48ページ目.昼間の出来事

 高3の二学期。


 まだ残暑が厳しいけど、気分はなんか秋って感じ。


 今年の夏休みは、オレにとっては今までに経験のない新鮮な夏だったけど、阿舞野あぶのさんにとっては残念な夏だった。


 けど、一緒に海に行ったとき、彼女はテンション高くて明るい顔してたから、オレが心配したほど落ち込んでないのかも。


 学校が始まってからも、休み時間には隣の席のオレにふつうにライブ配信の話をしてくる。


「ゆらっち、配信観てくれたらしいけどさ、SHOWTIMEでの名前、なんて名前? リスナーの中でどれがゆらっちかわからないよ」


 阿舞野さんが興味津々の目で聞いてくる。


「んー、それは……、内緒」


 オレは答えなかった。


 理由はなんか課金額がバレるのが嫌だったから。


「えー、なんでー?」


 阿舞野さんは当然不服そうだ。


 頬を膨らませている。


「まあ、時期がきたら教えるよ……」


 とは返したものの、その時期がいつなのかは決めてないけど。


「ところでさ、ゆらっちは進路決めた?」


 机に頬杖をついて阿舞野さんが言った。


「とりあえず、明導大学に行こうかなって思ってるんだけど……」


「へぇ、明導大学かぁ。あそこ難しいんじゃない?」


 そう、オレの成績だと行けるかどうかギリギリのところだ。


「阿舞野さんはやっぱり芸能界入り?」


 オレは即答でYESと答えるだろうと思った。


「んー、どうしよっかな。実はアタシ、まだ進路決めてないんだよね」


 あれ? 意外なことに必ずしもタレントになるわけではないらしい。


 芸能界入りは阿舞野さんの夢だと思ってたんだけど。


 そのとき、教室の引き戸が開いた。


 無意識にオレは視線をそちらへと向ける。


 その開けた人物は意外な人だった。


 視線の先には、前髪を上げたふわりちゃん。


 ふわりちゃんはクラスを見渡しオレを見つけると、手に何か赤いものを持ってこちらへと近づいてくる。


 彼女は意外にも堂々としていた。


「うおっ、誰!? あの可愛い子?」


 クラスの男子が知らない訪問者に驚きを声にした。


「あれ? あの子、何かで見たことあるぞ」


 そんな声も聞こえてきた。


 みんながふわりちゃんの動きに見入って、クラスが少し静かになる。


 ふわりちゃんはつかつかとオレに寄ってきて「先輩」と、オレに声をかけた。


 隣の席の阿舞野さんにも気づくと「あ、阿舞野先輩、お疲れ様です」と頭を下げた。


「あれ? ふわりちゃん、久しぶりじゃん。何でここに?」


 阿舞野さんも驚いている感じだ。


 クラス中の視線がオレの席に集まっている。


 あまり目立ちたくないオレはたじろぐ。


「あの……」


「え、あ、はい……」


 なんだ? なんの用で3年の教室に来たんだ?


「先輩、これ……。お弁当作ってきました。お昼休みにでも食べてください!」


 そう言ってふわりちゃんは、赤い布に包まれた弁当箱をオレに差し出した。


「えっ、えっ!? えっと、あの、あ、ありがとう」


 戸惑いながらもオレは反射的に弁当箱を受け取る。


 ふわりちゃんはオレに深々と頭を下げると、小走りで教室を出ていった。


「あれ、由良ゆらの彼女!? マジかよ!」


「スゲーな、あんな可愛いのが彼女って!」


「そういえばあの子、うずめの配信に出てた子じゃない!?」


 クラス中が一気に賑やかになり、男子の中にはオレを冷やかす者が現れる。


 でもなんで急にふわりちゃんがお弁当を??


 困惑するオレが阿舞野さんの方を見ると、彼女はまた不服そうな目で、頬杖をつきながら頬を膨らませてオレを見ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る