流星課長1998

勢良希雄

第1話「おやじ狩りに遭う」の巻

 逃げようとしたが、すでに囲まれていた。

 ヤツらは六人。その時点では、数える余裕はなかった。髪の色はさまざま。ジャージやトレーナーのようなものをだらしなく着ていた。

「な、なんだ、君たちは?」

 祭林は威勢よく言い放ったつもりだったが、その声はうわずり、少年たちには虚勢とも映らなかったであろう。酔ってはいたが、泥酔というほどでもなかった。深夜バスの出発には少し時間があったため、JRの駅まで歩いて行く途中だった。近道と思って、河岸の歩道を歩いたのがいけなかった。まだ、十一時過ぎだったがほかに人気はなかった。

 自転車に乗った少年が「轢くぞ」とばかりに祭林めがけて突っ込んで来た。

 「う、わーっ」。五十八歳の男は声をあげて後ろに手をついて倒れた。自転車はザザーッと後輪で砂に半円を描き、男の目前で止まった。

「お金くれたら、逃がしてあげるよ」

 集団の中央、リーダーとおぼしき少年が言った。幼い声だが、しっかりとした脅しの力を持っていた。

 「分かった。有り金を全部出そう」と言って、財布を出した。自転車の少年が覗き込んだ。いつもながら大金は入っていない。三千円。

 「ふざけるんじゃねえ!」。自転車少年のその言葉が合図になっていたように、鼻ピアスのいかにもワルそうな少年が中年男に襲いかかった。胸ぐらを掴まれて立ち上がらされ、顔面に一発パンチを見舞われた。

 その時、祭林の中で何かが音を立てて切れた。

 鼻から溢れ出る熱い液体を右手で拭い、フーッと一息をついた。

「なめるなよ。わしをだれじゃ思うとる」

 予想しない反抗に少年たちは一瞬たじろいだが、幼な声のリーダーが冷めた口調で言う。

「空手の先生だとでも言いたいの」

 おやじは胸をはって立ち上がった。

「ははは、空手形なら何回も掴まされが、空手の心得はないのお。実はわしは忍術を嗜んでおる」

 意味不明の啖呵を切るや否や、鼻ピアスの肩を押さえて飛び上がった。後ろ向きに倒れる鼻ピアスの顔をまたぐように着地。ブリッ。

 「忍法鼻曲がり! その鼻輪錆びるけえ、早うはずした方がええど。わしのは特別臭いけえのお。ちょっと身ぃが出たかもしらん」

 鼻ピアスは気を失った。ほかの少年が呆気に取られたすきをついて、脱兎の如く逃げ出した。そして、ポケットから何かを出して、追いかける愚連隊の足元に投げつけた。

「まき菱! じゃなくて、犬の糞じゃ! 踏め踏め踏みやがれ!」

 「おっとっと」とばかりに足を止める少年たち。

「バーカ! 誰がポケットに犬の糞なんか入れとるか! やっぱしお前ら頭ワリいど。ただの汚ちゃなハンカチじゃ。わし花粉症じゃけえ、鼻水がたーっぷり染みとるど」

 少し距離をあけたのも束の間。自転車が追いついてきた。祭林は振り返り、忍者のように二本指で印を結んだ。

 「来るな! 来たら吐くど!」とその指を口からのどに突っ込む振りをする。

 「くっそジジイ!」と自転車少年。加速をつけながら突進してきた。衝突寸前、闘牛士のように身を交わし、少年の肩口にゲロッ。

 「わあ、ホンマに吐きやがったあ」。少年はバランスを崩し、自転車は滑りこけた。そして、ゲロから立ちのぼる酸っぱい臭いにすっかり戦意を喪失した。

「忍法ゲロゲ~ロ! 名前がイマイチやなあ」

 すると、赤いジャージを着た三人目が光るモノをちらつかせた。

「待て、待て。それは反則じゃ」

 祭林はおじけずいてみせながら、冷静に少年の手を見る。ただの事務用カッターナイフだ。刺されても死なない。

 「刃物を使うようなヤツに喧嘩の強いヤツはおらん!」と真っ向正面から組み付いた。すると、後ろからグジャグジャ頭の四人目が来た。

 「一対一で勝負できんのかあ!」と頭を前後に強く振り、二人の顔面に頭突きをかました。二人は鼻を強打し、うめきながらうずくまった。

「忍法後ろから前から畑中葉子カナダからの頭突きじゃあ! ちょっと古いかあ」

 赤ジャージからカッターナイフを奪い取り、一番体の大きい五人目には先制攻撃。下から斜めに振り上げたナイフが、そいつの頬をかすめる。

 「痛え!」と大声を上げながら、傷口を押さえて座り込む大男の後頭部を脱いだ靴で一発はたきつける。そいつもそのまま、地面に倒れ込んだ。

 「安心せえ! 峰打ちじゃ」とカッターを川へと投げ捨てた。

 最後に残ったリーダーは、頭は良さそうだが、力はなさそうだ。すでにビクついている。

「お前も勝負するか! まだゲロは残っとるど! いざとなれば、もっと凄い技もある。必殺忍法小便パンツとか、ウンコ爆弾とか…」

「ごめんなさい。負けました」

「なかなか潔いじゃないか。……おやじ狩りやらカツアゲやらは弱い者いじめじゃ。

弱い者いじめは人間として一番カッコ悪いことじゃ。人を脅してカネを取るなんか最低じゃ、分かったかあ!」

 最後の一言は恫喝するように言った。少年はビクンと跳ね上がるように驚いた。

「分かったら、二千円よこせ。ワシはタクシーで帰る」

 少年の手から二千円をむしり取った。

 課長祭林駿一。少年に背を向け、颯爽と去っていく。

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