がぶがぶ/23 狭間の歌
四つん這いになり咳込む吉久の前で、襦袢姿の初雪は仁王立ちをして怒鳴った。
「貴方はいったい何を考えているんですかッ!! ふざけるなッ!! 当てつけですか? さぞや楽しいのでしょうね私の目の前で死のうとするなんて!!」
「――――ごほっ、ごほっ、ん゛ん゛っ、あ゛ーー…………、ふぅ、苦しかった。マジで死ぬかと想ったよ。で? どう? 今どんな気持ち? 手に入ったと思った瞬間に指の隙間からこぼれ落ちそうになった気分はどうだい??」
「~~~~~~~ッ!! この外道!! 畜生!! 鬼畜!! 信じられません!!」
慌てて吉久を救出し、そしてこの言い草である。
明確な煽りに、初雪はわなわなと肩を怒りで震わせて。
「貴方は私を煽る為だけに自殺紛いの事をしたのですかッ!? 本当に死んでしまったらどうするのですッ!!」
「君が絶対に助けてくれるって確信してた、もし間に合わなかったとしてもさ、――後を追ってくれるよね初雪?」
「それとこれとは話が違います、これから確実に孕むまで子作りセックスと思いましたがお説教の時間です」
「あ、正座するのね。よいしょっと……ちなみに聞くけど、孕んだらこの座敷牢から出られるの?」
「え? 冗談が上手いですね吉久君。そんなの出れないに決まっているでしょう」
本気の目をする初雪に、吉久はうーんと首を傾げた。
「まさか君、本当に子供を作る為だけに僕を拉致監禁してるの?」
「半分はそうですね」
「残りの半分は?」
すると初雪は口元をニィと釣り上げて、実に愉しそうに嗤う。
吉久の危険関知センサーが、敏感に反応して。
「――私、気づいてしまったんです」
「何を」
「どうしたって私の憎しみは消えない、晴れない、晴らすことなど出来ない、でも貴方をどうしようもなく愛している。……その板挟みで欲望が我慢できなくなっている事に」
「それで子供が欲しくなったの?」
「愛とは不思議な物ですね、幾ら貴方に愛してると言われ確信しても、貴方に愛が通じていると信じていても……不安が沸いてくるのです。もし貴方が私以上の人を見つけたら、私を捨てて、あの時みたいにその誰かを襲いに行くんじゃないかって」
「……僕との確かな繋がりが欲しかった」
こくり、彼女は静かに頷く。
はらはらと涙を流しながら、向かい合う彼の頬に両手を添えて。
銀色の髪が縁側から差し込む夕焼け色に染まる、とても絵になる光景であったが。
「悪いけどね、君の思い通りにはいかせないよ」
「ええ、むしろ望む所です。貴方はそうでなくてはいけません」
「はい??」
「吉久君は私に負ける吉久君じゃないんです、信じています貴方が私をどんな手を使ってでも陵辱し、敗北という屈辱を、快楽という屈辱を、愛という屈辱を与えてくれる人だって――――」
「ちょ、ちょっとっ!?」
「だから首を吊った貴方はとても腹立たしくて――――嗚呼、なんて嬉しかった事かッ!! だって貴方は全身全霊で私の愛でさえも蹂躙しようとしているッ!! 嗚呼、憎いッ、憎いんです吉久君!! そんな貴方が憎くて…………とっても愛おしいッ!! もっと早く気づくべきでした、いいえいいえ、貴方が目覚めさせたんですッ!!」
「怖い怖い怖いっ、そんでもって顔近っ!?」
息のかかる距離まで詰め寄り、初雪は熱情をぶちまける。
「ありがとうございますッ、本当にありがとうございます吉久君ッ!! 嗚呼ッ、嗚呼ッ! 嗚呼ッ!! 壊れていくのが愉しいんですッ、それで苦しむ貴方が、私を助けようとしてくれる貴方がッ!! なんで無様で哀れで、そして期待してしまうんです、――――吉久君なら、壊れた私でも大事にして手放さないって、…………絶対に助けてくれるって」
「………………なるほどねぇ」
ヤバい、これはヤバいと、もはや手遅れ最初のボタンを自ら掛け違った吉久には彼女を救う資格も手段も無い。
