第18話 “ウィアートル”

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「〖“酸”と“水”の素よ、我が魔導の顕現にて新たなる破滅、破壊の証明となれ―――ハイドロ・オキシジェン・デストロイヤー〗!」


見果てぬ荒野に轟き亘る爆音―――今日もまた誰か“討伐”系統のクエストを完遂させたのか……と思いきや。


「う~んハラショー《素晴らしい》!自分に備わった稀有な能力を理解し、そこまで使いこなせられるようになるとはね。」

「いえお師匠様、これもひとえにあなたの教授があったからこそ、私もこの能力に関しては持て余し気味だったものですから。」

「優れた能力を―――もうそれは皆の始発点スタートラインより遥か前方で出発スタートしている様なものだからね。 皆羨ましがりもしねたみもするものだろう。」

「(……)この誰とも知れない私の事を今まで面倒を見て下さったことに感謝の念を禁じ得ません―――お師匠様。」


互いに魔術の研究をし、まだ誰も見た事のない“深淵”を除こうとする者達―――いわゆる『師とその弟子』。 “固有詠唱オリジナル・スペル”によって荒野に大穴を開けた弟子もさながらにして未熟だった弟子の能力の本質を見抜き引き出させた師匠も超一流の魔術師である事が判るのです。


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―――あれはいつの日だったか…彼女が私の領域テリトリーを彷徨っていたのを見つけ保護をした。 もう何日も飲まず食わずが判るくらいに衰弱していたので取り敢えず食事を与えてみたのだが、そこから恩を感じたものと見え、色々と私の手伝いをしてくれたものだった。

そんなある日―――保護して数か月経った頃、ふとした事で保護した彼女が詠唱をしている機会に巡り合えたのだ。 しかしその詠唱はこの魔界せかいにはない形態だった―――危険だとは思ったが未知を知りたいと言う私の悪い癖が顔を覗かせ、どう言った具合に術式を構築させたら発動するかの手解てほどきをしてあげた。

すると今度は上手く行き、それまでは暴発気味だった彼女の術も安定してきた。 そこから先は最早他人同士ではなく、師弟関係を築き上げたものだ。


私自身も魔術の師に就き、現在に至るまでの実力―――道はきわめたものだと思っていたが……いまだ見果てぬ“深淵”を覗いてみたくなった欲求に負け、こうして今、私は私の弟子を設けた次第だ。


私の弟子の名―――彼女の名は……


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閑話休題―――それよりも女王の護衛でもある親衛隊の隊長がなぜ、護衛対象から離れてこんな処に居るのか。 それは隊長であるアラクネ本人から語られたわけではなく。

「…たく、隊長サンよぉ、こんなところで何油を売ってやがんだあ?」

「黙っておけ、犬っころ。 それよりも殿下がこんな処にいましたとは―――どこかお怪我はありませんか。」

「…………。」

なにも親衛隊隊長は単独で動いていたわけではなかった、同じ種類の胴甲冑に、同じく親衛隊の徽章……隊長のアラクネに対しても不遜な態度に言葉遣いの『人狼ヴェイオ・ウルフ』の若者、仲間に対しては厳しい言葉を放つも(一応)目上に対しては慇懃いんぎんな態度を取る『人虎ヴェイオ・ティーゲル』の青年、そして黙して侍立する『人馬ケンタウロス』の老将。


しかしそう、この者達こそが女王の親衛隊である―――


「『高潔なる騎士団エーデル・リッター』……それにしてもあなた方が動いていると言う事は―――」

「うるせえぞ、ラプラスの女ぁーーー手前ぇに言われる筋合いなんてねえんだよ。」

「そう言う事だ。 お前が活かされている理由など陛下の“戯れ”にもすぎない事だと言う事を覚えておくといい。」

やはり……と言っていいのか、“元”ラプラスであるクローディアを責める声。 しかしそれが彼らの役割、女王であるシェラザードだけではなく次代の国王(女王)の安全を確保する為致し方のないこととは言え……

「それくらいにしておけ―――…今そこにいる者はかつて我々が知っている者ではないぞ、その認識を改めず以前のように接するなら痛い目を見てしまうというものだ。」

「ガラドリエルの言う通りだ、その事も判らず手を煩わせるなら自分が相手となってやるが?」

「それに我々がこの地に来た目的は、この者を相手とする事ではない、そこの処を間違えるな。」

それに何も『高潔なる騎士団エーデル・リッター』達がこの地に集結していたのは、クローディアを相手とする事やアルティシアの監視をする為…ではなかった。


では彼らの目的とは―――?


