第13話(下)
「——大丈夫か?」
なぜ、翔の目の前で葵がプルプルと涙目になって変な声で唸っているのかというとことは数分ほど前まで遡る。
翔のリュックから葵のエッチな下着が出てきた瞬間。あまりにも急な出来事だったため、その場の勢いで怒ってしまったのだが、実際のところ悪いのはほとんど葵のせいだったのだ。
「——いや、ほんとに俺じゃないんだよ?」
「今更弁明したって遅いわよ」
ムスッと頬を膨らませる葵。
そろそろその顔も見飽きてきたところだが、今回だけは勘違いしてもらいたい。別に、葵のパンツを分捕るような趣味は一ミリもない。それに、そっち系の話はもうこりごりだ。まさか盗むわけないのだ。
ただ、正直今回は信じてもらうことしか出来ないのも事実。葵が間違って入れたことを認めてくれないと——このままムスッとされたまま温泉に入ることになる。
それだけは、さすがに阻止しておきたいのだ。
「弁明も何も、俺は本当にやってないんよ?」
「……うそだし、それ言ったら私だって入れた覚えなんてない」
「いや、入れた覚えはないって……もしかしたら葵の方が入れた可能性だってあるだろ?」
「——ない」
「今の間はなに」
「なんでもないし……ていうか、こんなの確信犯じゃん! だって、翔のリュックに入ってたんだよ? ならそんなの所有者の翔しかないと思わない!」
「それは少し横暴ではなかろうか」
「この場の支配権は私にある」
「どんな独裁者だよ!」
ツッコミを入れるとジト目を向けられた。
まったく、どこまで疑り深いんだよ、こいつは。
「ジト目やめろ」
「だって、認めないし……冗談言うし」
「いやだってやってないし」
「冗談は言った! この状況で」
(まぁ、さすがにデリカシーはなさ過ぎたかもしれない)
そのことに関して言えば、葵は正しかった。
状況を整理して考えてみれば、二人きりで温泉宿に泊まりに来ている大学生ってわけだが、ただの幼馴染同士と言うだけで付き合っているわけではない。
彼女のパンツが彼氏のリュックに入ってることぐらいは普通かもしれないが、さすがに付き合っていない女の子のパンツが自分のリュックに入っていたら少々気まずくはなる。
普通は隠したい―—いや、そんなことはないか。まぁ、どちらにせよ。恥ずかしいのには変わりないのだ。
「……それは悪かったって、ほんとに」
「じゃあ、認めてよ」
「それは無理、だって入れてないし」
「もう、いつまでもウザい‼‼ 男らしくないわねっ」
「——してないのは仕方ないだろ、そんなのさ」
「してるし、忘れてるだけでしょ、どうせさ!」
「むきになるなよ……俺は真面目にしてないんだって」
埒が明かない。
とはいえ、ここをうやむやにしてもいい気がしない翔は弁明を続ける。
やったやってないと言い合い続けて数分ほど経った後。
途端に葵が口を頬けながら固まった。
すると、すぐに翔の方へ視線をチラチラと送り、目をパチパチとさせている。
「——どうかしたか?」
「えっ——、いやぁ……別に」
「……なんだよ、ちょっとよそよそしいぞ」
唐突に視線を逸らし、今度はみるみると顔を赤くさせる。先ほどまでムスッと膨らませていた頬が今ではただの桃の皮みたいになっている。
さすがに怪しく思えてきた翔は沈黙を切ってこう訊ねた。
「もしかして、俺のリュックに入れたのを思い出したのか?」
ビクンッ――——と今度は肩が震える。
どうやら、図星だったみたいだ。
「そうなんだな」
「——べ、別に違うし」
「おい、逃げるなよ。言うがさっき、自分で言ってたよな? 今更弁明したって遅いわよって」
「うっ」
「まぁでも、俺は優しいからな。何か言いたいことがあるなら言ってみろよ」
「な、なぃ――」
「何?」
「な、い……s」
「ある、よな?」
「……うぅ、だってぇ!!」
翔が厳しい口調で真面目に言うと葵はどうしようもなくなって、白状したのである。
今朝、翔が少し早めに来て手伝いをするためにリュックを玄関先に置いたとき。玄関に置いたら汚れると思ったらしく、自分のリュックの横に置いたらしい。まぁ、ここまでは葵の優しさも窺えるしいいのだが、この後。
葵とこんなやり取りをしたのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「葵、俺のリュックは?」
「こっちに持ってきたわよ、汚くなりそうだし」
「おぉ、そっか。ありがと」
「うんっ」
「——って、葵。間違って俺のに入れてるって上着とか」
「え、うそ」
「ほんとだ……じゃ、私のに入れ直しておいて――」
「おう」
――――――――――――――――――――――――――
(正直、俺も今思い出したし)
結局のところ、とってないのは翔って言うのもあってあれではあったが物理的に、最初に無防備なパンツを入れたのはどちらかと言うと葵のなのだ。
「……ご、ごめんなさい」
葵に深々とお辞儀されて逆に調子が狂う翔。さすがに恥ずかしくなって、茶化す様にこう言った。
「別にいいけど……あのエロい下着、つけるのか」
「っ~~~~~」
「おい、ちょ――その拳っ……んが!?」
「馬鹿!!!!」
拳と思ったら平手打ちの不意打ちアタックによって翔の頬が片方はれ上がったのはわざわざ言うまでもないだろう。
「……もう、ほんとデリカシーないわね」
「これはっ——ちょっと場を盛り上げようと!」
「恥ずかしいだけだし……それ」
「悪かったよ……」
「……まぁいいわ。お互い様だし、足湯でもいって忘れましょ」
「あぁ……」
そうして二人は仲居さんにニヤニヤと視線を向けられながらも宿の外にある温泉街に設置された屋外足湯に赴くことになったのだった。
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