン、と六面城の扉が開いた。

 そして虫取り網で羽虫を捕らえるように、写真を六面城の中に取り込んでいく。

 六面城を振るいきると同時に扉を即座に閉じる。


 ズゴン


 くぐもった爆発音が響き、抑えきれなかった衝撃が六面城から銀一郎の手に伝わる。


「おおっ!?」

 

 三日櫛が目を見開き、驚嘆の声を上げた。策を切り抜けられたにも関わらず、その顔は喜色満面であった。


「おっさん!」


 銀一郎は駿の方向に振り返る。三日櫛の策略が自分だけに終わるはずがない。駿にばら撒かれた写真の中にも爆弾が混じっているはずだった。

 既に駿は足を止める事なく写真と接触する直前だった。


「馬鹿ヤロッ! 爆弾――」


 駿の眼前の写真から閃光が飛び出した。爆炎が鍛え上げられた身体をあっさりと包み込む。間を置かずやってきた爆発による風圧が他の二人に容赦なく襲いかかった。

 銀一郎は校舎の壁に身体を打ち付けられ、三日櫛は笑いながら地面を転がる。


「あっはっはっは!! 形どれだけ残るかなぁ!? たとえ炭でも大切にしてあげるよ駿くん~~!!」

 

 大の字で仰向けになりながら高笑いする三日櫛の声が学内にこだました。


「いっ……生かすつもりなかったのかよ……!」


 壁に叩きつけられて肺から空気を吐き出した銀一郎が、よつん這いで息を切らしながら三日櫛に言う。

 

「出来ればそうしたかったさ。でも、あれだけのじゃじゃ馬は動かなくなるまで躾をしないといけないだろう?」


 三日櫛は人差し指と中指で前髪を研ぐように挟みながら立ち上がった。

 そして黒煙と火炎を恍惚な目で見つめる。


「異世界転移者の消し炭かぁ。この世の砂金を全てさらっても釣り合わない代物だ……」


「お前には、爪の垢一つすら分不相応だけどな」


 三日櫛の指がピタリと止まった。

 次の瞬間、黒煙が切り裂かれるように霧散する。


「強盗さん、ありがとうよ。奪わせてもらった」


 駿が両手でアヴリーバウを構えていた。しかし、刃は先ほどのカレー汁ではない。

 燃え盛る炎。それが剣の形を成し、聖剣の威厳を音もなく轟かせていた。


「爆炎を吸収した? そんな事が――」


 初めて、三日櫛の表情に困惑の色が見えた。

 銀一郎が驚愕して叫ぶ。


「カップ麺ソードは!?」

「その言い方やめろ!!」

「カレー汁ブレードは!?」

「言い直してもダメ!」


 あんまりにもあんまりな言い草に駿は思わず叫び返した。


 ともあれ、聖剣アヴリーバウ。本来の力は殆ど失われたが、駿の白詞増幅能力が剣の力を辛うじて留めさせていた。

 本来、四大属性を纏わせ統べる。多彩な効力を発揮する剣であったが、刃が折れた事による機能欠損によって風と土を操る事はもう出来なかった。しかし、水と火。これらはまだ剣の刃として吸収する事で扱えた。


 駿は剣を地面に水平に、切っ先を後ろに向けるようにして構え直す。


「行くぞ」

「なっ!?」


 炎剣の切っ先から、爆炎が吹いた。駿はそれを推進力に、まるでロケットのように自らを推進させ、一気に三日櫛へと肉薄した。

 その人間弾丸は、三日櫛の首根っこを掴み、そのままの勢いに地面に引きずり倒す。


「うがぁぁぁっ!!」


 喉と背中に激痛が奔り、三日櫛は悲鳴を上げた。

 とどめと言わんばかりに、駿は倒れた三日櫛の腹に一撃、拳を打ち込む。


「ぐふっ!!」


 丸太一本をまるごと食らったような衝撃に、体内の空気という空気が絞り出されるような音が燕尾服の男から吐き出された。


「綺麗なまでに策士策に溺れるってやつだな。口ほどにもない」

「ぐ――ぐぐぐっ」


 三日櫛は腹を抑えてうずくまっている。

 もはや、結果は歴然だった。


(………………)


 駿は無様な姿を晒す男を見て、思い出していた。




 

 あれは異世界に飛ばされて半年ほど経った頃だ。腕を見込まれ、三人組のパーティーに誘われた。サバイバルや戦い。冒険者としての空気感に慣れきってない中で、その誘いに正直安堵した。

 

