第二話

 久しぶりに鵜崎さんが僕を尋ねてきた。水瀬さんの一件以来なのでもう三か月くらい経っているとは思うのだけれど、あれから鵜崎さんと水瀬さんは何の連絡も取りあっていないようだ。鵜崎さんは用事が済んだのでそれで終わりみたいに思っているのだろうが、水瀬さんからもあれ以来連絡を取ろうとしていないという事が不思議に思えた。


「アレから水瀬さんに会ったりしてないのかな?」

「私が?」

「うん。水瀬さんから何か連絡とかあるのかなって思ってね」

「別にないけど。それにさ、もう終わったことなんだし嫌な事はさっさと忘れた方が良いと思うんだよね。私も水瀬さんも過去にとらわれすぎない方が良いと思うんだ。水瀬さんの家族は思っていたよりもいい人だったし、きっとアレなら大丈夫だと思うからね」

「鵜崎さんがそれでいいと思うんだったら僕が口を挟むことでもないと思うけど、それでも直接お礼を言うくらいはしてもいいと思うんだけどな」

「水瀬さんの所って色々と事情があるのよね。私も知らなかったんだけど、水瀬さんの旦那さんのご実家って、家族で有名な宗教をやってるらしいのよ。それも、ご実家のある地区を任されているくらいのめり込んでいるそうなのよ。旦那さんも水瀬さんもそこまで深く関わってはいないそうなんだけどね、旦那さんのおばあさんがお祓いをするのにここのお寺と私に頼ったって知って物凄く怒ってるみたいなの。そのおばあさんを怒らせると旦那さんの仕事にも影響しちゃうみたいでね、なるべく私とか小野君とかに関わらないようにするんだって。次の高田さんの法要にも参加できるかわかんないって言ってたな。でも、そのおばあさん以外はみんな水瀬さんの娘が助かってよかったって言ってるみたいだし、そのおばあさんが高田さんの法要までの間に亡くなるなんてことがあれば事になればわからないけどね。さすがに水瀬さんも参加できる親友の法要に二回続けて欠席なんてことになれば、いい印象はもたれなくなるだろうね」

「そんな理由があったのか。どおりで僕たちにもそっけない態度をとるようになったなって思ってたんだよ。もしかしてだけど、それを知らなかったのって僕だけだったりする?」

「さあ、君の奥さんと義理のお父さんは知ってたんじゃないかな。宗教家の間では有名なおばあさんだし、そのおばあさんが溺愛している曾孫は高倉理香って名前なのも有名な話だからね」

「そんなに有名なのに僕は知らなかったって事か。なんでお義父さんも妻もそれを教えてくれなかったんだろう」

「それはさ、水瀬さんが君の同級生だからじゃないかな。仲が良いとか悪いとかはわからなくてもさ、何も知らなくて普通に接していた君が水瀬さんに対して急に距離を取りだしたらいい気はしないでしょ。君だってそれを知って水瀬さんに会いづらくなったんじゃない?」

「その話を聞けばあまり会わない方がいいんじゃないかなって思うよね。会う会わないは当人たちで決めればいい話かもしれないけどさ、頻繁に会ってるって事実がどう受け止められるかは君達が決めることじゃないもんね。それに、あのおばあさんは私のやっていることを良く思ってないみたいだからさ。高倉理香の問題を解決したことよりも、私がお礼を受け取らなかったことに腹を立てているみたいだよ」

「え、なんでそっちに怒るの?」

「さあね。どうしてそう思うんだろうかね」

「僕もお礼を受け取らない鵜崎さんは何を考えているのかなって思ったけど、そう言う事なのかな?」

「いやいや、そんな事でいちいち怒ったりはしないでしょ。自分の曾孫が霊的なものに憑りつかれていて孫は何も出来ずにいて、その嫁の同級生がそれを解決した。そんなよくある話なんだけど、そんな話にもまず聞かない事が一つありました。さて、それは何でしょう?」

「嫁の同級生二人が協力して助けたって事?」

「いや、それも無いとは言い切れないんじゃないかな。どこのクラスにも二人くらいはお祓い出来る人いるだろうしね。もっとさ、世間ではよくあるけどこういう状況では絶対にありえない事ってあるでしょ。ほら、小野君だって今までそういう経験してきたと思うよ」

「ええ、何だろう。僕は霊感無いからああいう場に行ったのも初めてだったしね。何か変わったことでもあったっけ?」

「高倉家の二階でやっていたことは宗派や流派によってやり方の違いはあるだろうし、それ自体がどうだっていうのは無いと思うよ。さっきも言ったけどさ、高倉のおばあさんは曾孫を助けてもらったことはそんなに問題視してないんだよ。だって、あの人達って何も出来ないからね。いざとなったら私達みたいなのに頼るんだよ。それってちょっとおかしいよね。私も何度か力を貸したことはあるけどさ、その度に結構なお礼をいただいているんだよ」

