第4話 説明、そして爆発
「ど、どうして、この世界に
動揺する駿を前に銀一郎は続ける。
「異世界転移の原理に関しては、未だに謎が多い。でも、最低条件は判明してる。」
「それは……?」
「白詞晶……あるいは、それで作られた
原因。
駿が異世界に行った、根本。
かつてこの世界から自分が跡形もなく消えた時、一体何が側にあった?
駿は己の手に握られたアヴリーバウを見つめる。
「白詞晶は、この世のあらゆる法則の空白。『白詞』が結晶となったもの。そこに術者が新しく法則を『書き込む』ことで、超越的な力を発揮できる」
「白詞は、異世界にしかないはずだ」
「そう、物理法則の揺らぎが大きい異世界だと、白詞はあらゆる物質に内在している。物にも、生命にも。異世界の住人には、自分の身体にある白詞を使って術式を出す『魔法使い』がいるって聞いたことがある」
銀一郎の言う事は正しかった。異世界では、そのような人間達が当たり前のように存在し、その中でも白詞に多く接続出来る才能を持つ者を集めた組織や部門、人材を育てる学園もあった。
それこそ、駿がこちらの世界で飽きるほど読んだファンタジー世界の魔法使いだ。
その力は「魔力を消費して」ではなく、「白詞に一度により多く接続する」という違いこそあれど、彼ら術士はそれを以て、何もない場所から炎を出し、湖面を瞬時に凍らせ、荒れ狂う烈風を操り敵を薙ぎ払う。
「この世界の人間は白詞を持ってない。僕もそうだった」
「うん」
術士は自身の身体に在る白詞を経由して他の白詞に接続する。
つまり、身体に白詞のない現代人の駿は原理的に術を使えない。
「でも、俺達でも唯一術を使える方法がある。それが白詞晶。おっさんの持ってる剣もそれで出来てるんでしょ?」
「ああ……」
駿の持つアヴリーバウもそれだった。刀身の全てが高純度の白詞晶で出来ており、故に火水風土といった別々の属性に無条件に接続できる代物だ。通常、術士がこの四つの属性を操るとなれば、どれか一つ。才能ある者でも三つを同時に扱うのが限度。それが四つ全てとなれば、この剣の特異性が理解できる。
自分のみで術を使えない駿は、アウリーバウのような白具という術式を組み込まれた白詞晶で出来た道具や武器を身に纏い、生き延びてきた。
「白具には、目的に合わせた術式が予め仕込まれている。僕は白具の力を増幅させる能力を持っていた」
単体でも強力なアヴリーバウは、駿が持てば天災と呼べる現象すら呼び起こせた。駿は白具だけでなく、術士の力も強化する事が出来たので、冒険者たちのパーティーに誘われた回数は数知れない。
「うん、それ。白詞がほぼ無いこの世界でも、たまに白詞と強い親和性を持つ人間がいる……俺とか、おっさんとか」
「じゃあ、もしかして、異世界転移っていうのは……」
「転移が発生する際は最低条件として、白詞晶とそれを扱える人間が側にいる。おっさんもでしょ? 多分、その剣が……」
「……側にあったどころじゃない」
アヴリーバウを握る手に力が込もる。遠い過去を思い出すように、駿は目を細めた。
「斬られたのさ」
「え……?」
銀一郎の困惑に対し、駿は己の髪を手でかき上げて応えた。あらわになった額には、頭部まで続く傷跡の一部が見えている。
「僕はこいつに頭を斬られた。キッカケだ」
「なんだよそれ――」
「そんなことより」
駿は強引に話を打ち切った。苦楽を共にした剣だが、その出会いは未だ人生において最悪の記憶だった。出来れば思い出したくはない
「何となくわかったぞ。お前のその妙ちきりんなロッカー……それも白具の一つか」
駿は銀一郎のロッカーを指差す。乱暴に扱われた割に傷一つなく、相変わらずロッカーに似つかわしくない白銀の輝きを保っていた。
「そんなのじゃない。『
銀一郎が睨み返した。どうやら、銀一郎にとってもあのロッカーは思い入れのあるものらしい。
「ぽよぽよロッカーごときに御大層なお名前で……」
「じいちゃんがロッカーに白詞晶を埋め込んで術を組んだ白具なんだ」
「なんでよりにもよってロッカーを白具に選ぶんだ……お前の爺さん、ボケてんのか? それとも馬鹿なのか?」
「じいちゃんを馬鹿にすんな! 本当でも言って良くない事はある!!」
「お前も馬鹿にしてんだろーーーが!!」
駿は大人げなく声を荒げた。どうにも銀一郎には調子を狂わされる。
「俺の……
「回収……?」
「白詞晶は言ってみれば魔法に等しい力だから。昔はこれを巡って争いが起こる事もあった。アーサー王のエクスカリバーとか……賢者の石……三種の神器も。歴史や逸話で伝わってる道具や武器には、白具が元になってるのもあると言われてる。双間家は保管人の傍ら、争いの種とな白詞晶を回収して世の平穏を保ってきたんだ」
語る銀一郎の口調は弾んでいて、表情も誇らしげだ。それに若干早口である。
「へー、じゃあ世を忍ぶヒーロー様ってワケだ」
