ミレニウス女史の疑問
私の日常を御覧になった次の日。
ミレニウス先生と共にサロンでお茶を楽しんでおります。
「バーバラ嬢、貴女の一日の生活を見てきましたが、その中で幾つか訊ねたいことがあります」
なんでしょう?
心なし眉辺りが下がっているように感じますわ。
「はい。なんでも仰ってください」
これからは教師と教え子なのですから遠慮などいらないはずです!
「何故、散歩の時間があれ程までに長いのですか?」
「朝夕の日課としておりますので長いと感じたことはありませんでした」
「それでは食事の後の運動もですか?」
「はい。運動というよりも体を柔らかくするための体操です」
「……たいそう?……ゴホンッ。バーバラ嬢はアレを体操と考えているのですね」
「はい。おかしいでしょうか?」
「……いいえ、感性は人それぞれです。バーバラ嬢がそう思っているのなら間違いではなのでしょう。けれど、一般的な淑女は体操はいたしません。散歩を長時間することもありません」
あら?
そうなのですか?
両親も使用人たちも健康のためになると言ってましたけど、実際は違うのかしら?
「何故でしょう?」
「一つ、淑女は競技選手ではありません。女騎士や女冒険者でもない限り筋肉が付いた女性はおりません。散歩も同じです。日にあたる時間が長すぎればそれだけ肌にダメージを受けてしまうのです。シミやソバカスを好む令嬢はおりません。その前に、バーバラ嬢は日傘もささずにおりますし……それに……」
なにやら言い及んでいらっしゃいます。
「ミレニウス先生、遠慮なさらずに仰ってください」
「バーバラ嬢、散歩のたびに顔を覆っているベールは何なのですか?いいえ、覆っているのは顔だけではありませんね。何故、全身を真っ黒な衣装で覆っているのですか?あれは何かの儀式かなにかですか?」
これは驚きです!
高名なミレニウス先生にも知らない事があったなんて!
なんだか親近感が湧いてきます。
「まあ!ミレニウス先生ったら!」
「笑い事ではありません!あのような不気味な格好は初めて見ました。貴族令嬢にあるまじき装いです!」
ミレニウス先生の対応が微笑ましくて、つい、笑いが出ていたようです。無意識でしたから自分では気づきませんでしたわ。
「ミレニウス先生、誤解なさってますわ」
「誤解ですって!?」
そうなのです。
「はい。あの装いは『ニカーブ』といいまして砂漠の国の伝統衣装の一つです。
我が国とは違った文化と宗教と価値観を持っておりまして『ニカーブ』で全身を覆う事は女性の安全と尊厳を守る事も意味しているようです。また、一説では、宗教上の理由でもあるとも言われておりますし、砂漠という人にとって過酷すぎる熱い地方を生きるための衣装だとも言われております。もっとも、『ニカーブ』以外にも色々とあるんですよ。目元の部分を網目状にして全身を覆う『ブルカ』もありますし、大きめの布を被って体を覆う『チャドル』、全身ではなく頭から胸下までを覆う『カイマー』もあるんです。他にも色々とあるんですけれど、私としては機能性を重視して『ニカーブ』を使用している次第なのです」
砂漠の国は、大変過酷な環境の中で暮らしていかなければなりません。そのために開発されたであろう伝統衣装は実に合理的な出来栄えですわ。肌を焼くことが大敵な貴族女性に、是非とも紹介したい一品です。特に夏など欠かせないアイテムになるに違いありません!
「なるほど。他国の民族衣装だったのですね。それは私の勉強不足です」
「分かっていただけて光栄ですわ」
「……けれど、それを着用する必要はありません。我が国は砂漠の国ではありませんから」
「ドレスでは散歩には不向きなのです」
「バーバラ嬢、散歩に不向きなのではありません。貴女の散歩時間が長すぎる事が問題なのです」
問題でしょうか?
「散歩の時間は人それぞれですわ。歩くことが嫌いな方なら短時間ですけれど、好きな方なら長時間のはずです。要は、読書が好きな人と嫌いな人の読む時間が違うのと同じことです」
「……それも、そうですね」
「はい!」
「それでも、他民族衣装を着るのは改めた方がいいでしょう」
ミレニウス先生が酷い事を仰います!
あれ無しに夏を越せと?
私の肌は太陽のギラギラした光によって、こんがりと焼けてしまいますわ!
「何故でしょう?他国の事を知るのは良い事のはずです。現に、先生は『ニカーブ』が他国の民族衣装だということを知りませんでした。確かに我が国から砂漠の国は遠い国です。交流もありません。ですが全くないという訳ではありません。直接的な交流は無くとも、国を跨いで物流が流れて来ています。この部屋に敷いているカーペットも、砂漠の国で作られたものです。これほどまでに美しく細部にまで装飾を施されている物は、我が国では作れませんわ。
これは私のワガママではありません!
他民族を、他国をしるための文化的行動なのです!
「……バーバラ嬢の言う事にも一理ありますね」
「はい!」
理解してくださって良かったです。
ミレニウス先生とは馬が合いそうですね。
「私も貴女という存在を
「私も先生のこともよく知りたいです」
「これから、お互いに大変でしょうけれどよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、ご指導のほどよろしくお願いします!」
これからもっと仲良くなれそうです。
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