「あれ、鵜崎さんって関係ない人からお礼を受け取らないんじゃないの?」

「いや、あの人達はバリバリ関係者だからね。君はまだ知らないかもしれないけど、君のお寺だって祓いごとをするネットワークに組み込まれているんだよ。私は君達とは違って日常的に誰かを助けたりはしないでそういう事を専門にやってるだけなんだけど、出来ることなら小野君の奥さんとか義理のお父さんみたいに余計な事にはなるべく関わらない生き方がしたいんだけどね。私にはそんな生活は無理だって気付いちゃったからさ、こんな仕事をしているってわけ。私にこんな力が無かったら普通に生きていたのかなって思ったけど、きっとこの力が無かったら教会じゃなくて外国に売り飛ばされていたかもしれないんだよね。おっと、話はだいぶ脱線してしまったけど、高倉のおばあさんが何に対して怒っていたかわかるかな?」

「ごめん。全然わからないよ。怒る要素なんて何も無さそうだけど」

「まあ、普通はそんな事で怒ったりしないからわからないよね。小野君はさ、誰かに助けてもらったとしたらどうするかな。例えば、小野君が落としたタオルをすれ違った人が拾ってくれたとしたら」

「え、その時はお礼を言うんじゃないかな。拾ってくれてありがとうございますって」

「じゃあさ、小野君が落とした財布を交番に届けてくれた人がいたとします。財布の中身は結構なお金が入ってたんだけど、交番に届いた時はその中身はそのままでした。さあ、拾ってくれた人にはどうする?」

「そうだな。そんな経験はないけど、お礼を言って財布の中から一割くらい渡すかな」

「そうだよね。それが普通だよね。きっと財布を拾った人も謝礼がもらえるんじゃないかって思いながら届けているよね。小野君は別に届けてくれた人に対してお礼を言うだけでもいいなだけど、それとは別に無事に届けてくれた人に謝礼を渡すよね。でも、タオルを落とした人には一割を謝礼として渡さないよね。拾った人もタオルの一割なんて貰っても嬉しくないだろうし、お金に換算してもいくらにもならないだろうね」

「その話と水瀬さん所のおばあさんが怒ってるのと何か関係あるの?」

「例えがわかりにくかったのかもしれないけど、私からしてみれば高倉理香を救う事なんて落としたタオルを拾ってもらったくらいの感覚なんだよ。別に難しい事でもないし、小野君の家族が協力してくれていたから私が手を出すのも一人だけで済んだしね。さすがに三人まとめてやるってなるとちょっとは面倒だなって思うけどさ、一人くらいだったら何の問題も無いんだよ。だからさ、私はお礼を貰うほどの事はしていないし、私とは別に何の契約も結んでないんだから代金を支払ってもらうって理由もないしね。だから、私は契約外の仕事を受けても何も受け取らないんだよ。受け取ったっていいんだけど、そうなると金さえ払えば私が力を貸すって思われちゃうんだよね。それって面倒なんだよね。それの説明も面倒だから、受け取らない理由をそれっぽく言ってるってわけ。わかってくれたかな?」

「何となくわかったけど、それとそのおばあさんが怒っている理由が繋がらないんだけど。一体どういうことなのかな」

「それは簡単だよ。曾孫が悪霊に祟られて違う宗派の人に祓われるのは良い。孫が祓えないのも修行に熱心じゃないって誰もが知っているから良い。力を貸してくれたのが孫の嫁の同級生だったってのも良い。むしろ、全く関りのない無関係な人に頼むことに比べたら上出来だと思うだろう。自分たちが祓うにしても高倉家はおばあさんの住んでいるところからだいぶ離れていたからね。すぐにこれる距離じゃないってみんなわかってるから問題ないのさ。でもね、曾孫を助けてくれた人がお金を一切受け取らないってのは問題なんだ。高倉のおばあさんからしてみたら、孫が払った金額よりも多くの請求が来てもおかしくないと思ってたんだよ。なんでかわかるかな?」

「曾孫の命がお金よりも軽いって思われるから?」

「そんな考えは私の中ではなかったな。実に面白いよ。でもね、それは違うんだよ。そんな答えじゃないんだよ。答えはね、祓った人がお金を受け取らない前例を作ってしまった事なんだよ。おばあさんたちは似たような状況になっている時に結構な額をお礼として受け取っていて、その一部を私達に代金として支払っているんだ。それが、おばあさんの肉親のために無償で働いたって知れ渡ったらどうなるかな。自分たちは大金を要求するのに自分の肉親の時はタダで働かせているのかって思われるんじゃないかな。少なくとも、今まで頼ってきた人はそう思うのかもしれないね」

「鵜崎さんはそうなることを知っていてお金を受け取らなかったの?」

「まあね。でも、そんなのはどうでもいいことなんだよ。私が水瀬さんを助けたのは本当にタオルを拾ってもらったくらいの感覚でしかないからね。それにさ、私は水瀬さんを助けるつもりなんてこれっぽっちも無かったんだよ。なんかさ、今の水瀬さんを見ていると助けてあげてもいいかなって思えたんだよね。私がどうにか出来る問題だってすぐに分かったしね。でも、助けてもいいかなって思ったのは水瀬さんだけなんだ。じゃあ、私は行くところがあるんでここで失礼するね。小野君の娘さんにもよろしく言っておいてね」


 水瀬さんは迎えに来た高級車に乗ると僕の方は一瞥もせずに行ってしまった。

 僕の妻やお義父さんによろしくと言ってくれれば何とも思わなかったのだろうが、沙弥に対してだけよろしくと言っていたのは引っかかるものがあった。

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