第050話『アルケープラスチダ』
「──はっは。儂等の
「──肯定。三次元的戦場なため通常兵士では対応に遅れるため、私たちが任されました」
「ほぅ。任される。実に甘美な良い言葉じゃな」
ところ変わって、魔法少女ミコトと魔法少女ガラテア、サイド──。
次の“ケモノ”がいるのだと報告を受けた二人の魔法少女は、件の目的地へとたどり着くのだった。
そこは、梓ヶ丘でも有数の大型デパート。普段ならば、何十階のガラス張りが見られるのだが、生憎と幾つものガラス窓が割れ落ちて、また健在のガラス窓も砂煙に犯されていて見る影もなくなっている。
普段なら、危険性の少ない日常の中にある生活必需品な建物。
だが、こと“ケモノ”戦においては、その危険性はまるで急上昇する血圧のように跳ね上がる。
確かに、平地においての“ケモノ”との戦いは、東亜戦線などの各国の戦線においてどれだけ危険なものか理解している。
だがその一方で、密集した建物群や複合施設などの入り組んだ場所での“ケモノ”との戦闘が戦いやすい、という訳ではない。
例えば、入り組んだ戦いでは不意打ちの類やレーザー攻撃により、一各隊が一瞬にして消滅することは、そう可笑しな話ではない。
またその反対に、平地で“ケモノ”と戦えばいいと思うのかもしれないが、甲種以上の巨大な奴は来るは物量で攻められるはで、そう簡単に行く筈もない。
──そう、“ケモノ”の戦闘は、二面性を有しているのだ。
だが──。
「じゃが、問題はない、か」
「──肯定。問題ありません」
──魔法少女、それも凄まじいほどの戦歴を重ねた彼女等ならば、何ら問題はない。
デパート入り口にて走り出したミコトの目の前に映るは、一匹の“ケモノ”。
だがそれは、視界に映っている事象に過ぎなくて、ミコトの意識にはそれほどしっかりと“ケモノ”の姿は映されていない。別に彼女からしてみれば、何ら脅威と思っていないその意識の差なのだろう。
だが、先ほども言ったように、何ら問題はない。
『菟ゥゥゥゥ……』
当の“ケモノ”も此方に気付く。
だがそれは、あまりにも遅いもので、同時にあまりにも実力の離れた、どうしようもない結末だった。
──煌びやかな、鋼の軌跡が幾つも宙を舞う。
そして、まるで解体ショーを見せられているかのように解体された。
二言で済まされる出来事に簡単そうに思えるかもしれないが、確実に行動手段と攻撃手段と奪った上での、命を刈り取る行為。たとえ、その行為に慣れていたとしても実力が足りていたとしても、その二つが重なっていなければならないものだ。
だがそれでも、命が次の瞬間に潰えるのかもしれないというのに、ミコトは笑っていた。
橋の上で踊るオフェーリアの輪舞の如く、舞い踊る剣姫の如く。冷ややかな冷徹を以てしてミコトは、“ケモノ”を切り刻んでいた。
魔法少女ミコトの戦闘スタイルは、伊織と似た刀を用いた近接戦闘を得意としている。だがそれは、伊織の戦い方から根本的に違っている。
二振りの小太刀を用いた戦闘。
別に一刀流でも二刀流でも、そう根本的に術理は変わったりはしない。
だが、柳田流が誰が相手だろうと対応をし勝つ剣術無双であるのならば、九重流は自らの強さを相手へと押し付ける剛の剣。
その性質を考えれば、確かに“ケモノ”相手ならば伊織よりもずっと──強い。
『我唖ァァァァ!』
何処に隠れていたのか。いや、上の階から気付いた上で吹き抜けを通って襲い掛かってきたのか、“ケモノ”がその狂爪を振るう。
しかしそれは悲しきかな。十分ミコト自身でも対処できる、些細な奇襲でしかない。
だがそれでも、ミコトは背後へと振り向かない。
何故なら──。
『──標的、標準固定』
一方の魔法少女ガラテア。
