第十八話 作戦会議

「それで、これからどうするんですか? 私は大長から指示されているので、貴女の傍を離れる訳にはいかないんですけど」


 朝食を済ませ、しばらく談笑していた私たち。そこで、アラレスタさんがそう私に問いかけてきた。


 彼女は霊峰の長ロンジェグイダ=ブルターニャの指示により私の病気を管理する責任がある。また、何らかの外敵が私を襲い、溜め込まれた魔力が爆発するのを防ぐのも彼女の仕事だ。


「心配しないでください、今日は家で大人しくしてますよ。昨日は出来なかったから、今日こそ作戦を練らないと。まずはエコノレ君が集めてくれた情報を整理しなおそうかと思います」


 エコノレ君の集めてきてくれた情報は大切だけれど、正直に言うとまばらで整っていない。そもそも書類も作成されていない。だからまずは、これを一度書面に写して調えなおす必要がある。


「それなら私も手伝うよ。木簡もたくさん必要でしょ? それに、現地人目線での意見も欲しいだろうし」


 真っ先にランジアちゃんが手を上げてくれた。表情は硬いが、やる気に満ちている。それほどまでに思ってくれていたのか。とても嬉しい。


「現地人目線の意見というなら、僕の方が適切でしょう。ランジアは普段あまり家から出ませんから。買い物は基本的に僕が中心に行っている。父さんがどうかは知らないですけど、僕たち家族は協力を惜しむつもりはありませんよ」


 食器を片付け終わったプロテリアがキッチンから出てきて、そう言ってくれた。

 彼も私たちに協力してくれるのか。これはありがたい。


 確かにプロテリアは家事全般を任せれているし、買い物に関してはランジアちゃんよりも良い意見が聞けそうだ。

 しかし実は、経営においては普段買い物をしない人の意見も蔑ろにはできない。何故その人が買い物をしないのか、これを知っておく必要があるからだ。


「当然、私も力を貸しますよ。といっても、私は人間の商業は詳しくないんですけど。な~んにも知らない一般人の意見として捉えてください」


 アラレスタさんも協力を申し出てくれた。彼女は何も知らないというけれど、あれでも木の精霊。商業ではなくむしろ、彼女には仕入れについての意見を聞くことになる。


「みんなありがとう、それじゃあ早速始めようか。ランジアちゃん、余ってる木簡ありったけ持ってきてくれる?」


 私の言葉に返事をし、彼女は席を立った。すぐに走って自分の部屋まで向かってくれる。

 本当にいい子だ。顔も声も硬いけど、内面は素直で活発。行動派な一面もある。


「あれ、そういえばコストーデとミノは? さっきまでいたと思うんだけど」


「弟はまた浜辺にでも行ってますよ。ミノはそれに付いて行きました。難しい話の気配を感じたんでしょう。すいませんエコテラさん。ミノはともかく、弟は協力できそうにない。この家を守るのがアイツの使命なので。少なくとも父さんがここに帰ってくるまでは、下手に動けないんです」


 前々から思っていたけど、この家には並々ならない事情があるのだろう。

 それはそうか、何せあのコンマーレさんがいるのだ。町人たちから慕われ、精霊種にも一目置かれている人物。


 それにプロテリアと霊王ウチェリト、そして大長ロンジェグイダは知り合いの様子だった。なら、コンマーレさんも相応の地位をもった人物のはず。普通の家族のように振る舞うことの方が難しいか。


 でもコストーデとはもうちょっと仲良くなっておきたいんだよなぁ。悪い子ではないと思うし、それに何か一人で抱え込んでいるような気がする。人様の家のことにあまり口を出すべきじゃないのかも知れないけど、ちょっと気になっているんだ。


「木簡持ってきたよ。あと墨も」


 そう言って、ランジアちゃんが階段の上から降りてきた。手には大量の木簡を抱えている。あんなに沢山持っていたのか、というくらいだ。

 それを雑に机の上へ広げた。


「ありがとうランジアちゃん。さて、まずは何から決めるべきかな」


 最終的な着地点はエコノレ君のいう通り、スーパーマーケットが良いだろう。下手に高い商品を売ろうとするよりも遥かに高い売り上げが見込める。何より需要が尽きる心配をしなくていい。