「ヒーロー……うん、ヒーローか……うん」
銀一郎は顔をほころばせて駿の言葉を噛み締めているようだった。駿としては皮肉を言ったつもりだったが、こうも屈託なく喜ばれると少々バツが悪い気持ちになった。
ヒーロー……勇者。
その称号を受け持った駿は、必然として世に仇を成す大悪を制する役目を背負った。随分と笑える話だ。多くの人間に慕われるであろう証を持ちながら、駿はその事に対して冷笑的だった。
(魔王倒して金貰ってとっとと引退。王国の郊外で別荘持って優雅にスローライフが人生プランだったのにな)
現代に戻ってきたと思いきやこんな教室でロッカー少年とカップ麺すすりながらチンピラに絡まれる始末だ。泣ける。
「じゃあ……これが一番重要だ。お前は僕を保管すると言ったな。……誰の依頼だ? そして、僕は誰に狙われている?」
銀一郎が駿を守る事を仕事と言う以上、そこには必ず依頼者がいるはずだった。もっと言うならば、依頼者は駿を「何か」から守りたい、という事になる。
「魔王」
「え?」
「牙翼の魔王ラグラム」
「ちょ、ちょっと待て、その名前は……!」
あまりに予想外の名前が出た事で、駿の脳内は混線していた。
あり得ない。駿は、勇者として、その者の首を間違いなく刎ねたのだから。
「おい、本当か? ウソじゃないだろうな!?」
「ウソだったとしたら、俺がこの名前知ってるわけないだろ」
「うっ……」
確かに、魔王という肩書きはともかく、ラグラムという固有名まで知っているのは、銀一郎が真実を話す何よりの証拠だった。
「どうして、魔王が僕を……」
「そこまでは知らない。それよりも、いま重要なのは襲ってくる方」
「誰だ?」
「『
聞き慣れない言葉に駿は眉をひそめた。
「何だそりゃあ……」
「さっき言った、異世界についての資料や伝聞を集めてる人間のこと。俺も異世界の諸々についてはその『編纂人』から教えてもらった」
「考古学者の異世界バージョン……って感じか?」
銀一郎はうなずいた。
「概ねそれで合ってる。だいたいは趣味の延長でやってるのが大半で、特に害は無いんだけど」
「けど、何だ」
「……タチの悪い、厄介な奴がおっさんを貴重な『資料』として欲しがってるんだ。『編纂人』を自称しているけど、実態は強盗だよ。どんな手を使っても欲しいと思ったモノを手に入れようとする」
「僕が、そいつの欲しがっている『資料』だって? んな馬鹿な」
確かに、駿は世界の壁を超え、この目でこの世ならざる景色を見てきた生き証人だ。資料的な価値が高いのはわかる。しかし、それほどまでに強引な手段を取るほどのものだろうか?
「異世界に行った人間の正確な数はわからないけど、そう多くはない。ましてや、そこから帰ってきたとなれば、尚更」
「具体的には?」
「人類史における帰還者の正確な数は不明だけど、バンドは組めてもサッカーは出来ないだろう、っていうのが今のとこ有力説」
「……希少だな」
「だから、『編纂人』にとってはおっさんみたいな存在は同じ時代に生きているだけでも相当な奇跡なんだ」
「いわんや強盗をや、か。フン」
どうやら、相当な曲者に目をつけられたらしい。勇者として求められた後は資料として欲される。目まぐるしい展開にもはや自嘲するしかなかった。
「そいつどこにいるかわかるか? 潰しに行く」
「……おっさん、マジで言ってんの?」
「ああ、マジだ。こそこそ逃げ回ってどうする。問題の根は断ち切るに限る」
面倒な事はスピーディーに。駿が異世界で培ったモットーだった。駿は一時パーティーを組む事はあれど、基本的に一人で行動していた。魔王を倒しに行った時もそうだった。
全ての物事を一人でこなさなければならない以上、先立つ問題は速攻で潰さなければ、厄介事が積もりに積もってドラゴンの糞の如き高さになる。
「おっさんに自信と経験があるのはわかるけど、あいつはガチで……」
「ん?」
「や、ば…………」
銀一郎の言葉が途切れた。視線は駿から少し逸れ、教室の窓に向けられている。
瞬間、目を見開き、銀一郎は叫んだ
「おっさん!!」
ただならぬ気配に駿も銀一郎と同じ方を向く。
その先にあったのは写真だった。窓から写真が一枚ひらりと、教室に降り立って来ていた。
写真に映ってるものを見ようとして目を凝らす。
そこにあったものは
「逃げろ!!」
テープでぐるぐる巻きにされた四角い物体。その手前には7セグメントLEDが付けられた電子基板が取り付けられている。基板からはコードが数本、後ろの物体に伸びていた。
駿はその実物を見たことはない。しかし、確信に近い予想があった。
次に起こる出来事を想像し、駿の全身が総毛立った。
「爆発――――」
写真から眩い閃光が走った。
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