その手にした白亜の突撃銃を構える。
自衛隊にも、米国の特殊部隊にも。どの各国のどの部隊に配備された銃に類似する物がない、未知なる武器。その性能を疑いたくなるというものだが、今までの戦場にて実地的な運用をしたために、ガラテアに迷いはない。
『ふぁいあ』
ノズルフラッシュと共に放たれる弾丸。
それは対象の“ケモノ”を貫き、その肉体を文字通り肉塊に変えて四散する。
明らかな、オーバーキル。通常の兵士が使っている対“ケモノ”を想定した弾丸でさえ風穴を開ける程度には心強いが、これは明らかな
──彼女等は、歴戦の魔法少女。
この程度で、傷どころか焦りすらも見せない。
「ふむ。あとは二階の残りと、それと五階に複数体、か。特に問題はなさそうじゃの」
『──肯定』
そして、ミコトは跳躍を繰り返して二階へとたどり着く。小さな足場でさえも利用した、軽業師も驚きな歩み。
その一方でガラテアは、自身に備え付けられた攻守追加装甲の噴射装置で宙を舞い、同じく二階へと降り立った。元々彼女には、複数の武装と移動用の装置が備え付けれており、今回はその一部を使用したに過ぎない。
『虞ゥゥァァ』
降り立ったミコトとガラテアの存在に気付いたのか、“ケモノ”等は此方に意識を向ける。
東亜戦線を突破した、荒々しいほどの殺気。
普通の魔法少女ならば気圧されるものだが、生憎と東亜戦線の重大任務にも就いた事のあるミコトとガラテアからすれば、この程度そよ風に過ぎないのだ。
「──よぉし、良い事を思い付いたぞ。儂とお主、どちらが多くこのデパートに潜む“ケモノ”を討伐できるか、勝負しようぞな!」
『──了承。ところで、勝利者にはどのような報酬が?』
「勿論、今夜の夕食代といこうじゃないかの!」
──走り、だした。
鋼の軌跡が舞う。
血飛沫を纏いつつも流麗で、まるで輪舞のように一歩一歩が軽やかであった。
だが、美しい花には棘がある。それは何処かしこでも、共通の認識なのであろう。
その一振りは、攻撃手段である部位を切り飛ばし。
その一振りは、回避手段である部位を切り飛ばし。
そしてその一振りは、相手の命を終焉へと導いた。
鋼の軌跡が舞う。
ブースターを起動させ、三次元的に流れるような軌道で機動戦へと持ち込む。
そう、彼女は何も生粋の後衛職などではない。
腕部を振るい、備え付けてある追加武装たる高周波ブレードを展開させ、“ケモノ”を切り刻んでいく。当然ながらその戦い方は、近接戦闘──いや複合的な戦闘スタイルと言った方がいいのだろう。
起動させた高周波ブレードは、易々とその肉体を切り飛ばし。
相性が悪いとしか言いようがない重厚な装甲を持つ“ケモノ”相手には、備え付けられた主砲が火を噴き。
白亜の突撃銃が、脳天を粉砕させた。
──五階への、更なる移動。
特別な移動手段を持たないミコトは、勿論徒歩。
だが、たとえ徒歩だと言っても、それは誰しも出来る行為ではない。
店内に備え付けられた階段。それを軽業師の如く、跳躍や取っ手に手を掛け数階をいとも簡単に登っていく。
ガラテアの手段は、とても明白。
先ほどのブースター。流石に長時間の噴射には耐えられないが、それでもこの移動距離ならば問題はない。
それに加えて、継続的な噴射ではなく部分的な噴射であるために、思っている以上に消耗は少なく済む。
/13
──そして、デパートでの最終決戦。
奇しくもと言うか、偶然というものは時に必然を凌駕するものなようで。ここまでの互いの討伐数は、同数であった。
そして、ミコトとガラテアの目の前にいる、このデパートの実質新たな
とはいえ、ミコトとガラテアには、あまり関係のない話。
二人が駆け出すには、そう時間は掛からなかった。