 何度か共にギルドの依頼をこなす中、とあるダンジョンで雑魚の魔物を倒す依頼をリーダーは受けてきた。問題なく依頼を処理した帰り、リーダーはいつもと違う帰り道を「近道だ」と言い、選んだ。程なく、数メートルもある巨大なミノタウロスに一行は襲われた。

 パーティーのメンバーは、まるで示し合わせたかのように駿を囮にし、ミノタウロスの尻尾の毛を引き抜いて、そのまま逃げていった。

 

 見捨てられたショックと恐怖に戸惑いながら、駿はそれでも戦い、命からがらミノタウロスを撃破した。

 

 怒りのまま、街のギルドに戻り、ちょうど手続きをしていたパーティーメンバーを見つけ、問い詰めようとする。

 

 そこで、彼らは大粒の涙を流し、「生きていたのか!」と大声を上げた。

 

 駿が戸惑っていると、周りの冒険者達からも歓声が続々と上がった。

 

 「リーダーが戻ってきたぞ!」「凄いじゃないか!」「英雄の帰還だ!」

 

 世間知らずで半人前の冒険者は気づかなかった。


 リーダーと思っていた男が巨大で凶暴なミノタウロスの尾の毛を取る依頼を密かに受けていた事に。

 いつの間にかパーティーのリーダーの名義が自分へと変更されていた事に。

 そして、駿はリーダーとして他のメンバーを逃して殿を務めたという話になっていた事に。

 

 リーダーの、あの男は、囮にした駿がもし生きて戻ってきた時に備えて手を打っていた。

 

 駿はリーダーとしての責務を果たした事になっている。もし、見捨てられたと主張すれば、他の冒険者達から卑怯者と白い目で見られるだろう。横のつながりが強い冒険者で、責務を反故にするような真似は致命的だった。


 駿はそこで学んだ。


 元の世界で歩んだゴミのような人生は、ここでならやり直せる。その思いは変わってない。しかし、それは自分一人の力で成し遂げるべきものなのだ。


 そしてもう一つ。


 本当の卑怯者は、最後の最後にまで何かを仕掛けてくる。






 三日櫛はふざけた男だが、油断ならない。だから駿は見ていた。

 駿に掴まれ、地面に倒された直後。上空に向かって写真を一枚放っていた事に。


 今、恐らく駿の頭上には写真が一枚舞い落ちて来ているだろう。

 駿はそれをナイフの写真だと推測した。爆弾はまず無い。爆発すれば三日櫛まで巻き込まれるからだ。拳銃は弾丸の写真とセットでなければ意味がない。であれば、消去法でナイフの写真のはずだ。


 写真が降り注ぐ直前、もう一度、三日櫛を掴んで盾にする。振り向きざまにアヴリーバウで写真を斬る事も考えたが、三日櫛から目を離したくはなかった。

 駿はタイミングを見計らい、三日櫛に手を伸ばす――。


「おっさん、避けろ!!」


 後方から、突如として凛とした声が響いた。直後、駿の身体に横から鈍器で殴られたような衝撃が走る。


「ばっ!!」


 駿が叫ぶ。その目は銀一郎が六面城で自分を殴り飛ばす様を捉えていた。

 保護するべき相手の頭上に写真が降っているのを見て、咄嗟に手が出たのだろう。普通ならば的確な判断であったが、駿に対しては余計な行動だった。

 駿がいた位置にまで踏み込んだ銀一郎が六面城を上に掲げ、写真を防ごうとする。

 写真が六面城にヒラリと落ちる。ナイフの写真ならば、六面城には効果がない――。


「が――」


 はずだった。


「なっ!?」


 銀一郎の身体が六面城ごと地面に沈んだ。

 地面に片膝をついて着地した駿がその光景を見て愕然とする。

 写真は六面城に鉛玉を落とし込んだかのように深くめり込んでおり、それらの下敷きになっている銀一郎がうめき声を上げていた。

 さらに奇妙なのは、写真から獣の唸り声のような音、そして白煙がもうもうと立ち込めていた事だ。明らかにナイフが引き起こす現象ではない。


「馬鹿な! ナイフの写真じゃ――」

「あらら、これは意外な展開だ」


 隙を見て立ち上がって逃げていた三日櫛は、脂汗を流しながらも妖しげな笑みを浮かべ、銀一郎の様子を見ている。


「ナイフごときでどうにかなるとは思ってないよ、流石にね」


 くるくると前髪を指で弄りながら、三日櫛は横目で駿を見た。


「私の白具は……『白裸々はくらら』はカメラで撮影した対象と同じ概念を現像した写真に与える。ポラロイド――インスタントカメラは、フィルムにもよるが、写真の現像までに十分ほど。だから、有事に備えて予め写真をストックしなければならないのが玉に瑕だが……別に現地で『調達』できないわけでもない」