 具体的な例を出せば、2020年。とあるウイルスが全世界で猛威を振るった。多くの企業が致命的な打撃を受け、個人経営などは廃業に追い込まれるほどだった。


 しかしそんな中、普段とあまり変わらない調子で商売を続けている業種があった。そう、それこそスーパーマーケットだ。スーパーは他の業種に比べて打撃が小さかったのだ。地域によっては、むしろ店舗数を増やした所すらある。


 それは何故か、簡単な理由だ。ウイルスなんかで死ぬよりも、食べ物に困って死ぬ方がずっと早い。人は毎日食事をとらなければすぐに死ぬし、免疫力も下がって結局はウイルス感染を助長する。


 ならば多少リスクがあろうとも、スーパーには絶対に赴かなければならない。それほどの集客力を、スーパーは持っているのだ。

 現に、この地の市場もほとんどはスーパーの前身、食品を扱う商店ばかりだった。


 そのあたりのことも含めて、まずは皆にスーパーというものがどういったモノなのかを説明する。


「じゃあここでプロテリアに問題。このスーパーは取り扱う商品は多彩だけど、その分仕入れという工程が発生する。じゃあ、誰から商品を仕入れればいいのかな?」


 エコノレ君、流石は私の知識を共有しているだけあって、この辺のことも調べてくれていた。そして恐らく、普段から買い物を担当していて、市場の仕組みをある程度理解しているプロテリアなら分かるはず。


「今市場で食品を販売している人たち、ですね。彼らは自分たちの家で育てたものを売っているだけですから。ですがそれだと……」


「どうやら気付いたみたいだね。その通り、彼らは自分たちの家で作ったものを売ってるんだから、当然こっちに流すときも同じ値段じゃないと引き受けてくれない。でもスーパーは販売を担当するお店。元の値段、仕入原価に利益を上乗せしないと、こっちはやっていけないんだ。だけどそんなことしたら?」


「市場にある商品よりも値段は高くなって、結果消費者は僕たちの商品を手に取らない、ということですね。ならどうしたらいいんでしょう」


 プロテリアは頭がいいなぁ。流石にいつも市場を見ているだけある。私がやろうとしていることも、だいたい分かってるみたいだ。


 対してアラレスタさんとランジアちゃんは、話の展開が早すぎてついていけていない様子。そもそもスーパーの説明の時点でちょっと混乱気味だったけど。


 プロテリアは販売業者、つまり私と同じ目線。アラレスタさんは製造業者、つまり市場で食品を売っている彼らの目線。そして暫定的にではあるけど、ランジアちゃんは消費者、大衆の目線でことに当たってもらうとしよう。


「スーパーの利点は集客力。私たちが頑張りさえすれば、市場にいる誰もがあの性悪肉屋と同じように商品を売れるようになる。その辺を分かってもらえれば、仕入原価を抑えることもできると思うんだよね~」


 市場にある食品、その全てが完売している訳ではない。むしろ、商品を売りつくせる商店なんてごくわずかだろう。だから生産した商品の一部は廃棄しているんだ。


 しかし販売店と契約を結べば、最低限卸した商品は廃棄しなくて済む。実際には売っていないのに、私たちに提供した時点で製造業者は利益が発生するんだ。悪い話ではない。

 けれどそれをどうやって分かってもらうのか。彼らに小売業者の何たるかを一から教えるのは相当時間と手間がかかる。


「一番手っ取り早いのは、やっぱりコンマーレさんの名前を出しちゃうことかな~。彼の信頼度は高いし、彼が関わっていると公表すれば簡単に話を進められるんだけど」


「残念ですが、それは難しいですね。父さんは今重要な仕事をしているんです。貴女の病気のこともそうですけど、故郷の部族のこともある。仮に僕たちの名前を出したとしても、父さんほどの信頼はないですし」


 そうだよね~。コンマーレさんは今すごく忙しいみたいだし、ここは楽な方に逸れず私の力でどうにかしなくちゃ。


 最初に落とすべきは、あの肉屋だ。あの店は私たちに協力することの利点を理解できる。何より、あの店はやり手だ。私ほど知識はないけど、これまで現地で戦ってきている。ノウハウを奪い取るべきだろう。


 私たちに残された時間は短い。延命できるといっても5年やそこらだ。手段は選んでいられない。

 独占価格。計画的陳腐化政策。不当廉売。なんだってやるつもりだ。


 買い手市場? クソくらえ。利益を上げるなら売り手市場。こっち側が全部握る。

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