クラスメイトのギャルが、僕のママになりました。
蒼木あお
第1話 ギャルは嫌いだ
ギャル。
それはいつだってクラスの中心にいて、男女問わず慕われる陽の世界の女主人。
うちのクラスにも、例に違わずギャルが存在する。
白みがかったブロンドカラーの髪を背中まで伸ばし、耳には銀色のピアスが一つ、二つ、三つ。パッチリと開かれた大きな瞳に、流麗な鼻筋と少し紅の入った
制服のブラウスはボタンを一つ外し、露わになった首元にはシルバーネックレス。
スカートは膝上一〇センチほどまで短くし、しゃがめば中まで見えてしまいそうだ。
何より女子高生とは思えないほど大人びたスタイルで、大きく膨らんだ胸、モデル並みのくびれに、すらりと伸びた長い足と、そのルックスは男女ともに一目置かれる存在だ。
実際に何回かモデルのスカウトがあったらしい、という噂は、日陰者の俺にまで届いており、雑誌の表紙デビューも夢じゃないと、個人的な感想を綴っておく。
だが、勘違いしないでもらいたい。
我々日陰者にとって、陽の世界の住人は――――敵だ。
ましてそのトップであるギャルなんて、天敵中の天敵。
どれだけ見た目が可愛くて、綺麗で、ちょっぴりセクシーなスタイルだからって、俺は彼女に、南亜沙乃に揺らぐことはない。
俺は、ギャルが嫌いだ。
「ねぇ、さっきから私のこと見てたよね。なんか用?」
「いえっ! な、なんでもありません!」
声が
べつにいきなり声をかけられて緊張したとか、そういうんじゃないからね?
というか、机に突っ伏して横目でこっそりのぞいてただけなのに、よく気付いたな。
「あっそ」
南はあっさりと引き下がり、そのままギャル集団の元へと戻っていく。
「笹森なんて?」
「別になんでもないってー」
「絶対、亜沙乃のことエロい目で見てたって~」
「かもね~」
エロい目で見ていたわけでは決してないが、それでも相手にされないということは、そもそも彼女の眼中に俺はいないということで。
「せめて『キモ』ぐらいの暴言はけよ。冤罪さえも与えられないなんて、惨めすぎるだろ俺」
思わずこぼれ出るため息。
そんなタイミングで、これ見よがしにクラスの陽キャ男子が、南率いるギャル集団に接触。
「おっすー、亜沙乃」
「ん、おはよ慶太。あ、ちょっと後ろ向いて」
「なんだよ」
「ほらまた寝ぐせ付いてるじゃん。みっともないよー」
南は陽キャ男子のハネた後ろ髪を手櫛で整えていく。
男子はまんざらでもない顔でされるがまま。
他のギャルたちはニマニマと生暖かい目で二人を見守る。
それ以上は眩しすぎて見ていられなかった。
「ギャルは嫌いだ」
内に溜まったわだかまりを、この合言葉で消化していく。
それが高校二年生の春にして会得した、日陰者としての処世術。
「はい、出来た」
「あ、ありがとよ」
「どーいたしまして!」
南の無邪気な笑顔が目に浮かぶ。
青春を謳歌する彼女たちは、俺の敵。
南亜沙乃は、俺の敵だ。
***
帰りのホームルームが終わると、誰よりも早く教室を出た。
自称帰宅部の務めである。
既に数メートル離れた教室からは、
「プリの新台出たって! 行こ行こ!」
「部活たりぃ」
「慶太~! カラオケ行くぞ~」
などと『青春』の隠喩が飛び交っていた。
俺には縁もゆかりもない日常。
どうせその中心には、
俺はそんな日常を見捨てて、一人の生活を選んだ。
だから今日も、足早に学校を出ては、ゲーセンなりアニメショップなりで自由気ままな時間を堪能する。
それでいいと自分に言い聞かせ、げた箱から靴を取り出し床に放る。
誰もいない昇降口にパカンと弾みの良い音が響いた。
次いでタッタッタッと、まるで誰かが小走りで駆けよってくるような音が――
「え……?」
彼女の動きに合わせて、カバンに付いているキーホルダーがジャラジャラと音を立てる。
素早く靴を取り出し、行儀よく腰を降ろして床に置くと、飛び乗るようにローファーへ足を滑り込ませる。
「またね!」
南亜沙乃は、一言告げて昇降口を出ていった。
ここにいるのは俺一人。
南が「またね!」と言ったのは、俺に向けて……?