「調達……!」


 ハッと、気づいた。駿は、写真の「元」となったものに目を向ける。


「スクールバス……!!」


 それは、ついさっき駿が教室からの着地に利用したスクールバスだった。

 三日櫛は、予め学校に来た直後にあの大型車を写真に収めていたのだ。隠し玉として仕込まれたそれは、いま銀一郎に向かってエンジンを唸らせ『進行』していっている。


「あ……うあああああっ!!」


 銀一郎が重みに耐えかねて苦悶の表情と叫びを上げる。バスの馬力が写真サイズになって圧力をかけているとなれば、普通ならば骨が砕けて身体がひしゃげてもおかしくない。

 バスを防ぐ六面城がクッションになって写真を押し返しているのだろう。だが、それも限界に近かった。

 駿は考えた。もし、邪魔が入らずに三日櫛を盾にしていればどうなっていただろうか?三日櫛と共にバスのパワーをまともに受け、ただでは済まなかったに違いない。


 自らの過失に、奥歯を噛み締めた。


「予想外だが、予想以上でもある! 駿くん! その剣を私に渡して投降するんだ。そうすれば、銀一郎くんを苦しめている写真を取り除き、解放してあげよう」

「なに……!?」

「ああ……なんだ、別にそういった仲でもないっていうなら、いいんだ。いずれにしろ、『保管人』である双間の一族は厄介だ。ここで絶やすのも一興かな」

「……………………!」


 三日櫛の言う通り、銀一郎とは成り行きで一緒になっただけだ。保護というのも銀一郎が勝手にやっている事で、駿が許可したわけでもない。

 自分一人の力で生きてきた。誰にも頼らない。そんな生き方が、あの世界では可能で、それだけを胸に秘め生きてきた。

 銀一郎が勝手にやって、勝手に死にかけているだけだ。自分には関係がない。

 だから、これも当然の選択だった。


「――わかったよ」


 駿はアヴリーバウを前に放り捨てた。ジュッという音を立てて、炎剣が地面に落ちる。


「おおっ♥」

「な――や……めろ…………!」

「誰の命令も受けない。僕の意思で、勝手に、一人で成し遂げる。それが僕のモットーだ」


 駿はまるで自分に戒めるように言う。


「抵抗はしない。そいつを解放しろ」

「すっ、すばらし! まさに勇者という風格じゃあないか!」


 三日櫛は片手で顔を覆い、涙を拭うフリをする。


「でもダメだねぇ」


 懐から拳銃と弾丸の写真の束を取り出し、駿に向けた。

 その光景に、銀一郎はあらん限りの声を振り絞った。


「みっ……かぐし……! この……クソやろ…………!!」


「銀一郎くんには死んでもらって、彼の一族が保管する白詞晶はいただく。もちろん、君もいただく。全部いただく。それが私のモットーだ」

「……本気か?」

「そうさ」


 駿は「ふぅ」と、なんて事もないように息を小さく吐いて、まっすぐに三日櫛を見据えた。


「じゃあ、お前は終わりだ」


 駿はズボンに挟んでいた『それ』素早く取り出し、を手首のスナップを効かせて投げた。


「え?」


 三日櫛が呆けた声を出した。駿の行動の意図がわからず、一瞬棒立ちになる。

 三日櫛のような男は駿が一番嫌う手合いだが、一つだけ学ぶべき事がある。

 「最後の最後まで備える事」

 だから、駿もまたそれに倣った。三日櫛の腹を殴りつけた時、密かに彼の懐からあるものを奪っていた。


「あっ」


 三日櫛は駿の意図を察知した。

 駿が投げたものは、弾丸の写真だった。

 それは、駿の目の前、燃え盛るアヴリーバウの剣に落ちていった。


「あっ――!」


 舞い降りた写真、弾丸の後ろ側の端に、アヴリーバウの刀身が火を付ける。


「しまっ!!」


 弾丸の概念を持った写真だ。だから、同じく拳銃の概念を持った写真によって射撃できるし、火を与えれば、薬莢内の火薬の概念と接続して、発射される。

 それでも、単に火で燃やしただけの弾丸では、威力に難があると聞いたことがある。

 だが、問題はない。駿は、白詞を増幅する力を持っているのだから。


「お前の写真の白詞を増幅した――食らえ」

 

 弾丸としての特性を強化された写真は、発砲音の後、一直線に三日櫛に向かって射出された。

 三日櫛の身体に、写真が深くめり込み――


「ぶっぎゃあああああああぁぁぁぁ!!!」


 盗撮人は悲鳴と共に吹き飛び、地面へと激突した。



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