「ほぅ、中々。少なくとも、本土で言う甲種ぐらいはありそうじゃな。───もっとも、
『───暫定固有識別名、通称【アルケープラスチダ】と呼称。戦闘に突入します』
【アルケープラスチダ】との間合いを、ミコトとガラテアは詰める。
そして、当然の事ながら、“ケモノ”は人類を殺し滅ぼすもの。迎撃へと走るのは、人間の三大欲求のそれと近い。
音速に近い触手の連打が、ミコトとガラテアの傍を通り過ぎていく。いや、彼女等が避けた、その断章。
しかして、それでも音速を越えた事によるソニックブームが、その白い柔肌を裂く。
どちらも近接戦を、本職の魔法少女よりもできるミコトとガラテア。だがそれは、退路を塞がれた最悪の結末を以てして、償われる事となろう。
「──、っと!」
『──っ』
それでも、音速の連撃を全て躱すというのは、無理な話。
最低限の回避行動と最低限の迎撃を以てしてミコトとガラテアは、【ワの字標的】へとの間合いを詰める。
『九重流剣術、笹葉』
二刀流の剣戟が、【アルケープラスチダ】の肉体を切り刻む。
だがそれでも足りない。
恐らくは、驚異的な再生能力を持つ個体なのだろう。その証拠と言っては何だが、横目に映るその傷が癒えていく事実を認識する。
そして、その致命的な隙をカバーするかのように、【アルケープラスチダ】に向かって叩き込まれる、無数の弾丸と備え付けられた無数のミサイルが着弾する。
同じく、無数の風穴とぼろぼろと零れ落ちる、“ケモノ”の体。
それでも、有効打とはなり得てはいない。
先ほど以上に食らった事によるものなのか、傷の治りは遅いのだが、それでもその回復はきっと完全なまでにその肉体を癒すのだろう。
「ほぅ、成程、のぅ。確かにその再生能力は驚異的じゃが、それでも限度がある。それだけあれば、十分じゃ」
『──肯定。現状困難でありますが、不可能ではありません』
たとえ、それがどれだけ優れていようとも、そこには必ず限界が存在する。
その倒せるという事実は、“ケモノ”相手にはこれ以上ないほどに希望が詰まっているのだ。
そして、ミコトとガラテアの攻撃の苛烈さが増す。
剣戟はその肉体を切り飛ばし、銃撃はその肉体を吹き飛ばすに至る。
だがそれでも、【アルケープラスチダ】の再生能力がなくなるという訳ではない。しかし、その能力値は劣化の一途を辿っている。
──その瞬間、ミコトとガラテアは、これほどまでに自身等の常識を疑った事はない。
「──そんな事が。そんな事があるなんて……」
『──理解不能。状況の精査が必要です』
“ケモノ”が人類に対して恐怖した。
そんな単純な話ではないのだ。いや、それでも十分過ぎるものであるが、それ自体は仮初のものに過ぎない。
『等ァァァァ!』
そう、その【アルケープラスチダ】が、“ケモノ”においてあり得ない筈の局所的な攻撃ではなく、戦術的な攻撃手段を取ってきたのだ。
怯んだ
「……あたたたた。まさか、“ケモノ”が誘い受けをするなんてのぅ。これは偶然か、それとも必然か、この個体だけのものなのか。本当ぅ、嫌な空気じゃな」
『──損傷を確認。ですが、問題はありません』
壁に作られたクレーターの中で、ミコトとガラテアは呻く。
外傷は軽度。──今だ問題はない。
ミコトは、咄嗟に衝撃を分散させるのと同時に受け身を取る事で、最低限の衝撃でその殴打を凌いだ。
一方でガラテアは、追加装甲によって防いだものの壁へと吹き飛ばされた。しかして、壁に激突する瞬間、その一瞬にブースターを起動させた事による反発で軽度で済ませる事ができた。
もし、二人のように何の対策も取れないようだったら、たとえ魔法少女という人の形をした兵器であろうとも、重症は免れない。
しかして、追撃と云わんばかりに、触手による刺突が宙から降ってくる。
