第三十四話 経営スキル

「「「いらっしゃいませ! 皆様のご来店を、心よりお待ちしておりました!」」」


 ついに開店時間。私の商店が営業を始めた。

 レジ店員から次々と歓迎の声が上がる。マシェラさんとの練習が、早速発揮されているようだ。みんな素晴らしい笑顔である。


 そしてその笑顔を受け取るお客さんの数は、私が想定していたよりも遥かに多い。開店と同時に、視界に収まりきらないほど、大勢のお客さんが入り込んできていた。


 お客さんはまず野菜売り場を見る。入口から一番近いのが、野菜売り場だ。

 今までわざわざいくつもの露店を回っていたのに、この店ではあらゆる野菜が手に入る。もう他の露店に行く必要はない。


「でも……これはちょっとマズいよね。野菜売り場に人が溜まりすぎてて、それ以上先に行きたい人が遮られてる。お客さんを不快にさせてしまうと、帰ってしまうかもしれない。ある程度自由に動ける私が、お客さんの進行を整理する必要がありそうだね」


 正直、こんなに混雑するとは思っていなかった。確かに営業開始まで宣伝は欠かさなかったし、大通りの真隣で工事をしているのだから、嫌でも目立つ。それでも、お客さんが詰まって先に進めなくなるほどとは思わなかった。


 これは、営業開始時間をもう少し早める必要があるかな。朝早い時間になれば、出待ちする人の数も減る。開店時の混雑さえ回避できれば、お客さんは店内に散らばってくれるはずだ。


 それに、お客さんも朝は混雑するものだと学んでくれる。きっと明日から、一部の人は時間をずらして入店してくるだろう。まだスーパーマーケットというものを皆知らないから、どう対応していいかも分からないんだ。


 そんな先のことはともかく、今はあの混雑を解消するのが先。

 私は野菜売り場の人だかりに飛び込み、別の売り場を見たがっている人を連れて行く。大勢で一方を目指せば、当然商品選びに熱中していたお客さんも道を開けてくれた。


 いったいどのくらいの時間か、もう分からない。とにかく私はこの作業を続けた。人だかりの出来ている所に入っていき、道を開けてもらったり人を引きつれたり。これだけでもかなりの重労働だと感じる。


 この商店は、野菜売り場をスタートにして、魚、肉、米と調味料売り場という風になっている。一周すると、レジまで辿り着くのだ。今後また別の商材も扱うだろうが、取り敢えず今はこの形で試運転を続ける。


 やはり一番混雑ができやすいのは野菜売り場だな。一応レジ側からも入店できるけど、扱いは出口ということになっている。野菜売り場の入口は大通りから直接入れるし。


 それに、肉や魚に比べて野菜は需要が高い。肉も魚もある程度値が張るから、毎日沢山買うということはないのだ。

 対して野菜は、価格も手ごろで消費量も多い。だから手に取るお客さんも多いんだ。


 どうにか、朝の混雑を解消する手だてを考えないといけないな。それに、まだ開店してから数時間しか経っていない。お昼や夕方にも混雑があるかも。お店の配置をもう一度考え直してみないといけない。


「て、てんちょ~! ヤバいです! レジが、レジが!」


「マシェラ!? どうしたんだそんなに慌てて。付いて行くから落ち着け。っていうか、レジが大変なら接客リーダーのマシェラが抜けてきちゃダメだろ」


 未だに私は、マシェラさんに対してエコノレ君のフリをしている。彼女たち普通の人間は、一目見ただけでは私の正体に気付かないのだ。狩人とか、ある程度戦える職業の人には魔力の多さを見抜かれたりもするけど、それがこの大陸を粉砕するほどのものとは気付かれていない。


 なんだか今は、エコノレ君のフリをしていないと落ち着かないんだ。私が私として接することに、どうしても抵抗がある。

 アラレスタが言うには、前髪をいじれば女性にしか見えないから、もっと自身を持っても良いってことだけど、私にそんな勇気はない。エコノレ君の皮を被っていて仕事が上手く行くなら、それでも良いじゃないか。


