第5話
大変今更にはなるが経緯を説明しよう。
あれは5月末。
梅雨が始まり、そろそろ暑い夏がやってくるんだなと物思いにふけていた頃のこと。
午後1時。
東大学総合棟近くの大学食堂にて。
「っふぅ……ようやくちゃんとした飯が食えるな!」
「それは達也だけだろ。俺は元々ちゃんと飯食ってる」
「馬鹿言え、これは俺に言ったんだ」
「隣にいるだろ、友達が」
「……寂しかったのか?」
「何がだよ」
「いやなんでもっ——でもまぁ、とにかく食べるぞぉ~~俺は腹ペコなんだよぉ!」
「はいはい」
隣で騒ぎ立てる腐れ縁を尻目―—いや横目に、学食の定番「サーモンいくら丼」を食していく。東大学の学食は地元でも安くて有名で、近くのサラリーマンや高校生が食べにくるほど。
味は平平凡凡ではあるが500円もあれば何でも食べられる大学生にが非常に優しい値段に抑えられている。
挙げればきりがないが税込み500円のサーモンいくらの親子丼はこの大学食堂の定番人気メニューである。ちなみに翔の好きなメニューはそれと韓国のり温泉卵丼だ。
(って、俺の好きなメニューなんてどうでもいいだろ!!)
そうだな、すまん。ついつい語り癖が出ちゃった。
「ごちそうさんっ」
「ごちそうさまでした~~」
「しっかり手を合わせるなんて律儀ですなぁ……」
「育ちが出てるんだよ、達也と違ってな」
「皮肉ぅ」
「行儀よくしなさいな」
「っちぇ~~」
今日も今日とてチャラい服を着た金髪腐れ縁。
そんな奴のくだらない話に耳を貸している最中、隣からトントンと肩を叩かれた。
ビクッと震える肩。
すると、叩かれた方から聞き覚えのある声がした。
「——あれ、翔?」
「え」
懐かしさを感じる声だった。
優しくて、高音で——どこか可愛らしく、大人げな声にハッとした。翔は恐る恐る隣に目を向けていく。
ゆっくりと姿を現していく声の主。
シークレットにかかっていた靄が取れていくように翔の瞳に映っていく女の子。
時間にして1秒の出来事だったが、彼女を一目見た瞬間にピンときた。
そして、何よりも驚いた。
「——あ、葵?」
漏れ出る馴染みのある名前。昔は幾度となく呼んだことがある。酒があれば彼女の事で5時間は話せそうなくらいに思い出の詰まった名前だった。
そう、隣から声を掛けてきた彼女は——小学校を卒業すると同時に、彼の目の前から忽然と姿を消した女の子だったからだ。
生まれた病室が一緒で、親ぐるみの付き合いで、小学生の時は一緒にキャンプに行く中。留守番をするなら彼女の家でするくらい。
なんなら一緒に風呂に入ったことまである。
(自慢じゃないがな)
とまあ、翔の変態性なんてものは置いておいてだ。
つまりは何が言いたいかと言うと、そこにいたのは幼馴染だったということだ。
昔馴染みで仲のいい、世界一の友達だったと自負できるくらいな幼馴染。
彼女の名前は高梨葵。
名前からして新鮮で天真爛漫感満載だが、実際にそうである。
昔から怪我はよくするし、少し天然っぽい。ただ容姿は可愛く、大学生になった彼女もさながら美少女、美人といえるほどだ。
まるで激情的な再会に涙ぐむ訳でもないが言葉を失っている隣で、腐れ縁が空気も読まず一言。
「ん、何々? 生き別れの妹?」
「っ——馬鹿言え、なわけあるか!」
「あはははっ……んじゃ、それっぽい雰囲気なので俺はお先にぃ~~」
「はっ、ちょっ―—」
この状況を見て、達也は逃げるようにその場を去っていく。
そんな姿を見ておどけていると葵が不思議げに一言。
「えっとぉ……行っちゃったけど、どうする?」
「どうするって……一応、この後授業あるんだけど」
「あぁ、それなら私もあるし……って、たまたまいたから声掛けちゃっただけなんだけど大ごとになっちゃったかな……あはは」
「いやぁ、あいつがちょっと馬鹿だから……じゃなくて、なんで葵がこんなところに」
「え、いや……色々あってね」
「そ、そうか……」
始まる沈黙。
流石に久々すぎてお互いに何をいえばいいか分からない状態の二人は口をつぐんだ。
両者の目は泳ぎ、学食で無言で食べ終わったご飯を見つめる二人。
さすがにこのままじゃいけないと思った翔は喉をごくりと鳴らして。
「あぁ、そうだな……」
「ん?」
「今日って暇か?」
「……暇だけど」
「授業いつ終わる?」
「えっと……確か4限目で」
「じゃあその後、ご飯食べよう。俺この後授業あるからすぐに行くけど、せっかくだしそこで色々話さないか?」
「あっ……うん! 分かった!」
「おう、頼む」
そう言って二人は授業に行くために別れたのだった。
「んで……どうして、葵の家なんだっけ?」
「いやぁ……まさか予約したと思ったら出来てなくてねぇ、あはは」
やってしまったよ、たはは——と笑みで誤魔化す数年ぶりの幼馴染を翔はジト目で見つめる。
まったくと言っていいほど昔と変わらない幼馴染の姿にホッとしたのも束の間。
勿論だが、この二人は行く末を知らないのだ。
この後、飲み会をすることになり昔の友達や今の心境など、なんで引っ越したのかなどをお酒交じりに話しまぐった挙句、帰るのも面倒になって、お風呂まで借りることになり——べろべろに酔っぱらった葵からの一言。
「抱いてほしいなぁ……」
「えっ」
「いやぁ、さぁ。私、処女なんだけど……そのやりたいなぁって」
「え、いや何を言って」
「翔なら預けていいかなって」
ゴクリと喉を鳴らし、我を失う男。
にへらと火照った笑みを浮かべて、我を失う女。
一線を越えた二人の交わった空間。
つまり、何が起こったかというと……したのだ。
シテしまったのだ。
S〇Xを。
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