小さな社交界



 ――某伯爵家の茶会――




「ロジェス伯爵夫人とその御令嬢が御到着なさいました」


 案内役の執事が私達の登場を口にすると、客人たちは一斉にこちらに顔を向けてきました。

 様々な視線が突き刺さります。

 好奇心に満ちた瞳、探る様な眼差し、困惑した視線、恐怖や脅えが混じった目。

 実に色々です。



「バーバラ、は戦場ですよ。決して油断してはいけません」


「はい」


 先生にも以前言われました。

 茶会は小さな社交界だと。

 隙を見せてはいけないとも。


「この屋敷の女主人で、主催者のランスリット伯爵夫人に挨拶に行きますよ」


「はい、お母様」


 私の隣で優雅に微笑むお母様は既に「貴婦人」の仮面を装備しております。

 流石です。

 私も見習わなければなりません。


 スマイル、スマイル、スマ~~~~イル。




「ランスリット伯爵夫人、お久しぶりですわ」


「ロジェス伯爵夫人。…本当に、お久しぶりです……」


「今日は、お招きいただきありがとうございます」


「い、いえ、こちらこそロジェス伯爵夫人と御令嬢を招くことが出来て光栄です」


「急な出席でご迷惑ではなかったかしら?」


「い、いいえ。とんでもないです」


「ふふふ。本当にごめんなさいね。なにしろ、大切な娘の事だからどうしても慎重になってしまったの。数年前の茶会ではが大勢いたものだから」


「……それは…大変でしたわね…」


「ええ、本当に。でも、お陰でみたいで主人も喜んでいたわ」


「ま…ぁ……」



 主催者であるランスリット伯爵夫人の笑顔が引きつっております。先に来ていたお客様方もこちらに顔を向けたままですし、なんだか思いっきり注目を浴びておりますわ。注目されるのは慣れません。屋敷に引き籠っていたせいでしょうか。人が多い場所はどうも苦手ですわ。





「まあ、それはご丁寧に」


 お母様の挨拶が終わったようです。


「バーバラ、よかったわね」


 なにがでしょうか?

 皆様の視線が気になって、途中からお母様たちの話を聞いていませんでしたわ。


「こちらには躾の行き届いた令嬢ばかりだそうよ」


「まあ。素晴らしい淑女たちという事ですね」


「そういうことよ」


「嬉しいですわ、お母様」



 ざわざわざわ。


 なんでしょう?

 皆様の様子がおかしいような?

 気のせいでしょうか?



「ロジェス伯爵夫人、バーバラ嬢、今日は楽しんでいってください」


 先ほどよりも顔色を悪くしたランスリット伯爵夫人が私たちを歓迎する旨を伝えてくださいました。青白い顔のランスリット伯爵夫人に対して鷹揚に挨拶を済ましたお母様に倣うように、私も丁寧に挨拶を終わらせました。


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