血にまみれた嘘

第24話

 ナイに指示され、木藤さんと共に離れた場所から戦いを見守る私こと四ノ宮真冬。


 巨人となった秋斗くんを助けるために、殺すという選択をしたナイ。その腰から生える歪な獣。赤黒い胴体は、蛇のよに太く前足も後ろ足もない頭だけの歪な二頭。それぞれ一本の角を生やし、顔は豹に似て口は獅子の口のよう。


 あれについて、ナイに訊いても彼は答えてくれなかった。

 ナイ自ら、秋斗くんに近寄ることはせず獣が代わりに鋭い牙で身体に噛みつき辺りに血が飛び散る。その光景は、アニメに描かれる戦闘シーンそのもの。


「ナイ……」


 私には何もできない。戦うことも、そばにいるだけで足手まといにしかならない。きっと、ナイは私に戦わせないために離れてろ、と言うのでしょうね。

 でも、こうして見ているだけというのは歯がゆいわ……。

 獣を地面に押しつけ引き摺る秋斗くん。それに引っ張られるナイ。


「ナイ……!」


 私の言葉は、秋斗くんの引き摺る音で掻き消されてしまう。地面に転がり引き摺られていくナイ。身体中、傷を負い離れていても血が滲むのが見える。

 このままじゃ、ナイが……。私にも、何かできることがあれば……。

 秋斗くんの注意を逸らす? いえ、そんなことをすれば秋斗くんは真っ先に私を狙う。そうなれば、ナイへの負担が大きくなるだけ。

 結局、私は戦闘時になればただのお荷物。

 引き摺る行為が終わると獣は離れ、また秋斗くんに向かっていく。右手首に噛みつき、手首から先を噛み落とす。


「……っ⁉」


 初めて見る。人の手が、獣によって噛み落とされる光景を。

 そこから滝のように流れる赤い血。思わず目を逸らす。

 ナイは、いつもこういう光景を見てきていたのね……。ナイだけじゃない。ここに来る人のほとんどがきっと……。

 人が簡単に死ぬところも、見るもの全てが理解にするのに時間が必要で、鼻をつく血の臭いも……。 


 戦闘はまだ続く。秋斗くんは自分の腕に巻きついた獣を、ビルの壁や窓ガラスに叩きつける。その衝撃と耳に響く破壊音が私たちの下まで届く。

 目を逸らし続けることは、どうしてかしてはいけないように思えて、口元を手で覆い戦う二人を見る。


「ナイ……」


 ただ、そう呟くことしかできない私。

 獣は空中を飛び交い、秋斗くんに攻撃を続ける。ナイは、地面に膝をつき動かない。


「ナイ?」

 どうしたのかしら? さっきから声を発しないのも気になるわ。それに、脇腹を押さえているようにも見えて……。

 ……っ! まさか、地面に転がった時に何か脇腹に刺さったの⁉

 どうすれば……⁉ このままだと本当にナイの身が……!


 ナイのそばに駆け寄ろうとする私の手を掴み引き止める木藤さん。


「木藤さん?」

「ダメだ。俺たちが近寄るのは危険すぎる」

「でも……! ナイが……!」

「俺たちが行けば、ナイくんの邪魔にしかならない。それは君も分かっていることじゃないのかい?」

「……っ! そ、それは……」


 木藤さんの言いたいことは分かるつもりよ。でも、ナイは秋斗くんを助けようと、それでいて私を護ろうとしてくれているのに……。

 ナイ……。

 祈ることしかできない。どうか、無事でいてと。


 獣たちがナイのそばに寄り血を舐め取るとナイが何かを言ったようで、秋斗くんの身体に巻きついて右手首同様に左も同じように噛み落とした。

 秋斗くんは動かなくなり、一頭の獣が私の下まで伸び呼ぶ。

 駆け寄ると、木藤さんは何度も名前を呼ぶ。


「秋斗……! 秋斗……!」


 木藤さんの声に、目蓋を開けた秋斗くんの瞳はナイを映し一言。


「ありがとう……」


 と、消え入りそうな声で礼を口にする。ナイは、その言葉に何とも言えない表情に。それから秋斗くんは木藤さんに。


「先生、ごめんなさい……」

「違う……。違うよ。秋斗が謝る必要なんかない……。悪いのは、何もしてやれなかった俺なんだ……! 俺が、俺がしないといけないことだったのに、何もできなくて……。その結果、秋斗をもっと苦しめることに……。ごめんよ、秋斗……。本当にごめんっ……」


