第052話『魔法少女を誉れと言う勿れ』

「──っ嗚呼、畜生!? “ケモノ”の数が多過ぎる」

「JΥ1! このままでは危険です。アイツ等の数が使えない、商店街などの狭いところで戦うべきだと、そう具申します」

「いや、駄目だ。もし、コイツ等が乙種であったのならば可能だったが、今回の相手は丙種だ。下手に狭いところに陣取れば、此方が奇襲を受けかねないっ」


 本当に、何をしているのだ。

 と、彼はまるで揺蕩う俯瞰の景色から見る自分自身を、そう問うた。



 ♢♦♢♦♢



 最初は、ただ単に金目当てで始めた事だ。

 この梓ヶ丘の家賃などは、他と比べてかなり高い。

 彼もそう理解した上で梓ヶ丘で過ごしていたのだが、つい数か月前にかねてより貯めていた貯金を全て使い切ってしまったのだ。

 そうなれば、賃貸な一室も追い出されるのは、時間の問題。下手をすれば、食事にすら在り付けるか怪しくなってくる。


 そんな、危機的状況で彼が出会ったのは、梓ヶ丘で“ケモノ”と戦ったり、治安を守ったりする警備隊だった。

 いや、警備隊なんて、正直生易しいものではなかった。

 訓練の内容も血反吐を吐く思いというか事実というか、トレーニングも最初の頃は根性だけで頑張っていた気がする。それに加えて、警備隊が銃──それも小銃の類を習うなんて、広告詐欺も良いところだ。


 だがそれ以上に、支払われる給料の額は高かった。

 別に、これ以上働かなくてもいいという天文学的な話ではないのだが、それでも前に働いていた会社よりも圧倒的に支払いが多かったのだと記憶している。

 そのおかげで、何とか梓ヶ丘で、一般市民たる彼は不自由なく過ごせてるのだが。


 ──美味い話には、当然リスクがある。

 それは、彼も承知をした上で警備隊に入ったのだが、今となっては後悔しかない。


「──ぅっ!?」

「おい、新入りぃ! 間違っても此処で吐くんじゃねえぞ! 死ぬぞ!」

「───っ、はいぃ!」


 正直な話、彼は“ケモノ”という存在を甘く見ていた。

 本土でも“ケモノ”の襲撃はある話なのだが、基本的には大勢の人の目に着く前に討伐されるのが常だ。少なくとも彼自身も、一度か二度と置くから見ていた事があるだけで、こうして頭とつま先ぐらいの距離では見た事もなければ、ましてや戦った事なぞない。


 だが、こうして間近で“ケモノ”を見て、──原始的な恐怖をした。



 吐き気がする。──気持ち悪い。


 恐怖を覚える。──喉元まで登ってきた胃酸を無理矢理押し込む。


 血の気が引く。──あれ? 足、が──。




「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛。」


「──っ、畜生ぅ! 食いつかれたか。今待ってろ、すぐ外すから。」


「──JΥ1! 他の“ケモノ”の勢いが増してきて、もう持ちません。」


「くそがぁ!? この名状しがたいクソ野郎どもめ。肉塊にでもなってろ! 」


「新人の彼には可哀そうな話だけど、見捨てるべきです。」


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! 」


「だけど、見捨てる訳にはいかないんだよ!」


「──後退の指示を!」


「地獄、にでも落ちろぉー!! 」


「JΥ1っ!!」




 肉体の感覚が、もうない。

 正直言って、──これが死なのだと。

 そう実感するのに、さして時間は掛からなかった。

 もしかしたら、先ほどの記憶は所謂走馬灯なのかもしれない。


『──! ──! ──!』


 揺蕩う意識が常闇の中へと沈んでいく。

 もう、感覚の類は機能していない。

 こんなにも、──死、は。


『──たっく。此処で死なれたら、私の評価に関わるだろうが』


 誰かの、声が聞こえる。



 ♢♦♢♦♢



 彼が目を覚ますと、──そこには戦乙女がいた。

 いや、戦乙女は少し語弊かもしれない。少なくとも、戦乙女の元は西洋で、当の彼女はというと羽織と言うべきなのだろうか、それを羽織っていた。


「あ、ぶな。……」


 此処は、女の子がいるべき世界ではない。

 救いはなく。

 希望もなく。

 ただ、があるだけ──。


 ──だがそこで、彼の紡ぐ言葉は途切れた。

 確か、彼自身の朧げな記憶であるが、両足を“ケモノ”の口の中に入っている、そんな状態であったのだ。意識の覚醒と沈黙を、覚えていられないほどの交互を繰り返しながら。

 しかし、今となってはそんな痛みはない。

 支給された物資の中には、かなり強力な痛み止めの類があったのを覚えているが、それでも死の前には気休め程度でしかない。

 

