恨みっていうモノは案外些細な事で無くなるものらしい

釧路太郎

序章

二十三回忌法要

 いつも明るく元気だった高田さんが亡くなったのは高校卒業の直前だった。彼女が亡くなってから早くも二十三回忌法要が執り行われていた。

 迷惑だとは思いつつも、僕たちは卒業直前に病気で旅立った彼女の法要に毎回参加していたのだ。彼女の親族の中には大勢で詰めかけてしまっているこの状況を快く思っていない方もいるのだろうが、彼女の両親は二人とも僕たちの事を温かく迎えてくれていた。

 それにしても、今回は前回に比べて参加者が少なくなっていたのだ。彼女の法要は同窓会も兼ねているのだけれど、この人数でそれを行っていいものか悩みどころである。というのも、同窓会を取り仕切っている幹事の水瀬さんの姿が見当たらないのだ。

 水瀬さんは高田さんと仲が良かった印象があるし、前回の法要も色々と手伝いをしていた姿を見ているので高田さんの両親にも温かく受け入れられていたと思う。そんな水瀬さんがいないのは何かやむにやまれぬ事情があると思うのだが、特別仲が良いわけでもない僕がそんな事を知る由もなかったのだ。

 今日はこのまま高田さんの法要を終えて解散になるのだろうなと思っていたところ、小さな女の子を連れている桑原さんに声をかけられた。


「あのさ、小野君ってお寺の住職なんだよね?」

「いや、僕は住職ではないんだよ。奥さんのお父さんが住職なんだけどね」

「そうなんだ。でもさ、お寺の関係者って事は間違いないんだよね?」

「うん、そうだけど。こちらのお寺さんとは宗派は違うんだけど、高田さんを偲ぶ思いで来ているからお互いにそういうのは気にしてないんだよね。こちらの住職さんは少しやりにくそうにしているけど、僕は別に何とも思ってないからさ」

「そうじゃなくてね。小野君って、祟りとか詳しかったりしないかな?」

「祟りって、呪いとか罰とかの祟り?」

「そう。それでね、水瀬の事で相談があるんだけど、この後時間大丈夫かな?」

「時間は大丈夫だよ。この後に同窓会をやると思ってたから奥さんにもその事を伝えてるんだよね。でも、同窓会じゃなくて相談事があるって事ならさ、一回奥さんに連絡してからでもいいかな?」

「うん、それはそうだね。でも、小野君って昔からそういうところマメだよね。なんでもちゃんとしているって言うか、隠し事が出来ない性格だよね」

「そうかもしれないね。でも、僕は仕事柄嘘をついたり隠し事をするのはダメだと思ってるからね」

「その方がいいと思うよ。それでさ、良かったらなんだけど、小野君のお寺で話を聞いてもらってもいいかな?」

「大丈夫だと思うけど、何のお構いも出来ないと思うよ。お茶菓子とかその程度しかないと思うけど」

「それなら大丈夫。小野君が良ければそれでいいんだよね。でね、お話しを聞いてもらうのって私だけじゃなくて大西ちゃん達もいるんだけどいいよね?」

「うん、それは構わないよ。奥さんも良いって言ってくれたし、お義父さんも本堂を使っても良いって言ってくれたからね。でも、お酒は遠慮して欲しいってさ」

「ありがとう。お酒は飲まないよ。今日はみんな車だしね。じゃあ、大西ちゃん達にも伝えてくるんで、いったん着替えてから向かうね。今日はご迷惑をかけてしまうかもしれないけど、よろしくお願いします」


 桑原さんは僕に頭を下げてから女の子の手を引いて車に向かっていった。桑原さんの子供は人見知りをするタイプのようで、僕たちが話している間はずっと桑原さんの足に抱き着いて隠れていたのだ。でも、桑原さんが頭を下げている時に僕に向かって手を振ってくれていたので挨拶はしてくれるようだ。僕の娘とも年齢も近いように見えるので友達になってくれたら嬉しいな、なんて思っていたりもしたのだった。


「よう、大西から聞いたんだけどさ、今日の同窓会ってお前の寺でやるんだろ?」

「同窓会じゃなくて相談事があるって話だったけど、同窓会になってるの?」

「そう言えば、同窓会とは言ってなかったかもしれないな。でもよ、お前の寺って行った事ないから一度行ってみたかったんだよな。ほら、友達の家って言っても寺に行くのってなんかアレじゃん。気軽に行ってもいいもんなのかなって思ってさ」

「気軽に来てくれたっていいんだよ。って言いたいところだけどさ、僕は婿入りしたわけだからそんなに気軽に誘うことも出来ないんだよね。でも、来てくれる分には遠慮なんてしなくても大丈夫だよ」