 涙を流しながら秋斗くんの顔に触れ謝り続ける木藤さん。

 泣く木藤さんに秋斗くんは首を微かに横へ振り言葉を続ける。


「先生のせいじゃないよ。先生に出会えたから、ぼくは生きてこられた。先生のお陰なんだよ。だから、泣かないで。最期に、先生に会えて嬉しいんだ。これで、みんなのところに逝ける」


 そう言って、一筋の涙が頬を伝い目蓋がゆっくり閉じていく。木藤さんに看取られ、秋斗くんは亡くなった。

 戦いが終わり、私たちは車まで戻ってくる。木藤さんが火を起こし、折りたたみの椅子にナイを座らせ、傷の手当ての準備をする間に私はナイへ訊く。


「ナイ。大丈夫なの?」

「ああ。真冬も、疲れたろ? 座席を使っていいから休むといい。僕はこのまま、木藤に治療を受けるから」


 血まみれで傷だらけなのに、私のことを気にかけてくれるのね。でも、私一人で休むなんてことできないわ。せめて、ナイの治療が終わるまで起きているわ。


「でも……」

「気にするな。こういうことは今までも経験している」


 ……そうだとしても。言いかけた私を見つめるナイは、優しい目をして笑ってそう言う。

 そんな顔で言われたら、何も言えなくなるじゃない……。


「分かったわ……」


 結局、私はナイの言葉に甘える形で助手席で休むことに。

 確かに、ナイの言う通り疲れたわ……。

 今まで見たことのない光景を見て、目の前で繰り広げられる戦いを目の当たりにして肉体的にというより、精神的に来るものがあったということね。

 目を閉じると、すぐに睡魔が襲いそのまま眠ってしまった。


 …………。


「――――」


 ………………っ。


「――――――」


 ……………………んっ。


「――――――――」


 ……うぅんっ。

 ……声? ナイかしら?

 声が聞こえ、目を覚ました私の耳に聞こえる会話。


「いくら第二世代だとしても、幸せになる権利くらいはあるはず」


 木藤さん? いったい何の話をしているの? 第二世代って確か、ナイたちのことを指して言っていたような……。

 詳しいことは何も分からないけれど。そんな話をしていたわよね。


「僕らにそんなものはない」


 ――っ⁉

 い、今の声、ナイ? 怒っているのかしら?

 背中越しでも分かるほど、冷たくて怒気が込められて突き放すような言い方。


「政府共はな、反乱や復讐を恐れて僕らから生殖機能を切除したんだよ」


 ……え? どういうこと? 生殖機能って……。

 ナイの言葉に私の思考は止まりかける。

 声を出さないよう、二人の会話を聞く。


「好きでそうなったわけじゃない。木藤は知らないかもしれないが、第二世代のほとんどが親に捨てられ、死を望まれ、育児放棄や虐待から保護された子供たちなんだよ。だけど、子供ってのは何かとお金がかかる。育てるのも一苦労だ。だから、そういう子供たちを寄せ集め実験体にされた。そして、その身に能力を植えつけられこの地下街に縛られた」


 じゃあ、ナイも……? ナイもそういう経緯で実験体になったというの?

 何のために実験を? それに生殖機能を切除って、そんなことありえるの?

 私の思考が疑問しか浮かばない。


「それに、能力を持つ第二世代同士が子を成せばどうなると思う?」


 木藤さんに問いかけるナイ。しかし、木藤さんは何も答えない。


「人工ではなく、能力そのものを持って産まれたその子は、復讐を望む者から利用したい奴らから狙われ奪い合い、殺し合いの始まりだろうな。政府は、そういうことも恐れ被検体の全員を去勢したんだよ」


 考えたくもないシナリオね……。その子には何の罪もないのに、能力を持って産まれたというだけど狙われるなんて……。

 それに理由がそうだとしても、ナイや他の人たちからそこまでして奪う必要なんてあるのかしら? 去勢なんて……。

 ナイは言っていたわ。ここから出ることはできない、と。反乱や復讐を恐れたからとやり過ぎじゃないかしら。


「だから人としての権利も、あるはずの機能も奪われ一生を縛られるのが第二世代だ」


 ナイの言葉の中に、怒りや悲しみが含まれているように私には聞こえた。


「僕たちに性別はない。それと、この話を他の奴らにはするな。すれば怒りを買って殺されるから気をつけろ」


 これは木藤さんに警告。ううん、きっと私にも警告だわ。

 それ以降、二人の間に会話はなくなった。

 私ももう一度、目を閉じるけどナイの言葉が離れず眠れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る