 そう、彼は今も満身創痍ながらも生きている。

 それが、とても不思議な事実だった。


 そして、結びつく線。

 突拍子もなければ、普通に考えれば現実的ではない。

 それでも、そんな予感だけが──そこにはあった。


「……。君が、助けてくれたのか?」


 そんな、彼渾身の質問も、彼女は怪訝そうな表情を見せる。

 だが、何か納得のいったかのような態度を彼女が取ると、一応何が起きたのか説明してくれるのだった。


「あぁ、確かに君に噛みついていた“ケモノ”を殺したのは私だけど、なけなしの鎮静剤を打ってくれたのはそこの隊長だから」

「そう、──でしたか」

「ちゃんと、後で礼ぐらいは言っておけよ」


 そう言って、彼女等はこの場を去っていった。いつの間にか、彼の目には映らなかった他の女性たちを連れて。

 と。


「あの、名前、を聞いていいですか?」

「ん? あぁ名前か。──私の名前はグレイ。精々、生き残る事を祈っているよ」


 まるで、瞬きの時でしかなかったが、それでも彼の今までのどの思い出よりも、印象に残っている。──いや、絶対に残っている自信がある。

 、か。

 何とも、聞き慣れない言葉で。

 その名前を彼は、決して忘れる事はないだろう。


 そんな時、彼女の言葉を信じるのなら、なけなしの鎮静剤を打ってくれた隊長が傍にやって来た。


「──何だ。惚れたのか?」

「!? 惚れた、なんて……」


 言葉の整理がつかないほどに、隊長のその言葉は彼の思考をかき乱した。

 このまま、反論の言葉を並べようものなら、それこそ順序も意味も適当な、後には赤っ恥間違いなしの言葉の欄列を並べる事になろう。

 だからこそ、彼は探す事しかできなかった。


「ひゅぅ、青いなぁ」

「青いって。お前も十分青いだろう。前に合コンで顔を赤らめながら誘っていただろ。見事に玉砕したけどな」

「赤いなぁ!」

「お前等ぁ!!」

「「はっ、はっ、はっ」」


「……。“ケモノ”は、もういないんですね」

「──あぁ、アイツ等が全員殺していったよ」


 そう、こう戦場だというのに他愛のない話を並べていられるのは、こうして戦いに区切りがついたからだ。

 仰向けに倒れた彼目線の話ではあるが、そこには一匹も生きている“ケモノ”の姿は、もういない。それこそ、ただ血が滴り流れる血河があるだけだった。


「なぁ、お前。先の彼女の事が好きになったのか?」

「どう、ですかね。助けてくれた思い出は残るかもしれないですけど、そこから先の感情はまだちょっと」

「なら、先に言っておく。──あまり、ああいう存在に関わるのはやめておけ」

「それはどういう……」


 まだ、恋愛感情を仕事に持ち込むな。そう言われた方が、まだ納得のできる話だ。

 だが、当の隊長は関わるなと、そう言ったのだ。彼等が倒すべき“ケモノ”の討伐を代わりにしてくれて。

 警備隊で“ケモノ”を討伐しようとも、多少の手当が付くだけ。正直言って、命を賭けるほどの金銭なのかと聞かれれば、否とそう答えるだろう。


「彼女等は、──アイツ等は魔法少女だ」

「魔法少女。“ケモノ”から人々を守ってくれる存在ですよね」

「あぁ。もっとも、“ケモノ”の数が多くて、対して魔法少女の数は多くないからな。だからこうして、俺等みたいなのがいるのだけど……」

「?」

「……もし深く関わろうとするならやめておけ」


 魔法少女と言えば、大衆が羨望の眼差しを向ける存在だ。

 学校の道徳だっけか、その教科書にも書かれているし、テレビの報道も彼女等を讃えるものが多い。

 それに加えて、魔法少女な彼女等のルックスは最高だ。

 前にテレビ出演をしたのを見た事もあったし、グッズ展開までもしているそう。

 少なくとも、魔法少女を馬鹿にするという行為は、文字通り馬鹿な行為でしかない。


 それは、隊長も知っている、周知の事実である。

 だが、隊長はその前提をある事を条件に、そう述べたのだ。


「こんな仕事をしているとな、魔法少女を見るだけでも嫌になるんだ。俺の娘と同じぐらいの娘が、俺以上の過酷な戦場で戦っていて。それを俺等は、──ただ、見ている事しかできないんだ」

「それは──」

「別に、今は分からなくてもいいさ。だけど、何時かは知る事になるだろうから、先に言っておく。──己の無力が、これほどまでに辛い事はないぞ」


 と。

 隊長は形容し難い表情で、そう絞り出すのだった。



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