「あのーーー質問なんですけど。」

「何でございましょう、殿下。」

「ガラドリエルさん達の目的って何なんですか?あと……私の事を『殿下』って呼ぶのそろそろ止めてもらえません?」

「(むぐく…)そう言われてしまうと従わない訳にも行きませんが……殿下のご所望とあらば致し方がありませんか。 それにそもそも我等がこの地に来たのは『那咤』の解析によりまたラプラスの侵攻が確認されたからなのです。」

「なるほどな、あの動かなくなった機体がそんな事で役に立つとは。」

「しかし―――ラプラスは我々が到着するまでに片付けられた……恐ろしいものだよ、全く。」


女王の直属である親衛隊の隊長をもってしてもおそれを抱かざるを得なかった、その場に立ち合っていたリルフィ達でさえ2人の強さは認識ができましたが、この場に遺された残骸を見て彼らの内でも2人の『脅威』は共有されたと言ってよかったのです。

ですがその『脅威』も就中なかんずく、彼女達が帯びていた“もう一つ”の使命に役立てられるものと思い……

「アルティシアあなたにだけは伝えておこう……」

「どうしたのだ。」

「『“ウィアートル”に気を付けろ』そうした内容の投書が陛下宛てに為されてな、その警戒に我々が駆り出されているのだ。」

「(……)“ウィアートル”?何だそれは、聞く限りでは人名の様にも聞こえるが……」

「判らん……それにそんな人名、この魔界では聞いたことが無い……とすれば―――」

「ラプラスの変種とでも言いたいのか?いやしかし―――…」

「ああ、これまでに遭遇してきたヤツラではあるが、変異をしてきた存在はいなかった、それに―――……」

「ん?―――どうしたのだ?」

「いや……何でもない。」


実は―――知っていた、その名“ウィアートル”。 しかし、知らぬ顔を決め込んでしまった、とは言えだからこそという教唆をしたものだった。

彼らは知るはずもない―――魔界以外の存在と言えばラプラス以外に知らない彼らにとっては、自分が以前までいた“彼の地”で話題にまで昇った事のある存在であるとは知りだにしないのだから。


“ウィアートル”……“彼の地”では『ならず者デスペラード』の一人に指定され、『次元の魔女』と畏れられた存在。

“彼の地”や魔界、果ては幻界でも珍しいとされる“ひ”の魔法を行使する存在……そんな存在が、なぜに魔界に??


その事も不可解極まりないことなのでしたが、ならば例のメッセージは“誰”が宛てたものなのか、この時点では判るはずもない。


けれど……知ってしまう―――例のメッセージは“誰”が宛てたものか……


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とは言っても最大の警戒は払わないといけない為、それと『訓練』の件も終了した事もあり、近くの町へと寄ったリルフィ達は―――


「ぬはぁ~っ、あの地獄の日々から解放されるとは―――極楽ぞよぉ~♪」

「まあ私達1番を競い合っていましたからね~~~(死亡回数を…)」

「けど、しごきにえたら日常・平常というものがまた違った感じになるでしょう?」

「おおぉ~~~リルフィ殿のなんと含蓄がんちくに富んだお言葉か、ラ・ゼッタ感服しましたぞよぉ~♪」

「さすがはリルフィ様ですよね、何度も何度も死線を潜り抜け―――って…あれ? リルフィ様ってそんな経験いつしたんですっけ。」

「(とても『お母様との喧嘩の最中で』……って言い辛いなあ~)ま―――ま…あ、イロイロだよ。」


今こそが生命の洗濯代わりと言うべきか、中々に辛かった訓練の事を思い起こせば街中で暮らすと言う事の日常がこんなにも幸福満喫だと言う事を噛み締める事が出来たようです。

それよりも引率をしていたクローディアや“オブザーバー”的な存在のアルティシアはどこに……?


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「(“ウィアートル”……元ラプラスである私でさえ耳慣れない語句、それに私達ラプラスは神への従属を誓う代わりにそれまでの個人名を捧げ『役職』なる名をもって様々な恩恵を賜ったものでしたが、この語句を耳にする限りでは『役職』ではない……?寧ろ個人名である様にすら思われます。

けれどもそれはそれで耳慣れない―――何なんでしょうか、この“ウィアートル”とは……)」


元はラプラスの『司祭』であったクローディアですらも、奇特に感じてしまったその名―――ラプラスでも使用例のなかったモノに興味は湧いてくるのでしたが、所詮自分だけの知識では行き詰ってしまった事もあり、今はこちらの世界(魔界)での教会に足を運び手がかりとなる情報を得ようとしていたのです。


一方―――アルティシアは…


まさか……とは言いたい処だが、なぜ『次元の魔女』がこちらの世界(魔界)に? この私とてその存在の事を耳にしたことがあるだけで、直接には会った事などないからはっきりしたことは言えないが……それにしても気になるな、あまりにもタイミングが良すぎる、この私が“彼の地”から戻ってきたのに合わせるかのように……

それに、もう一つ気になるのはなぜ『次元の魔女』の“いみな”を、一体誰が母さまに……?


彼女が疑問としていたのは大きく分けて2つ、1つは以前まで自分がいた“彼の地”で話題にまで昇った『ならず者デスペラード』の一人、そんな存在がどうした理由でこちらの世界(魔界)に渡ってきているのか、そしてもう1つは一体何者が……何の目的で、自分の母に謎の投書をしたのか。

いずれにしても情報を集める必要性がある為、リルフィ達が立ち寄った街とはまた違う街へと来訪したアルティシアは、そこでまた数奇な……いや、因縁の再会を果たすのでした。




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