 そんなことを考えながら、接客リーダーにも関わらず抜け出してしまったマシェラに付いて行く。彼女にはレジ担当の全員を任せていたはずだけれど、いったいどうしたんだろう。……ああ、なるほどね。


 接客は素晴らしい。既に営業開始から3時間が経とうとしているけど、皆疲れを見せない笑顔だ。この混雑の中、よく頑張ってくれている。だけど……。


 どうして気付かなかったんだろう。この店内で一番混雑しているのは、この会計場だ。

 皆電卓の使い方がなってない。ちゃんと練習してきたはずだけど、この人数を捌ききるのには全然追いついていないんだ。レジと従業員の数を見誤ったか。


 見ていてイライラする。何故人差し指だけで電卓を扱っているのか。何故いちいち数字とにらめっこしながら入力しているのか。典型的な初心者だ。電卓に慣れていないという自己紹介のようにも見える。


「ちょっと代われ、俺がやる。いらっしゃいませ、お預かりいたします。小松菜7つほうれん草8つ。キャベツにレタス。あ、イチゴも。最近は高いのに、ありがとうございます。それから……」


「て、店長! 何ですかその電卓捌きは!? は、早すぎますよ!」


 私はものの三十秒でお客を一人捌き、代金は清算担当に任せる。この程度の作業、なんということはない。次のお客さんも大量買いだが、さっきのお客さんがお金を払い終わる前に捌いて見せる。


 まさか、こんな所でも私のスキルが活かされるとは。

 恐らくどの商業高校でも一番最初に取得するだろう一級資格、珠算電卓検定。私は電卓部門しかとらなかったけど、誰でも練習すれば簡単にとれる検定だ。


 たまにこの検定すら落としている奴もいたけど、そういう人でも商業高校で勉強するうちに、電卓の扱いは格段に上手くなる。

 5の数字の所に小さい点があるから目で確認しなくても分かるし、一番良く使う+キーはもう指で形を覚えている。


 ふふ~ん、そのうえ、私は珠算電卓検定の本番で5分も時間を余らせていたのだ。結構時間ギリギリの人が多い中、こんな簡単な検定を落とすわけには行かないと張り切り過ぎて、毎日電卓を触っていたからね。


「ここはわた……俺に任せて、君は販売担当の方を手伝いに行ってくれ。思いのほか魚が売れている。そろそろ三枚おろしが追いつかなくなるころだ。……って、マシェラ! 清算担当が追いついてないぞ、お客さんを待たせ過ぎた。俺のレジは清算担当を二人にして、もっとペースを早めてくれ」


 元々ここにいたレジ担当をバックヤードの手伝いに向かわせ、このレジを私が担当する。私の計算が早すぎて、さっきまでのローペースでやっていた清算担当が全く追いついていない。けど、これを二人にしたのだから多少改善されるだろう。


 私のレジの会計スピードは他のレジの優に4倍。それだけ、電卓を入力する速度というのは重要なのだ。人差し指オンリーでも稀にとんでもない早さの人がいるけど、ちゃんと全部の指を使える方が断然早い。


 それに私は、早見表に記載されている商品の代金は暗記済みだ。グラム単位で値段が変わる商品は逐一目を通さなければいけないが、基本的に野菜類は、見なくても値段を入力できる。


 ひとまず今日はずっとここにいた方が良いだろうな。本当はもっと、店内を回りつつ改善点を見つけたり、販売担当の手伝いをして問題を見つけ出したりしたかったんだけど。

 マシェラ達も頑張っているし、何よりお客さんを待たせる訳にはいかない。今後の選好に関わる。


 その日はお昼時にも混雑があり、そして夕方にも混雑があり、販売担当もレジ担当も、皆大忙しだった。一部商品に関しては、あれだけ仕入れたにも関わらず売り切れが発生し、私たちに客をとられてしまった付近の露店から追加の仕入れをしたくらいだ。


 本当に、忙しい一日だった。

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