「そっか、それだったら、営業の空いた時間にでも行ってみようかな。繁忙期以外は結構やることも無くて暇なんだよね。じゃあ、俺も着替えてから小野住職のお寺ってやつに行くことにするかな」

「いや、僕は住職じゃないんだって」


 僕もいったん帰って着替えようと思うのだけれど、私服で良いのか考えてしまう。まあ、私服と言っても外に出かける用事もないので法衣でもいいのかなと思っていた。桑原さんは相談があると言っていたし、お寺を指定してきたのにもきっと何か理由があるのだろう。それに、祟りと言っていたのも気にはなっていた。


「小野君ってさ、いつか住職になるの?」


 僕は高田さんの法要に毎回参加しているのだけれど、僕に話しかけてきた鵜崎さんも例に漏れず毎回法要に参加はしていた。だが、僕は鵜崎さんに話しかけられたのは卒業式に挨拶を交わした時以来だと思う。


「あれ、小野君ってお寺に婿入りしたって聞いたからそうなのかなって思ったんだけど。違ったかな?」

「あ、住職になるかはわからないけど、今は精進しているよ。えっと、鵜崎さんは教会にはもう戻ってないの?」

「教会自体には戻ってないんだけどさ、教会の人達には定期的に会ったりもしているよ。身寄りのない私を育ててくれた恩もあるし、これからもその恩を返していきたいって気持ちはあるんだけどね。私には教会って神聖すぎて落ち着かない場所になっちゃったんだ。でもさ、小野君ってお寺にいて落ち着くの?」

「まあ、慣れるまではちょっとした物音とか気になったりもしたけど、そういうのって割と気のせいだったりするからね」

「そういうのって一度見えようになると目を逸らそうとしても無理かもしれないんだよね。そう考えると、小野君って幸せなのかもね」

「話を聞く分には面白いなって思うけど、時々お義父さんがそう言った人達の相手をしているのを見ると大変そうだなって思うよ。あ、変な話をしちゃってごめんね」

「大丈夫。小野君に聞きたかったのってそんな感じの話だったからさ。でも、小野君はそっち系の世界が見えない人だったんだね。それは少し残念な気もするけどな」

「鵜崎さんって、見える人なの?」

「さあ、どうだろうね。私が見ている世界と小野君が見ている世界が同じものなのかってのもわからないし、小野君には普通に見えている人が私には幽霊に見えているってこともあるのかもしれないからね」

「なんだか難しい話だね」

「まあ、少しだけ難しい話かもしれないね。でも、そんな小野君に相談して桑原さんたちは大丈夫なのかな?」

「大丈夫って、どういう事?」

「小野君は詳しく聞いてないからまだ知らないのかもしれないけど、桑原さんたちが小野君に話したいことって、水瀬さんの事なんだよ」

「水瀬さんの事って、水瀬さんに何かあったって事なの?」

「私もこの目で見たわけじゃないんで確実な事は言えないんだけど、水瀬さんって呪いだから祟りに遭ってるらしいよ。その事で小野君に相談したいんじゃないかな」

「祟りって、なんで水瀬さんが?」

「さあ、私は祟る側の人間じゃないんで詳しいことはわからないけどさ、きっと何か人に言えない事でもしちゃったのかもね。もしくは、ただの逆恨みだったりして」


 鵜崎さんの言っていることが本当なのかはわからないけれど、桑原さんたちの様子と法要に参加していない水瀬さんの事を思うと、それは間違いではないのだろうと思ってしまった。


「これからウチの本堂でみんな集まるんだけど、鵜崎さんも来る?」

「私も行っていいの?」

「断る理由なんてないけど、何か用事でもあったりするの?」

「用事なんて特にないけどさ、私が行っても迷惑じゃないかな?」

「迷惑なんて無いと思うけど、何か思い当たる節でもあるの?」

「まあ、しいて言えば一つだけね」

「それって何かな?」

「私ね、今はとある宗教団体に所属しているんだよね。でも、それってお寺とか神社とかとは別のカテゴリーになるんだけどね」

「教会って事?」

「広い意味で言えばそうなんだけど、そういう人でもお寺に行ってもいいのかな?」

「大丈夫だと思うよ。僕もこちらのお寺とは宗派が違うけど法要には参加させていただいているしね」

「じゃあ、私も小野君の所にお邪魔しちゃおうかな。でも、私が宗教団体に所属しているって事は他の人には内緒にしといてね。ほら、面倒ごとに巻き込まれたくないからさ」


 面倒ごとに巻き込まれたくないというのは僕も同じ思いなのだけれど、本当に水瀬さんが祟られているのだとしたら、僕がどうにか出来るような話ではないだろう。

 下手に首を突っ込むことはやめて、話を聞くだけで解決出来そうになければ、奥さんやお義父さんに相談するのもありだとは思う。ただ、みんながそれを良しとしてくれればの話ではあるのだけれど。

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