しかし同時に歓喜した、己は期待されている、助けを求められている。
どうしよもない存在でも、愛する誰かを救えるのかもと期待してしまう。
「嗚呼、――君の口からさ、初めて助けてって聞いた気がするよ」
「助けてください、愛してください、……苦しいんです、怖いんです、貴方に憎悪だけを向けてしまう未来が、愛という欲望のままに貴方を壊そうとしている今が、怖い、怖いのです吉久君。――――助けて」
嬉しかった、こんな日が来るなんて思いもしなかった。
一条寺初雪という存在は吉久にとって完璧で、完全で、決して折れず屈せず、輝かしい慈愛の心を持っている女神。
だから。
(ごめんね、僕が存在しなければ君は完璧で居られたのに……)
でも。
(本当に罪深い、僕はさ……壊れていく君が美しいって思うんだ、救いを求められ、縋られて、嬉しいし愉しいって思うんだよ)
だからこそ。
「――――ごめんね初雪、僕は君を絶対に救わないよ」
「は??」
にこやかに出された台詞に、思わず初雪の涙が止まった。
違う、これは違う。
なんというか求めてた物と違う、もっと、もっとこう。
「そこは、絶対に救うの間違いではありませんか?」
「いやあってる、僕は君を救わないし、子供だって絶対に作らない」
「あー……ちょっと耳が変になった様です。もう一度仰ってくださいませんか?」
「君を救わないし、楽になんてさせないよ。――君がそうさせたんだよ? 僕を欲望に素直にさせたんだ」
「――――では、どうするおつもりですか?」
「そうだなぁ……折角だしさ、本格的にアナル調教しようか。前の穴なんて絶対に使わない、そうだ絶対に絶頂させないってのも追加しよう」
「吉久君ッ!!」
「だってこんな機会、もう二度と来ないと思わない? 壊れゆき正気を失いつつある聖女様、その助けを求める手を振り払って――正気のまま絶望に堕とすって。今度こそ僕はさ、君の心まで陵辱し尽くそうと思うんだ」
「ぁッ、はあああああああああああ~~~~ッ!?」
あまりにあまりな言葉で、初雪の心に純粋な怒りが沸いてくる。
どうしてくれようか、どうしてこの男は自分の目論見をいとも簡単に粉砕して斜め下に行くのか。
「ふざけないでくださいッ!! 何を考えているんですかッ!! 学園一番の美少女で心清らかな聖女とも呼ばれ女としての価値の高い私がッ!! こうも頼んで縋っているんですよ?? この自慢のスタイルだって今後も好き放題できるんですよ? しかも真実の愛もお金も地位も付いてくるんですよ?? どうして救うって、或いは壊すって言わないんですか!!」
「あ、やっぱ自分に自信があったんだね君。そして恵まれている自覚もある。――精神的なモノを除いては」
「冷静に分析しないでくださいッ!! ああもうッ、こうなったら力付くでも――ふぎぃッ!? は、はぁッ!? 殴りましたッ!? 今、私を殴りましたか!?」
涙目で額を押さえる初雪は、憎しみに燃える瞳を揺らめかしながら立ち上がって。
吉久もまた、くつくつと嗤いながら立ち上がる。
「ああ、ごめんね? 手加減しないと面白くないだろう? 適度な抵抗って燃えるんだよ。だって君さ、キスしたり乳首抓っただけで僕の言いなりになる体だろう? それじゃあ踏みにじり甲斐がないじゃないか」
「私を甘く見た事を後悔しないでくださいましッ!! 体育の成績は私の方が上ですし護身術だって習ってるんです!!」
「襦袢姿で何処までそれが発揮できるのか見物だね、ああ、右手を封印しようか?」
「そういって、ここぞという時に右手を使うのでしょう? 遠慮はしません、――――黙ってパパになりなさい!!」
「アナル狂いの聖女様って素敵なワードだと思うんだよッ!!」
そして、二人のステゴロバトルが始まった。
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