ミレニウス女史side 

 

 我がミレニウス家は代々王族の教育に携わっております。

 爵位は、伯爵。高すぎることもなく、低すぎることの無い爵位。

 私も王女様や大公女様。また、王家や大公家に嫁ぐ令嬢方の教育を施してまいりました。『当代一の教育係』と持て囃され、他の貴族からの依頼が束のように舞い込んできたものです。令嬢を持つ親御さんからの矢のような催促。


 令嬢を教育し導く仕事は実に遣り甲斐がありました。


 それと同様に、自らが『完璧な淑女』を送り出しているという高揚感と満足感は他の仕事では決して味わえないことでしょう。私はこの仕事に誇りとし、生きがいとしていたのです。


 当時は若かったのでしょうね。妥協という事を知らなかったのです。いいえ、今もその言葉を真に理解することはありません。だからと申しますか、私の稽古にを上げる令嬢が後を絶たなかったのです。結果から申せば『未来の妃』というべき令嬢しか生徒が残りませんでした。


 現在の教え子も、『未来の王妃』になるべく教育を施しております。

 筆頭公爵令嬢。

 恐らく、公爵令嬢が最後の教え子になるでしょう。


 そう思っていた頃にを貰う事態に陥りました。


 差出人は、バーバラ・ロジェス伯爵令嬢。


 彼女の名前には憶えがありました。

 数日前に、ロジェス伯爵から「娘の教育をお願いしたい」と依頼がありましたから。


 かの有名なロジェス伯爵の御息女。

 流石に、それだけで依頼を受ける訳には参りません。如何にロジェス伯爵が優秀な人物であれど、その御息女も優秀とは限りませんし、なによりも、現在、受け持っている生徒の教育課程が修了していないのです。当然、断りの手紙をお送りした次第だったのですが……どうやら御息女は納得していない様子。仕方なく封を切り手紙を読んでみると驚くべきことが書かれていたのです。


 私が断りの手紙を出した経緯については一切触れておりませんでした。如何に私の教育を受けたいという詳細な理由が書かれていたのです。ロジェス伯爵令嬢が婚約者のために『完璧な淑女』を目指していました。政略結婚であるにも拘らず婚約者が望む女性になろうと努力する。今時、珍しく健気な令嬢だと感心しました。


 しかし、ロジェス伯爵令嬢を教育することは出来ません。代わりとに、他の優秀な教師を紹介することに致しました。手紙の返事と共に幾人かの教師の名を記載したのです。ロジェス伯爵令嬢もこの中から教師を選んでくれると信じていたのです。まさか、それが裏目にでることになろうとは。


 手紙はその日を境に、毎日送られてきました。


 しかも、送られてくるたびに手紙の枚数が増えてきております。長編小説かと思うほどの厚みがありました。ロジェス伯爵令嬢は小説家にでもなるつもりなのでしょうか?疑問が尽きません。しかも陛下からも後押しの手紙が届く始末です。彼女は何者なのでしょう。優秀であると同時に気まぐれな陛下を動かす事ができるなど……。

 面白いですね。

 私がロジェス伯爵令嬢自身に興味が湧いた瞬間でした。ちょうど公爵令嬢の教育も修了した処です。今一度、普通の令嬢を受け持つのもいいでしょう。


 私は初めて、ロジェス伯爵家に「諾」の返事を送ったのでした。

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