それに対してミコトとガラテアは、すぐに体勢を立て直すと、その追撃をやり過ごす。
壁に地面に。亀裂を以てして、風穴がそこらかしこに生まれるのだった。
──問題はない。
予想外ではあったが、知ったからには対処できないものではない。
警戒すれば、十分に対処は可能。
──走りだす。
【アルケープラスチダ】の追撃を受け続けようとも、ミコトとガラテアの二人の軌跡は、後に影しか残さなかった。そこに、後から追撃を受けていたとしても、後の祭り。
加速する。
切り刻む。
加速する。
──前へ。
『唖、唖ァァァァ!』
それを防ぐかのように、動き出す今までの触手の中でも一際巨大な二振りの巨腕。切り札だったのだろうか、いやただ単に使わなかった、それだけの話。
しかし、ここまで追いつけられたとなれば、当の【アルケープラスチダ】もそう黙ってはいられないようだ。
それでも。
『──照準、固定。ふぁいあ』
ガラテアが、そこにいる。
手にした白亜の突撃銃でもなければ、追加武装たる副砲でもない。ましてや、起動させた高周波ブレードでもない。
──その鈍き鋼の砲身が、【アルケープラスチダ】へと向けられる。
地を揺るがすほどの轟音と、万物を砕くほどの衝撃。
それらを以てして、ガラテアの装備する武装の中で一番巨大な砲身から、雷の如き砲弾が放たれるのだった。
『虞、啞ァァァァ!』
咄嗟の判断。
それが後になって、間違いだったのだと気付く。
しかしてその頃には、【アルケープラスチダ】の腕とも呼べる巨大な二振りの触手が文字通り吹き飛ばされた上に、その肉体の一部が欠損をする。
「危ないのぅ。あと少しで儂が負けるところじゃったの。じゃが、──これで仕舞じゃ!」
──前へ。
──前へ。
──前へ!
その軌跡は、一足を置き去りにするほどの俊足を以てして、【アルケープラスチダ】との間合いをなくした。
振り絞る、二撃──いやこれは、二振りのものであろうとも一撃だ。
そして、【アルケープラスチダ】との間合いをなくした本人たるミコトは、その技を解き放った。
『九重流剣術、紅葉椛』
「──これで仕舞じゃ。精々、地獄でも落ちるのであれば、少しは反省──それは無理じゃな」
ぱちん、と。
戦いの終焉を告げる、小気味よい鞘の音が聞こえる。
崩れ落ちる巨体、【アルケープラスチダ】が崩壊を開始し始めるのだった。もう、止めようのない事実であるが、いやそもそもそんな自意識はもう存在していない。
戦いは、ミコトの勝利で終わった。
/14
「はっは。今夜の夕食は何にしようかの?」
『……』
それから、このデパートを出るまであれで打ち止めだったらしい、他の“ケモノ”には襲われなかった。
いや別に、ミコトやガラテアは期待をしていた訳ではない。
ミコトとしても、今更先ほどの勝利宣言を水に返すなんて恥ずかしい真似、出来ればしたくない話。それに、もし、賭けの効果残る今現在“ケモノ”に襲われようものなら、近接戦しかできない彼女自身ではなく、ガラテアに分がある。
またガラテアとしても、いや彼女からしてみればこれは、仕事なのである。今だ、残存魔力が残っているとはいえ、先ほどは予想以上に使ってしまった。できれば戦いたくないし、もしいたら討伐するつもりなのだが、いないという事実に越したことはない。
そんな時だった──。
ミコトの手にした無線機が着信を伝える。
終わったのだろうか。いやそれにしては、早すぎる。
であるのならば、一体──。
『──各班に伝令。各班に伝令。本部、“ケモノ”の襲撃を受けたし。至急、“乙女課”付近の班は、本部の援護を。繰り返す、──』
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