流星が運んできた記憶

霖しのぐ

第1話

「流れ星といえば願い事だよな!? 美月は何お願いするんだ?」


「私は別に……勉強で起きてるだろうし、一応見てはみるけど……うん」


 同じクラスにいる幼なじみの長田 耀おさだ あきらからの問いかけにぼんやりと返したのは高谷 美月たかや みづき。クラスの賑わいから背を向けるように、机に広げた数学の教科書から目を離さないままだ。


 ここはとある地方にある高校。その日の休み時間の教室は、とある話題で持ちきりだった。今日は朝からテレビもネットも同じような調子。


 百年に一度の周期で訪れる流星群。それが今夜遅くに極大を迎えるという。幸運なことに今日は天気にも恵まれているので、今世紀最大の天体ショーになることは間違いないという。


 男子も女子も、大人も子供も等しく関心を抱く出来事はそう多くはないだろう。ここ数日はそれぞれの分野における星々にまつわる話を、授業そっちのけで語る教師も一人や二人ではなかった。


「うーん、やっぱ美月はそういうの興味なさそうだな」


「だって、たくさん降るって言っても、せいぜい一時間に二個とか三個でしょ? 眠くなっちゃわないかなと」


「なるほどな……まあ、美月らしいな」


 幼馴染が苦笑いで返したのを、美月は右から左に聞き流した。



 ◆



 その日の夜、勉強に一区切りつけた美月。窓から空を見上げると、昼に聞いた話の通り、紺青の空に流星が途切れることなく降っているのが見えた。


「すご! また来た! あ! 今度は大きい!」


 興味などなかったはずなのに、次々と降る流れ星を目の当たりにすれば、さすがの美月の心も浮き立った。しばらくは歓声を上げながら窓に張り付いていたが、ふと耀が言っていたことを思い出し、せっかくなので願いをかけてみることに。


 柄にないと思いながら、それらしく指を組み目を閉じてみる。しかし肝心の願い事を思いつかない。そのまま首を数回捻るが、やはり思いつかない。


 一生に一度の機会かもしれないのにと、諦めず頭の中を探ってみる。私には別に好きな人もいない。欲しいものも今のところはない。成績だってこんなものに頼らなければならないほど悪くはない。願うならば世界平和か、よし。


 願い事を紡ごうとした美月は、誰かに知らない名前で呼びかけられる。なぜかはっきり自分のことだと認識した。目を開くとそこはまったく見覚えのない場所。目の前には夕陽を背にたたずむ人が。


『会えなくても、ずっと愛しているから』


 その言葉を合図にしたように、頭の中に記憶がなだれ込んでくる。


 それは、前世まえの記憶だった。


 あの人は、かつて心の底から愛していた人。束の間の温かい時間をともに過ごしたが、どうしようもない力に引き裂かれて二度と触れられなくなった人。


 星が瞬くたびに場所や時間をスライドショーのように何度も変えながら、美月は記憶の中を飛んでいく。


 別れの後、いつかは同じ空の下にと流星を見るたび願いをかけたこと。そして死後にたどり着いた始原の場所で、彼の魂と再び出逢ったこと。彼もまた、同じように祈り続けていたということ。


 幾重にも重ねられた願いが、ふたりを引き寄せ、そして同じ世界に導いた。今度はより近い所へと。


 たとえ入れ物が変わってしまっても、なかみは同じ。美月には分かってしまった。姿も声も全く違うけれど、隣に住む幼なじみの耀が彼の今世いまなのだと。


「うそ、私……あいつと?」


 目の前の景色はいつのまにか自室に戻っていた。見上げた空にはなおも、星がいくつも流れつづけている。美月の目から、そのかけらのように涙がひと粒こぼれて落ちた。

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