65ページ目.うれしいことばが聞けますように
その日も漫画部の活動を終えて、オレはエントランスで上履きから靴へと履き替えていた。
なんだかずっとモヤモヤする。
このモヤモヤは自分の卒業作品のラストが自分でも納得いってない証拠だ。
教室で秘密のお漏らしで漫画が終わりじゃ、なんか物語が締まらない。
でもオレは受験勉強もしなきゃいけないわけだし、時には妥協も必要では?
そんなオレの頭を占める葛藤。
「ゆらーっち!」
一人で思い耽っていたら、後ろからオレの名を呼ぶ大きな声が聞こえた。
この声の主は……、
笑顔でオレに手を振る彼女がこっちにやってくる。
阿舞野さんもいま部活が終わったんだ。
「ゆらっちもいまから帰るとこ?」
「うん」
「アタシもいま終わったとこ。タイミングバッチリじゃん。ということで、一緒に帰ろ!」
オレもちょうど阿舞野さんに話があったからよかった。
彼女と二人、並んで歩く駅へと続く通学路。
冬空はもう暗い。
「そういえばまたイベント出るんだ?」
歩きながらオレは彼女に聞いた。
「うん、もうすぐなんだけどね。今度は『愛CAN』って雑誌のモデル権をかけたやつ。来週から予選始まって、冬休みの間に決勝なんだ」
「阿舞野さんも受験だけど、勉強は大丈夫そう?」
オレは続けて質問する。
「それなー。でも高校生の時間ってもう二度とないわけじゃん? アタシ、あのとき出とけば良かったーって将来後悔したくないんだよね。だからさ、なんとか勉強も両立させてラスイベも頑張る!」
そう言って、阿舞野さんは右手でガッツポーズを作った。
彼女はライバーのイベントと受験勉強、両方を頑張ろうとしている。
この時期にそんなことしてるなんて、他人から見たら無茶なことに見えるかもしれないけど、でも無茶をしてでも後悔したくないって彼女の気持ちもわかる気がする。
オレだって阿舞野さんと同じで、これで高校生生活は終わり。二度とこの時期は戻ってこないのだ。
「そういえば、漫画できたよ。協力、どうもありがとう。阿舞野さんのおかげでかなりリアリティのあるシーンが描かけたと思う。また今度出来たやつ見せるよ」
「マジ!? でもラストのアレはさすがにいま思い出しても超恥ずかしいんですけど! 自分のアレしてたシーンなんて読めるかな? 絶対うちらの黒歴史になるよねー。これは一生、二人だけの秘密」
そう言って、阿舞野さんは立てた人差し指を口に当てた。
「あの漫画を実際にやってた人がいるなんて誰も思わないさ。ただラストがアレというのは、オレの中でなんか不満があるのも事実だけど……」
オレは正直に気持ちを吐露する。
「あー、なんとなくわかるかも。ラストがアレじゃ、感動もないただのエッチな漫画って感じだよねー」
やっぱり阿舞野さんもおかしいと思うか。
かと言ってオレには他にアイデア浮かばないし……。
「そうだよな。阿舞野さんもそう思うよな」
「じゃあ、ラストはヒロインが全裸を主人公にでも見せる?」
阿舞野さんがオレの顔を覗き込むように見て、ニカッと笑った。
「それはいくらなんでも直接的すぎる表現だよ」
「そうだよねー。さすがに女子の全裸なんてフェチでもなんでもないもんね」
阿舞野さんは、今度は声を出してケラケラ笑った。
……そうだ。
全裸だけど見えない状態ならフェチっぽくなるな。
「裸だけど隠されてる状態……。ラストは誰もいない教室で裸になったヒロインが、カーテンに身を包んで夕日に照らされながら光り輝く。そのヒロインの美しい姿を主人公が記録にとどめる……」
オレはふいに閃いたアイデアをつぶやくように口にした。
「あー、それよくない? なんか綺麗な感じだし」
「漫画を締めるには良さそうだ!」
思わずオレは声を上げてしまった。
「なんなら、それもアタシがモデルになってもいいよ」
「えっ!?」
「ゆらっちの卒業漫画のためだし」
そう言って阿舞野さんは、オレからさっと目を逸らした。
暗くてはっきりは見えないけど、彼女の横顔は少し恥ずかしそうに見えた。
オレのためにそこまでしてくれるのか。
なんで?
でもこの言葉は、今までの彼女の言葉の中でも特にオレの中で響いた。
とにかく嬉しかった。
オレも阿舞野さんのために、無理をしてでも何かしてあげたい。
そう自分に誓えるほどだった。
これからも彼女からの嬉しい言葉を聞きたいから。
「ありがとう。これも阿舞野さんに頼みたい」
オレは素直に彼女に協力を求めた。
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