がぶがぶ/2 聖女様は黒下着をつけない


「素直でよろしい、ふふッ、初めて貴方から一本取った気分です」


「僕は君に敗北し続けてる気がするんだけどなぁ……」


「あら、その割には実に好き放題してくれたではありませんか」


「敗北してるからこそ、かな。――それで? 親父に何をした訳?」


 率直に切り込んだ吉久に、初雪はくすくすと笑って答えた。


「直接クビにするように伝えるなんてしてませんわ、ただ、お勤め先に火遊びをしてる方がいらっしゃったので」


「……はぁ、またそのパターンか。親父はいつも貧乏クジを引くんだよ。でも今回は君が意図して巻き込んだ。そうだね?」


「ふふッ、どうでしょうか。私はただ少し人を介して助言をしただけ。ええ、それだけです。強いて言うなら、予め義父さんの再就職先を用意しているだけかしら?」


「今、親父のコトを変なイントネーションで呼ばなかった??」


「気のせいでしょう」


 彼の疑問をばっさり切り捨てた初雪は、制服のブラウスの釦を上から三つ開けて。


「――ね、此処まで言えば後はどうするかお分かりでしょう? それに吉久君は何やらお金に困っているご様子、……もしかして、靴下やシャツに穴でも空きましたか?」


「っ!?」


「このままでは月末まで四千円で暮らす事になるのでしょう? ああ、もしかするとアルバイト先の経営が悪化して、お給料が支払われないかもしれません」


「…………初雪」


 さん付けが消えた険しい顔の吉久の視線に、彼女は体を火照らせた。

 後少し、もう一押しで彼は彼女を獣の様に求める、征服するために力付くで押し倒す。

 初雪は臍までブラウスを開く、そしてスカートをゆっくりと持ち上げる。


(なら、次の一手に耐えられるかしら吉久君?)


(乗るなっ、乗るなよ僕! 挑発されてるんだ、そして選択肢を狭められてる、親父を見捨てられないだろうって)


(逃げ道を封じ、言い訳を用意して、そして目の前には気持ちいい解決法がある、ええ、受けるしかありませんわよね)


(――初雪は僕の財布事情まで知ってる、つまり盗聴や盗撮、スマホに細工されてても不思議じゃない)


 詰みだ、そしてこれは罰なのだ。

 彼女を陵辱した、取り返しの付かない罪に対する罰。

 だからこそ、――応じる訳には、流される訳にはいかない。


(だって、初雪さんはさ……綺麗、だから)


 吉久は己という汚点が彼女と共に在る事を望まない、汚してしまったからこそ、これ以上は汚せない。


「残念だけど、君の言いなりにはならない。……どんなに誘惑しても無駄さ」


「――義父さんが再就職先に困るとしても?」


「いつものコトだよ」


「…………ッ、こ、このままだと、食べ物を買うお金もアルバイト先も無くなりますよ吉久君?」


 彼女は唇を噛んで彼を睨んだ、だが吉久は飄々と受け流す。

 初雪を見る視線に、暖かなモノを滲ませながら。


「それが君を汚した罰だというなら、僕は例え住む家を失って餓死するのでも受け入れよう」


「ッ!? ~~~~~~ぃ、どうしてッ、どうしてそうなんですか吉久君!! 今更聖人ぶって、なら何で自首しないんですか!!」


「僕は卑怯者だからね、君が法で裁くというなら受け入れよう。君が私的制裁をするなら喜んで受ける、そうでないのなら……僕は君の近くで、君が幸せになるまで見守るだけさ」


「ふざけないでくださいッ!! 私の幸せ? そんなものは私が決めるんです、貴方が教えてくれた事ではないですか!! 抱けッ、抱きなさいッ、抱いてください私を!! それが貴方の償いなんです!! ――――お願いよぉ、私から離れていかないでぇ…………」


「…………ごめんね、初雪さん」


 涙混じり悲鳴を前に、吉久は拳を握りしめて拒絶した。


(どうして、どうしてなの吉久君、私は、私は貴方の女として側に居たいだけなのに……)


 学園の聖女なんて呼び方、一度も望まなかった。

 全生徒の憧れなんていらない、心を許せる友が、恋人が欲しかった。

 母は彼女が産まれたと同時に亡くなり、母の死に悲しんだ父は初雪を愛さなかった。


(貴方だけが、たった一人、私に愛をぶつけ温もりをくれたのに……)


 その彼も、学園の聖女という幻想に囚われ彼女から離れようとしている。

 許せるはずがない、例えどんなに歪で不格好だったとしても、どんなに卑劣で卑怯だったとしても、彼だけが彼女の全てを包み込んでくれたのに。


「吉久君……よし、ひさ君……、お願い、お願いしますご主人様、もう一度、もう一度だけでも、この哀れな雌豚にお情けをくださいませ、なんでもします、財産を貢げというなら貢ぎますッ、一条寺の家が欲しいなら全て差し出しますッ、アダルトビデオに出ろというなら出ます、靴だって嘗めます、公衆トイレで肉便器になれというならなります、だから、だから」