「…………え?」
左右を交互に見やる。
人影はなくどう考えても、南は俺に向けて「またね!」と告げた。
遠のいていく彼女の背中を呆然と眺めながら、ふわふわと浮ついた気持ちに身を委ねる。
「亜沙乃またバイトー?」
「――⁉」
校舎の方から、どこかで聞き覚えのある声が近づいてくる。
「最近ずっとだよね」
「海外にでも行く気なのかなぁ」
「亜沙乃の頭で海外は無理っしょ」
その正体がクラスのギャルたちだと分かった瞬間、俺は床に転がっているスニーカーに足を入れ、脱兎のごとく駐輪場へと向かった。
自転車にまたがりいつものゲーセンルートへ。
頭では何度も、南の「またね!」がループ再生されている。
浮ついた気持ちが今もまだ、俺の心をむしばんでくる。
「ああああああああ! ギャルは嫌いだぁああああああ!」
煩悩を振り払うべく、いつもの合言葉を全力で叫んだ。
軽度の酸欠と引きかえに、頭のループが止まった。
その後はとにかく南のことを考えまいとゲームに没頭。
五、六時間もゲーセンに入り浸っていれば、自然と南のことは頭から抜けていた。
ささやかな楽しみの自販機アイスをくわえながら、キコキコと自転車をこいで帰路につく。
家には誰もいない、はずだった。
両親は数年前に離婚し、俺は父親に引き取られた。
父親はIT関連の会社を二十歳で起業し、二十数年会社の代表であり続ける筋金入りのビジネスマン。家に帰ってくることはほとんどなく、一軒家の大半を持てあましているのが我が家の実情だ。
だから俺が帰っても、家に明かりが付いているだなんて滅多にないことなのだが。
「父さんが帰って来てるのか」
玄関横の駐車場兼駐輪場には、黒塗のセダンがとまっている。
見たところ傷一つない新車のようで、どうやらまた車を買い換えたらしい。
起業家らしい金の使い方は、身内というより他人事という感触の方が近い。
そのため父親との距離感も、よく見知った生活の援助をしてくれるオジサン、ぐらいの距離。
息子として親不孝なのではと思わないこともないが、今の距離感が互いにちょうどいいので、無理に詰めようとも思わない。
今日も一言二言、挨拶して終わるだろうなと予測していたのだが。
「
それはそれは真剣な面持ちで呼び出された。
何事かと息を吞む。
妙な緊張感を覚えながらリビングに入ると、俺は文字通り、開いた口が塞がらなくなった。
「やっほー、たつきくん」
飛び込んできた光景は、当たり前のようにリビングの椅子に座り、こちらに手を振る
ピアスを輝かせ、胸元を開き、いたずらっぽく笑う。
ブロンドカラーの長髪が彼女の動きに合わせて揺らめいた。
昇降口で嗅いだ甘く煌びやかな匂いが、うちのリビングに充満している。
「樹。いきなりだが、今日から南さんをうちの家族として迎え入れる」
思考が停止。
やだな、冗談よしてよ~、と言うにはあまりにも父親の顔が真剣だ。
「南、さんが、うちの家族に……?」
「そうだ」
父親ははっきりと答えた。
よもやよもやだ、と笑い飛ばせる余裕がどこにあろうか。
噓だろ、冗談だろ?
あの南亜沙乃が。
俺の天敵である
うちの家族になるだって⁉
「父さん、どういうこと? こいつが家族になるってどういうことだよ⁉」
「落ち着きなさい、樹」
「落ち着けるか! クラスメイトのギャルと同棲するってことだろ⁉ ってか『家族』ってなに⁉ 義妹か? 南さんは俺の義妹にでもなるのか⁉」
「違うわ、ママよ」
南は涼しい顔をして立ち上がる。
「………………は?」
彼女は胸に手を当て、こちらを見つめ、誇らしげな表情を浮かべてこう告げた。
「今日から私があなたのママよ! 目いっぱい甘えてきなさい!」
「……は? はぁ? はぁああああああああああああああああああああああ⁉」
これが俺と
その始まりである。
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