淑女教育その二
サラサラサラ。
「バーバラ嬢、扇子は両手で広げる物ではありません。片手で広げることで威厳がでるものです」
注意されてしまいました。
今は、扇の開き方のレッスンです。
何故このようなレッスンがあるかと申せば「それが貴婦人に必要なことです」と言われました。
「申し訳ありません。
そうなのです。
片手で持つことはできても、開けることは重くて無理があるのです。私もか弱い貴族の娘。できる事とできない事があるのです。
「……なんですって?」
「ミレニウス先生?」
「今、鉄扇子と言いましたか?」
「はい」
「貴女が手にしているのは鉄入りなのですか?」
「はい」
「なっ!……ゴホン。バーバラ嬢、何故、鉄扇子などという特殊な物を愛用しているのですか?」
何だか、デジャブを感じますわ。扇子を開くレッスンは初めてですのに。
「愛用という訳だは無いのですが……実は、これもダイエットの一つを代用した物なんです」
「一体、なにの代用なのですか?」
「ダンベルの代用です」
同じとはいきませんけれど、無いよりマシです。
「……バーバラ嬢、私の記憶違いでなければ『ダンベル』という器具は……棒の両端に鋳鉄製の重しが付いた体操器具のことですか?」
「はい。それで間違いありません」
「……何故、そんな物を使用していたのですか?」
ああ!
理由ですか。
「ダイエットの一環です。しかも『ダンベル』は、腕、肩、胸、脚などの様々な部分を簡単に鍛えるのに有効的でして、その上、体力の向上にも繋がる優れものなのです。最近では、気鬱の改善効果が出ていると報告があるんです。研究課程ですが、多岐に渡る運動効果が診られるようですわ」
まだまだ利用効果が未知数だ、と医師達も喜々として研究してましたから他にも何かあるのかもしれませんね。
「報告?効果?」
「はい!伯爵家が懇意にしている
「その医師は元々『ダンベル』に興味があったのですか?」
「どうでしょう?私がダイエットを始めた頃から論文を発表し始めたようですけど」
「……そうでしょうね」
なんだかミレニウス先生は疲れたお顔をされております。
私、おかしなこと言ったでしょうか?
「バーバラ嬢、鉄扇子をお貸しください」
ミレニウス先生が左手を私の目の前に差し出してきました。私は手に持っていた鉄扇子をミレニウス先生の手のひらに置くと、俄かに先生の手が震えていました。恐らく、重さを感じ取ったせいでしょう。
鉄扇子を私同様に両手を使って開いたり閉じたしするミレニウス先生を眺めておりました。
「重いですね。これでは片手で開けることは不可能でしょう」
分かってくださって何よりです。
「バーバラ嬢はこれから先も、この鉄扇子を使っていくつもりですか?」
「はい」
「何故ですか?普通の扇子の方が明らかに使いやすいのですよ?」
「ミレニウス先生、この鉄扇子ではダイエット効果は期待できないでしょう。ですが、使用することによって失われた筋肉の活性化が検証され始めております。これは医学会においても画期的な出来事です」
「ことは貴女一人の事では無くなっているのですね」
「はい」
ミレニウス先生は私を見ることなく鉄扇子を眺めております。溜息と共に鉄扇子をテーブルの上に置くと、ミレニウス先生は改めで私の目を合わせました。
「バーバラ嬢、私の扇子裁きを見ていなさい」
そういうと、ご自分の扇子を利き手に持つと、右手の人差し指と中指で扇子の根元を挟み、親指で扇子の端を思いっきり押しました。
バシッ!!!
一瞬で扇子を開ける姿は、とても綺麗でした。
扇子を開く音の効果もあるせいでしょうか、威厳に溢れております。
その後、流れるように素早く扇子を閉じる姿も美しい。扇子を上向きにして軽く振り下ろしているというのに、その実、振り切らないギリギリにところで下向きにしてゆっくりと扇子をとしているのです。恐ろしい芸当です。
「いかがですか」
「素晴らしかったです。一つ一つの動作が簡単なようで難しいです」
「そうですね。バーバラ嬢が感じた通り、練習を積まなければ出来ません。そして、この作法が今の主流です。貴族、特に伯爵家以上の家格の女性はこれをマスターせねばなりません。何故か分かりますか?」
「威厳を保つためでしょうか?」
「それもありますが、一番は侮られないようにするためです」
「侮る、ですか?」
「まだ幼いバーバラ嬢が理解するにはまだ先の事になるでしょうが、社交界は貴族女性の戦場といっても過言ではありません。他者に隙を見せないためにも、弱みを握られないようにするためにも、己を強く見せる必要があるのです」
「扇子の開き方もその一つだと仰るのですね」
「えぇ。たかが扇子一つと思えるでしょうが、貴族社会など足の引っ張り合いです。どんな些細な事が致命傷になるとも限りません。
ですが、私はバーバラ嬢の鉄扇子はある意味で抑止力になりえると判断いたしました」
「ミレニウス先生?それはどういうことですか?」
なにやら話が脱線していっている気がいたします。
「鉄扇子は女性の護身用になります。もっとも、バーバラ嬢の鉄扇子は重すぎますからね。これの半分の重さぐらいなら普通の貴族女性にも愛用されるはずです」
「扇子が護身用になりますか?」
「鉄入りの扇子なら十分なり得ますよ。これで叩きのめせばかなりの威力になりますからね。きっと婦人方も喜ぶでしょう」
一体、誰を殴るおつもりですか?
殴る相手がいるのですか?
「ミレニウス先生、仮に鉄扇子で殴った場合、相手から文句を言われませんか?」
訴えられないか心配です。
「大丈夫ですよ。叩きのめすのは不届きな殿方ですからね。何の問題もありません」
男性を殴るんですか?
何故!?
鉄入りですから男性でも当たり所が悪ければ重傷を負いますよ?
「クスクス。相手の殿方も“女にやられた”など口が裂けても言えません。仮に文句を言ったところで“女に負けた軟弱者”と噂されて恥を曝すだけです」
なるほど。
殿方にとっては面子の問題があるのですね。
「そうと決まれば、鉄扇子の扱い方を新たに生み出さなければなりません。バーバラ嬢、宜しいですね」
「はい。お手伝いさせていただきます」
その後、鉄扇子は社交界で受け入れられました。
勿論、私とミレニウス先生が考案した使い方も流行したのは言うまでもありません。
扇子を両手で優しく持ち、扇子をゆっくりと広げていく動作は優雅であり、趣があると好評をいただいたのです。
従来の片手で開くのとは違って一気に広げることがないせいか、扇子の型崩れや劣化が遅くなり、扇子自体が長持ちしていることも好評を博している原因でしょう。
それと合わせて、貴族の婦人方の発言力が何故か増したのもこの頃からです。
ミレニウス先生曰く、「貴族女性の粗相は罪にはならない」とのこと。
私がその意味を知るのは、もう少し先の未来になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます