第38話
次の日、午前のお茶の時間に彼らと再び話し合おうとしたが、まだ寝ていて起きてこなかった。
昨晩は相当飲んでいたので二日酔いだろう。上等の酒を飲まれてしまったし、冬のたくわえになるはずだったものまで手を付けられ、フリードリヒにどう謝ろうかとリデルは頭が痛かった。
干し肉などは冬の長いノースウェラー領では貴重なたんぱく源なのだ。リデルはさっそく使用人たちに指示をだし、折をみて彼女も手伝うことにした。
午後にはフィーの工房に様子を見に行き、リデルが管理を任されている領都そばの温泉宿に視察に行く予定だったが、伯父家族に好き勝手をやられては困るのでキャンセルした。
これ以上夫に迷惑をかけられないので、フリードリヒから頼まれている急ぎ決済が必要な仕事を最優先にする。
やはりクルトからの手紙の返信を待つことなく伯父家族を追い出そうとリデルは決めた。これでは城全体の仕事が滞ってしまう。
◇◇◇
午後のお茶の時間になって、やっと彼らは起きてきた。
今日はハワードとドロシーに邸全般のことを任せてリデルは慌ててサロンに向かう。見張っていないと何をするかわからない。
すると案の定伯父家族は使用人たちに威張りくさり、我が物顔でふるまっていた。
「伯父様、伯母様、それにイボンヌ様、使用人たちに勝手に指示を出さないでもらえますか? ここはあなた方の家ではないのですよ」
リデルがびしりと言う。もうイボンヌを姉さまなど呼ぶ義理はない。
「はあ? 私たちは客よ。北方の土地では客を手厚くもてなすと聞いたわよ。それなのに、なんなのここは? 料理も田舎料理ばかりで口に合わないわ」
ふてくされたようにイボンヌが言う。
「食糧庫を勝手に荒らす、あなた方はお客様ではありません。それでこの領地には何しにいらしたのです? あまり長く滞在されると旦那様のご迷惑になります。こちらに来た用件をおっしゃってください」
のらりくらりと躱されてはたまらない。リデルは単刀直入に言った。
「あなたはなんて失礼なことをいうのよ! 育ててやった恩も忘れて、だからこんな娘孤児院にでも預けりゃよかったのよ。それをあなたが体裁がわるいっていうから」
伯母が立ち上がりリデルを怒鳴りつけるのを伯父がどうにかなだめて席に着かせる。
「リデル、穏やかではないね。私たちは何も喧嘩をしに来たわけではないんだよ。あくまでも記憶喪失の夫を支えるお前の手伝いをしに来たのだよ」
今度は伯父が猫なで声で言う。
「お手伝いというと、具体的にはどのようなことが出来るのですか?」
「お前も忙しいだろう。私は男爵家の領地の管理をしていた。だから、任せてもらえないか?」
「御冗談を、なぜ伯父様が? クルトお兄様を手伝えばよいではないですか」
「それが、クルトの奴は勝手に隣国から婚約者を連れてきて、彼女と二人で領のことはやるからと私らは隠居させられてしまった。しかし、ここの領地は広い。病気の夫を抱えお前ひとりではたいへんだろう。それに敷地内には屋敷も余っているではないか? 管理だけでも大変だろう。誰も住まなければ痛んでしまう。私たちが住んでやろう」
伯父がさも同情したようにいい、図々しいことを言う。ここに居座る気でいるようだ。子供の頃もこの手で家督を乗っ取られた。成人したリデルにも同じ手が通用すると思っている。
「つくづくお前は肉親に縁の薄い子でかわいそうだ。それでは子を作るどころではないだろう?」
やはり早く養子をとった方がよさそうだ。付け入る隙が出来てしまう。
「伯父様に関係ございません。それで、そちらのお二方は何をしにいらしたのです?」
リデルは伯母と従姉に目を向ける。
「私は夫を支えるために決まっているじゃない。夫婦なのだから当然でしょう」
伯母はふてぶてしい態度を崩さない。リデルは内心歯噛みした。彼女には子供の頃どれほどいじめられたことか。
「では、イボンヌ様は、ここで何をしているのです?」
「呆れたわね。そういう言い方はないでしょ? 聞けば、あんたは社交もせずに王都のタウンハウスはほっぽりぱなしと言うじゃない。だから、私が管理してあげるわよ。代わりに社交をやってあげてもいいわ」
さんざん社交界では外聞の悪いことをしてきたのにとんでもないことを言う。今ではどこからも招待すらされないのだろう。
「結構です。あちらには信頼できる家令もいますし、きちんと管理もされているので。くれぐれも勝手にお立ち寄りにならないでくださいませ。と言うことでお手伝いいただくことはなにもございませんので、おひきとり願います」
リデルの強硬な態度にさすがの伯父も鼻白んだ。
「しかし、私たちはお前を心配してこの遠い北の領地まで、途中で野宿までして金をかけてやってきたんだ。気持ちをくんでくれてもよいのではないか?」
居座りたいのか、金が欲しいのか……。
「わかりました。金子は用意いたしますが、もう二度とこちらにお越しにならないでくださいね。
その言葉に伯母が癇癪を起し、バンとテーブルを叩き立ち上がるとリデルにつかみかかり、襟の繊細なレースを破き、喉を締め上げる。
「冗談じゃないわ! こんな小娘になんでここまで馬鹿にされなくちゃならないのよ!」
これが彼女の地金だ。
「そうよ。あんたなんて所詮お飾りの妻でしょ! 社交界で馬鹿にされてんの知らないの?」
イボンヌはそう叫ぶとどさくさに紛れて、リデルの髪を引っ張り、髪飾りを奪う。フリードリヒが前にフィーの工房で買ってくれたものだ。リデルのお気に入りでいつも身に着けていた。
「おい、やめないか、ミネルバ、イボンヌ」
伯父が止めるふりをして薄笑いを浮かべている。
メイドが止めに入るもなすすべもなく、大声で助けを呼ぶとドアの外に控えた使用人たちが部屋に雪崩れこんできた。
あっという間に彼ら三人は取り押さえられる。
「痛っ、痛たた! 貴様ら何をする! そこまでやる必要はないだろう」
伯父が真っ赤になって怒鳴りつけると、城の番兵が伯父に向かって言う。
「奥様に無体を働くものがいれば、問答無用で牢へ放り込むようにと旦那様から申しつかっております。さあ、引っ立てろ」
伯父家族はガタイの良い兵士たちに周りを囲まれた。
「は? 何を言っている。私らは貴族だぞ! 庶民の分際で分を
伯父が番兵を怒鳴りつける。
「分を弁えていないのは貴様らであろう!」
ひときわ冷たく鞭打つような声が響く。そこにはあたりが凍てつくような空気を纏った夫が立っていた。
出会ったときと同じ、アイスブルーの冷たい瞳で威嚇するように睥睨する。殺意すら感じる。
リデルはその姿にぶるりと震えた。夫は過去を思い出したのだろうか?
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