第4話 ふしぎなたまご


 家の庭に出てきたおきなたちは、三佳みよしの行動に目をみはっていた。



「これは……煉瓦れんがか?」


 準備してきたと思われる引き車をガラガラと持ってきたかと思えば、今度は荷台に積んであった煉瓦を次々と庭に並べ始めた。



「これは刀鍛冶が鍛冶場で使うような耐熱性の煉瓦だろう。三佳はいったい、何を始めるつもりなんだ?」


 料理をする場所を貸してくれと言うから、翁たちはてっきり台所を使うのかと思っていた。


 しかし三佳は庭の隅っこで大丈夫だと首を振って否定した。そして庭にやって来るなり、今度は煉瓦を積み上げ始めたのだ。



「コイツを使って、ちょっと変わったかまどを作ろうと思いましてね」

「竈だって……?」

「……よし、できました。まずは一つ目。これが“仏の御石みいしはち”です」


 両手を広げ、自信ありげに披露したのは、腰丈ほどの高さをしたカマクラ状の竈だった。



「これが“仏の御石の鉢”……?」

「はい。私が竹で作った仏像を燃やし、その灰を混ぜ込んで作った煉瓦です。“仏の御石の鉢”は光を放つと言われていますが……ほら、この通り」


 三佳は出来たばかりの竈に落ち葉を入れ、家の中にあった火種を使って火を付け始めた。


 たしかに、竈の中の炎がメラメラとしていて光り輝いている。


「このヘンテコな竈で何をしようというのだ……?」


 台所にある普通の竈とは、形がまるで違う。通常であれば竈の上に鍋を置くのだが、三佳の作った竈にはその部分がない。いったいこれでどうやって料理をするというのか。



『おぉ、熱い……』


 カグヨ姫は興味深げに燃え盛る炎を見つめていた。これが“仏の御石の鉢”と言えるのかはともかく、彼女の関心を引くことには成功したようだ。



「次は“竜の宝玉”。これは料理に使う具で表現します」


 翁たちが見たこともない形の竈に驚いているうちに、三佳は次の工程に入っていた。


 煉瓦と同じく荷台に置いてあった竹籠を翁たちの前に持ってくると、そこに入っていた野菜などの具材――玉ねぎ、人参、トマト、ジャガイモ、椎茸しいたけを取り出し始める。次に縁側の上にまな板を置くと、それらの具材を包丁でひと口大にカットしていった。



「随分と包丁の扱いが上手いんだねぇ」


 台所に立つことが多い婆さんは、三佳の華麗な包丁さばきを見て感心していた。



「はは、ありがとうございます。竹細工で小刀を使うことも多いので、刃物の扱いには慣れているんです」


「ほほ~、そうなのかい。おかしいねぇ、ウチの翁は『包丁なんて怖くて握れねぇ!』とかぬかしていたけれど……」


「ご、ごほん!! 細工師でも得意不得意があるんじゃ! ワシは苦手なんじゃよ!!」


 蛇にギロリとにらまれた蛙のように、翁は肩をすくませた。思わぬところで、家事から逃げていた事実がバレてしまったようだ。



「えっと……はい。“竜の宝玉”は竜のあごにある宝玉で、五色に輝くそうです。なので私はこちらの五種類の具材を用いました」


「お、おぉ! たしかに色取り取りじゃの! 綺麗じゃぞ、カグヨ姫!!」


『きれい……』


「……あとでちゃぁんと話合いをしましょうね?」


 婆さんの殺気のもった猫なで声に、誤魔化しきれなかった翁の肩がビクリと跳ねた。三佳とカグヨ姫はそんな二人を置いて、次のステップへと移る。



「そして薄切りにした猪肉いのししにくで、これを包んでいきます」

「猪の肉を!?」


 次に出てきたのは、たけのこの皮に包まれたブロック状の肉だ。それを三佳が薄くスライスしていき、さらに切った肉で先ほどの“竜の宝玉”になぞらえた具を中心に包み始めた。



「さらに肉の周りを香草で包んでいきます。香草はヨモギ、ショウガのすりおろし、柚子ゆずの皮に山椒さんしょうの実、大葉などですね」


 次から次へと現れる香草をペタペタと肉に貼りつけていく。最初は手毬てまりほどの大きさだったものが、やがて子供の頭ほどにまで大きくなった。



“蓬莱ほうらいの枝葉”は金の茎や銀の根、白珠の実だと言われています」

「つまり、この葉っぱや実がそうだと?」

「その通りです! そして“つばめの子安貝”はニワトリの卵を使います」


 今度は何かと思えば、鶏卵がいくつも出てきた。この時点で翁たちは、すっかり面を食らってしまっていた。


 ふつう、貴族や皇族でもここまで手の込んだ料理なんて出てこない。翁と婆さんはいったい何が出来上がるのか、もはや想像すらもできなかった。



「白身を塩と混ぜ、さっきのカタマリに塗っていきます。……よし、こんなもんかな」


 肉が巻かれたり、葉っぱで覆われたり。今度は塩と卵で真っ白に変化してしまっていた。


 コロコロと形を変えていく料理に、カグヨ姫の表情もその度に喜んだり驚いたりと忙しそうだ。



「しかしこれはどうやって食べるのだ……?」


 翁の疑問ももっともである。肉の塊は塩で覆われ、ガッチガチに固まってしまっていた。


 こんな状態ではとてもじゃないが食べられないし、ましてや中の肉は生のままである。それに竈も最初に作ったものの、一度も使っていない。



「これからが最後の仕上げですよ。よく見ていてくださいね」

「お、おい!? まさか……それをどうするつもりなのじゃ!」


 翁たちが止める間もなく。三佳はせっかく作り上げた白の塊を、あろうことか轟々ごうごうと燃え盛る竈の火の中に、えいっと放り込んでしまった。

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