第三話

「娘さんに憑いているのは悪いもんじゃないから心配しなくても大丈夫だよ。むしろ、そのままにしておいた方がいいと思うよ。今までだって助かったのは奇跡なんじゃないかって思ったことは無かったかね?」

「そう言われると思い当たる節はありますね。詩乃が小さい時に上から落ちてきた花瓶に当たりそうになったことがあったんですけど、不思議と破片の一つも詩乃には当たらなかったんです。その時は運が良かったって思ったよりも心配の方が大きくて気付かなかったんですけど、そういう事なんですか?」

「親御さんなら心配の気持ちの方が勝って当たり前だけど、そういう事だと思うよ。何でもかんでも守ってばかりってわけにもいかないので、時にはその危険から遠ざけるためにも敢えて危険を知らせるためにわからせるって事もあるんじゃないかな。上から何かが落ちてくるってわかれば上を注意するだろうし、下に割れた花瓶の破片があるんだったら舌も注意するだろう。そんな事の積み重ねでこの子は危険を知っていくんだと思うよ。全てから守れるわけも無いんだし、なるべく危険な場所には近付けたくないって思いなんじゃないかな」

「守ってくれているのはありがたいんですが、それって私か主人のご先祖様なんですかね?」

「ご先祖様の力も多少はあるんだろうけど、普通はここまで強く守られることなんて無いんだよ。どちらかと言えば、精霊とか妖精の類なんじゃないだろうかね。私もそちらの方面は詳しくないんだけど、人ではない神聖な力を感じているんだよ。奥さんか旦那さんのうちどちらかが自然を大事にしたり敬って暮らしているってことはあるのかな?」

「私も主人も山登りやトレッキングが趣味でして、その時に清掃ボランティアとかもしていたんですけど、それくらいしかしてないですよ。それも、詩乃がお腹に宿った時からずっとしてないんですけど、主人は時々ボランティアに参加したりはしていたと思います。でも、それって特別な事じゃなくて当たり前のことですよね?」

「登山が趣味の人にとっては自然を大切にするのは当たり前のことなのかもしれないがね、その当たり前のことをしない人も多くいるんだよ。悲しいことに、今ではそんな人の方が多いのかもしれない。でもね、奥さんたちは自分たちから進んで山や自然を綺麗にしようとしてるんじゃないかな。それはとても素晴らしいことだと思うよ。そんなお二人だからこそ、娘さんがそう言った神聖な存在に守られるようになったんじゃないかな。なに、今はちょっと不気味に思うかもしれないけれど、もう少し大きくなれば娘さんも自分の力で危険を避けるようになれると思うし、そうなればもう独り言も減っていくと思うよ」

「それはそれでなんだか寂しい気もしますね。でも、今は詩乃に悪いことがおきる予兆なんじゃないって知れて良かったです。鵜崎さんにも相談してみようかなって思ってたんですけど、なかなか話すタイミングって無いんですよね。鵜崎さんを見かける時って私が車を運転している時なんですけど、そういう時って話しかけに行った方が良かったりするんですかね」

「ああ、鵜崎さんね。悪いことは言わないから鵜崎さんに自分から関わるのはよしといたほうが良いよ。あの人は私や娘なんかよりも高い位置で向こうの世界と繋がっているように見えるんだよ。それが良いのか悪いのか私には判断出来ないんだが、鵜崎さんは私達が半日以上かけてやるような事をちょっとした手間をかけるだけでやってしまうんだよ。奥さんも何となく聞いていると思うけど、将也君の同級生の家族に起きた出来事もあっという間に解決してしまったんだよ。あの人は私と娘が協力してくれていたから早く終わったって言ってくれたけどね、アレは嘘だよ。私らがいてもいなくても結果なんて変わりはしなかったんだよ。奥さんはいい人だから忠告させてもらうけど、奥さんたちは鵜崎さんに関わらない方が良いよ。あの人はとても強い力を持っているんだよ。そんなに強い力を持っているのにお金や物に対して執着心も無いんだ。何に対して興味があるのかわからないけれど、お金や物では動かないって事だけは確かなんだよ。この先何か困ったことがあったら将也君や私達を頼ってくれてかまわないからね。お宅のお嬢さんがウチの可愛い孫娘と仲良く遊んでくれているんだしね」

「あの、私も美緒の事は詳しく聞いてないんでわからないですけど、鵜崎さんが美緒を助けたって噂は間違いないって事ですかね?」

「その噂は間違っていないと思うよ。でも、水瀬さんたちはその恩に報いることが出来ていないって悩んでいたね。物欲が無い人に助けられると、助けられた後も気持ちが晴れないって事があるのかもしれないね。さ、将也君は何か言いたいことはあったかな?」

「僕は特にないですけど、詩乃ちゃんに妖精がついてるってのは意外でした。お義父さんがそっち方面も見えるとは思ってなかったんで」

「私も幸子もハッキリと見えているわけじゃないんだけどね。何かが守っているのはわかるんだけど、それはどうも人や悪霊ではないようなんだよ。人よりも自然に近いような温かい力を感じているんだ。だから、妖精や神聖な者に守られているんではないかと思っているんだよ。それが妖精とかじゃなかったとしても、悪いものではないという事は足しからだからね。安心しても大丈夫だよ」


 桑原さんは安心したように息を深く吐いていた。僕も何を言われるのだろうと思っていたので緊張していたのだが、悪いものが憑いているわけではないというのが知れて良かった。

 しかし、鵜崎さんと関わるのは良くないというのはどういうことなのだろう。僕が見た限りでは鵜崎さんはとてもいい人に見えるし、助けられた水瀬さんにとっても悪いことなんて何も無かっただろう。ただ、助けられた水瀬さんが鵜崎さんに対してその恩を返せていないというのは気の毒な気もしていた。


 部屋の外を見ると、今日は妻が沙弥と詩乃ちゃんの面倒を見てくれているのだが、何時もとは違って沙弥も詩乃ちゃんもちゃんと相手の事を見て同じことをして遊んでいた。いつもなら別々の事をして遊んでいるのに、今日に限ってお互いに同じことをして遊んでいるのが不思議に思えた。いや、それが普通なのだろうとはわかっているのだけれど、お互いに相手をちゃんと見ているというのが不思議に思えた。

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