 初雪は大粒の涙をぽろぽろこぼしながら、必死に笑顔を作って吉久の下半身に縋りついた。

 それを彼は、痛ましそうな目をして首を横に振り。


「……違う、違うんだよ初雪さん」


「ね、見てください。好きでしょう黒い下着、レース透けているんですよ? 下だって直ぐに挿れて貰えるようにパックリ開いてるんです、ああ、ピアスッ、そうです貴方の女という証にクリトリスにピアスを付けますッ、このおっぱいでも腕でも吉久君の名前の入れ墨だって――」


 お願い、捨てないで。

 人としての尊厳すら捨てて愛されようとする初雪に、吉久は昏倒しそうであった。


(僕が、僕がっ、壊してしまったっ!!)


 手の届かない高みに居たからこそ、汚したいと思った。

 どんな事をしても、手に入れたいと思った。

 尊厳という尊厳を壊して、夢という夢を壊して、でも。


(壊したい訳じゃなかったんだよ……っ)


 どれ程に矛盾して、どれ程の自分勝手な想いである事は自覚している。

 けれど押さえられなかった、そして貫き通せなかった。

 その結果が今だ。

 ――吉久は自分への怒りで、憤死しそうだ。


「知っていますか吉久君、ブラのサイズだってワンカップ上になったんですよ? 貴方が毎日揉んで育ててくれたから。フェラチオだって今なら上手に出来ます、貴方が仕込んでくれたからイラマチオだって平気です、ね? 犯したいでしょう? 貴方好みに躾た私の体、飽きた訳ではないでしょう?」


(…………ああ、怒りすぎると一周回って冷静になるって本当だったんだね)


「だってほら、こんなに大きくして……。ねぇご主人様、その逞しいモノで前みたいに可愛がってくださいまし……、初雪は全てを貴方に捧げます……」


(今、僕に出来るコト。それは――――)


「――――きゃッ!?」


 ズボンの上から盛り上がった股間にキスを始めた彼女を、吉久は無理矢理に引き剥がす。

 そして屈み込み目線を合わせると、パン、と乾いた音が一つ。


「…………ぇ?」


「目は覚めたかい初雪さん?」


 吉久は彼女の頬を叩き、初雪の意識は思わぬ衝撃に空白が産まれる。


「君を抱くかどうかは僕が決める、さ、立って全裸になるんだ」


「――――はいッ、ご主人様」


「何を勝手に雌奴隷になろうとしてるワケ? 竹清か吉久で呼べって言ったよね」


「はい、……はい吉久君!」


「よく出来ました、じゃあ両手を挙げて目を閉じて」


「嗚呼、帰ってきた……私の吉久君が――」


 愛して貰える、歓喜の心が初雪の中で溢れる。

 また犯される、憎悪の心が初雪の中で忍び寄って。

 体が震える、今日はどんな事をされるのか。


(ふふッ、前みたいに繋がったまま校舎を一周……それともトイレに連れ込まれて……)


(うーん、処分しようと思って忘れてたけど。こんな所で役に立つなんてなぁ)


(――――あれ? 私、今、下着を着せられてます? 何故? いえ……今日は履いたままで、そういう趣向ですか? 敢えて下着だけ……はい? ブラウスやスカートも? いえ中途半端ですね。――――そうですか、最初に犯した時を再現し、私との力関係をあの逞しいモノ様で再確認させる、嗚呼、嗚呼、嗚呼、なんて卑怯な男でしょうッ!!)


(…………うん、こんなもんかな?)


 吉久は最後に鞄を持って、彼女から一メートル離れる。


「もう目を開けて良いよ」


「はい、…………はい?」


 己の格好に、そして彼との距離感に初雪は思わず小首を傾げた。


「どうして下着が普通の白いのに変わってるんですか?」


「それはね、初雪さんには純白が似合うから。ああ、それは君が僕の部屋に忘れていった物だから安心してよ」


「どうして微妙に距離を開けて、帰ると言わんばかりに鞄を持っていらっしゃるの?」


「それはね、今から君を置いて帰るからさ。その中途半端な格好なら直ぐには動けないだろう?」


「…………」


「…………」


「吉久君、指を甘噛みされるの好きでしょう? ちょっと近づいてください、がぶがぶしたいです」


「近づくと思う??」


 視線が混じり合う、奇妙な沈黙と緊張感。

 そして。


「じゃあね初雪さんっ! また明日! でも明日はこんなコトしないでねええええええええええええっ!!」


「待ちなさい卑怯も――――チィッ!! 逃がしました!! ああもうッ、なんて、なんて、なんて卑劣な人なんですか吉久君ンンンンンンンンン!!」


 猛然と走り借りている部屋へ急ぐ吉久は、背後から聞こえる罵倒は聞こえないフリ。


(ホント、どうしてあそこまで依存する様になっちゃったワケ?? あの時は怖いぐらいに輝いてたし、だから解放したのにさぁ…………)


 激しい後悔に襲われながら、吉久は初雪との出会いを思い出していた。


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