第四話

 大西さんが連れてきた男の子はブレザーを着ていた。その胸についている特徴的なエンブレムは中学校に詳しくない僕でも知っているものだった。おそらく、この町に住んでいる人で彼の胸についているエンブレムを見てどこの学校かわからない人はいないだろう。それくらい有名な学校に通っているという事なのだ。


「小野君驚いたかな。息子の圭司です。見てもらえばわかると思うけど、圭司は大紅団扇大付属に通ってるのよ。誰に似たのかわからないけど、とっても優秀なのよ。私にとって自慢の息子なの」

「初めまして。本山圭司です。本日はご無理を言って場所を提供いただきありがとうございます。僕からは特に何かあるというわけではないのでこの辺で失礼させていただきます」

「え、もう帰っちゃうの?」

「やだなぁ、圭司ったら。そんな冗談言っても小野君は分かってくれないって。もう少しわかりやすい冗談にした方が良いと思うよ」

「いや、別に冗談じゃないし。俺はお父さんに言われてあんたが生きているか確認しに来てるだけだし。その確認が済んだら俺がここにいる意味なんて無いでしょ」

「そんなこと言わずにさ、たまにしか会えないんだから積もる話もあるだろうし、お母さんに何でも話してくれていいんだよ」

「あのさ、俺は物心ついてから一度もあんたの事を母親だって思ったことは無いんだけど。それってなんでかわかるの?」

「えっと、なんでだろう」

「別にさ、俺はあんたがどう思われようとかまわないんだけどさ、俺の口からあんたの同級生にそれを教えても良いっていうの?」

「いや、そう言うのはやめにしようよ。ね、せっかく会えたんだし、親子らしいことでもしようよ。そうだ、何か食べたいものとか欲しいものとかあったりするかな?」

「別に何もないけど。って言うかさ、なんで面会場所をここにしたわけ?」

「特に理由なんてないけど。気に入らなかった?」

「俺はあんたが生きているってのを確認出来ればそれで良かったから場所なんてどうでもいいんだけど、いっつも誰か俺の知らない人がいる場所を指定するのやめてくれないかな。俺と二人だけで会うのってそんなに嫌なの?」

「嫌じゃないよ。嫌なわけないじゃない。でも、お母さんは一人だと何にも出来ないからさ。それは分かってほしいな。ね、圭司なら優しいからわかってくれるよね」

「わかんねえよ。なんでが気だった俺がずっと一人でお父さんが帰ってくるのを待つことが出来るのにさ、あんたはガキの俺を一人残して遊びに行ってたわけ。それもさ、時々って言うんなら我慢しようかなって思うかもしれないけどさ、毎日だったよな。あんたは俺が物心ついた時には家にいる時間よりも外にいる時間の方が長かったよな。それで本当に母親って言えるの?」

「それはさ、お母さんにも色々と事情ってもんがあるからさ」

「事情って何。あんたをチヤホヤしてくれる人に会いたいってだけだろ。自分の子供よりも自分が楽しむって事の方が優先だもんな。そんなんだから誰にも相手にされなくなるんだよ。そんなのって若いうちだけの話だろ。なんで父さんはこんな奴を選んだんだろう。で、用事ってもう無いんでしょ。俺は帰っていいかな?」

「いや、待ってよ。母さんの話も少し聞いてもらっていいかな。とっても大事な話があるのよ。お願いだから少しだけでもいいから聞いてよ」

「なんだよ。今更謝ったって過去は取り返せないぞ。俺があんたの話を聞いたとしても、何かするとは限らないけどな。言うだけ言ってみろよ」


 ちょっと口の悪い圭司君ではあったが、大西さんが大事な話があるというのを聞いて少しだけ表情が心配そうになっているのを僕は見逃さなかった。おそらく、口では辛辣な事を言ってはいるものの、心のどこかではお母さんである大西さんを心配しているのだろう。大西さんが圭司君の事を優しいと言っている意味がよくわかる表情だった。


「あのね、お母さんは今ちょっと大変な事に巻き込まれているの。巻き込まれるって言い方も変かもしれないけど、実際に毎晩大変な目に遭っているのよ」

「それってさ、変な話じゃないよな?」

「変な話って、エッチな話じゃないよ。お母さんが寝ているとね、夢の中に高校生の時に亡くなった同級生が出てくるのよ。最初のうちは黙ってたってこっちを見ているだけだったんだけど、ある時から話しかけてくるようになってね。ずっと聞いてなかったのに声を聞いた瞬間に高校生だった時の記憶が蘇ったのよ。それで、その子が私に向かって言うのよ。『ここに居たんだね』って。どう、怖いでしょ」

「はあ、夢の話かよ。大変な事に巻き込まれているっていうから何かと思ったら、夢の話ってふざけすぎでしょ。ちょっとは心配した俺がバカみたいじゃん」

「夢の話なんだけど、これって夢だけの話じゃないみたいなのよ。お母さんの友達も夢でその子を見たんだけど、そのちょっと後に家族全員が憑りつかれたことがあったのよ。圭司は聞いた事ないかもしれないけど、錦町の方ではちょっとした騒ぎになってたのよ。でも、それを解決してくれたのがここに居る小野君なの。凄いでしょ」

「その話は何となく聞いたことがあるけど、本当にあったんだ。俺は信じてなかったけど、クラスメイトのお兄ちゃんがそこの娘と同級生で色々噂は聞いてたんだけど、それってガチで呪いってやつなんですか?」

「呪いとかそう言うのではないんだけど、あんまりいいものではないみたいだよ。僕は一緒についていっただけでそう言うのを祓うってのは僕の妻と義父の仕事なんだよね。まあ、個人情報を守らないといけないんであんまり話すことは出来ないけど、同級生の夢を見た後に大変なことになったってのは事実だよ」

「その同級生の人って、誰かを呪ったりするって事ですか?」

「いや、そう言うわけじゃないと思うんだよね。僕は見てただけで詳しくないんであれだけど、その夢を見たことをきっかけにして良くないものが憑いちゃったって事なのかもしれないよ」

「へえ、そんな事ってあるんですね。僕はオカルトを否定するつもりは無いんですけど、そう言うのって少し興味あるんです。僕も霊感無いと思うんで見た事とかは無いですけど、ちょっと見てみたいなって気持ちはあります」

「見えない僕が言うのもなんだけど、そう言うのって見えない方が絶対良いって言われるよ。見えたとしても何も出来ないんじゃどうすることも出来ないだろうし、それだったら最初っから見え無い方が楽だと思うよ。実際に僕もそんな感じだしね」

「じゃあ、この人の夢に出てきた同級生がもっと話しかけるまで寝てもらえばいいって事ですよね。凄いな。初めてこの人が役に立つって思えました」

「え、そんな目で見て冗談よね。そんなのを聞いてずっと同じ場所で寝るわけないじゃない。普通に怖いわよ。それに、寝る家さえ変えてしまえば一週間くらいは話しかけてこないしね」

「そうは言ってもさ、寝る場所なんてそんなにあるもんでもないでしょ。だから、諦めて同じ場所で寝て夢を見なよ。出来ることなら呪われるところを見せてよ。それくらいしたって罰は当たらないと思うよ」


 この子はちょっと怖いことを言うなと思っていたのだけれど、どうやら目を見ると冗談で言っているとは思えなかった。今まで大西さんと目を合わせようとしなかったのに今ではじっと瞬きもせずに見つめていた。それとは対照的に大西さんは圭司君と目を合わせようとはせず、じっと地面を見ていたのだった。

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