第二話 パラレルとの邂逅
意気消沈。まさにその言葉の通り、俺は馬車の中で一言も発さず、無気力の中にあった。
これからどうしようか。何も浮かんでこない。何もやりたいと思わない。
これがいわゆる、失恋という奴なんだろうか。喪失感が尋常でないな。
分かっている。彼女に否定されたのではなく、そうせざるを得なかったのだ。
我が家のように貧弱で問題を抱えた領地を、かの豪族は受け入れてはくれない。例え付き合いがあろうとも、親同士の仲がそう深いわけではないのだ。
重い溜息を吐く。やる気は起きないが、やらなければいけないことはある。
父に全て報告しなければならない。何を言われるかは目に見えている。だが、これが俺の最後の仕事なのだ。
吹っ切れろ。この仕事が終われば、俺はこの家を出るなりなんなり好きにできる。生活はより苦しくなるが、それでも待っているのは自由だ。決して、嫌なことばかりではない。
小気味良く四回ノック。本日二回目だ。
父はもう訓練も終わって、事務仕事をしているはず。外にはいなかったから、間違いなくこの部屋にいる。
「入りたまえ」
中から声が聞こえた。厳格で聡明な、父の声だ。
他には誰もいない。中に付き人がいるのなら、父はその者に扉を開けさせるはずである。
「失礼します」
一言断り、早すぎず、遅すぎずのタイミングで扉を開く。
やはり父は事務仕事を始めていた。木簡に筆で何やら書いている。基本的には目を通して、許諾ならサイン。そうでなければ修正点を記載して別の引き出しに入れる。
単純だが、これを正しく行わなければ仕事は回らない。
「父上、ご報告を」
特に返事はない。こちらを一瞬一瞥し、父は業務を再開した。
あれは集中している時の、父の返事だ。父は業務の最中だが、話をしても良いということである。
「単刀直入に。婚約の件ですが、断られました。豪族からの支援も引き出せませんでした。申し訳ありません」
父には全て真実を伝える。嘘を吐いたり、はぐらかしたりするのは意味がない。父には全てお見通しなのだ。
そもそもこんなに早く帰ってきた時点で察しは付くだろう。
父はたった一言「そうか」と呟いただけ。
初めから期待はしていなかったのだろう。もし父が豪族で、弱小領主の無能息子が婚約を申し込んできてら、確実に断らせる。
「ついては、自分は責任を取ってこの家を出ていきます。父上の跡は弟が継ぐのでしょう。私はこれからこの家とは無関係の人間として生活するつもりです」
「よろしい。ただし、家を出るのには相応の準備が必要だろう。特にお前は身体が弱いからな。あと一年。……いや、あと二年この家で生活すると良い。それと、研究所の面々にもしっかり報告してきなさい」
意外だ。父にはすぐに家を出ろと言われると思っていた。
大した能力はなく、年齢的にも政治的力を失った俺はもう用済み。俺一人を養うのもそう簡単ではないだろうに。
「報告は以上です。それでは、失礼しました」
なんか、思ったよりもあっさりしていたな。もう少し説教されたり、呆れられたりするものかと思っていた。
それはつまり、父が俺に全く期待していなかったということを意味するのだろうが、それでも今はありがたく思う。
そうだ、父に言われた通り、研究チームにも報告に行こう。いずれ弟にも話さなければいけないが、今日は外に出ている。しばらく帰ってこないはずだ。
まずは自室に戻って、この堅苦しい服を着替えるとしよう。
研究所はこの屋敷の地下にあるが、制服を着るとスイッチが入るもの。自宅であっても、作業をするのならやはり制服を着るべきだ。
ボタンをしっかり締め、やたら長い髪を結びなおす。礼服よりも遥かに動きやすいズボンは俺の足に合うよう調節したものだ。
俺の部屋は二階。研究室までは長い階段を降りなければならない。しかし、帰ってきた時よりも足取りは重くない。むしろ少し調子が良いくらいだ。
父に叱られなかったこともそうだが、研究室は俺がこの屋敷で唯一自分をさらけ出せる場所。地下室故に外に声が漏れる心配も薄く、あそこには俺のことを悪く言う者はいない。皆気の合う仲間たちだ。
暗い地下室。しかし湿度はそこまで高くない。ここいらは年中乾燥していて、冬場はかなり冷え込む。
これからの季節、地下室はかなりの寒さになるだろうな。煤病のせいで暖房を焚くわけにもいかないし。
扉を開く。ノックはしない。ここは実質的に俺の所有する部屋で、持ち主は俺なのだ。それに、俺に見られて困るものは特にない。
「エコノレ様! お疲れ様です。今日も研究は牛歩です!」
そんな誇らしく言うことではないのだが。こいつらはいつも元気だ。笑顔で溢れている。
研究員は俺を含めて4名。大手の研究所ほどの成果は上げられていないが、日常生活に役立つ小物程度はいくつか開発し、弟経由である程度の売り上げを出している。
研究費は基本的に俺のポケットマネーか、成果物の売り上げから捻出していた。しかし研究員の給料に関しては雀の涙ほどだ。俺もそこまで金に余裕があるわけではないし、父は魔法の研究に協力的ではない。
そんな中でも、毎日楽しく研究に励んでいる。それはひとえに、研究が好きだからだ。
俺たちは皆それなりの家に生まれたが、特に能力を見出されることのなかったメンバーが集まっている。そんな俺たちは、学問で知識を深める以外に自分を認めることが出来ないのだ。
そんな彼らに、今日のことを打ち明ける。皆研究の手を止め、親身になって俺の話を聞いてくれた。
「悪いな、こんな話を聞かせてしまって。そんな訳で、俺は再来年くらいにはこの研究所を出ることになる。だが安心しろ。ここはあと十年弟が管理する契約になっている。俺がこの家を出ても、しばらくは研究を続けられるはずだ」
大丈夫。父は研究に非協力的だが、弟はこの研究を高く評価している。十年経ったのちも、この研究所がなくなる心配はないだろう。
俺の資金援助はなくなるが、その分弟も力を貸してくれるはずだ。
「エコノレ様、違いますよね。そんなこと考えてるんじゃない。パトロリーア様にフラれて悲しい。けど自分の力不足も感じて悔しい。そうでしょ、顔に出てますよ」
「アミコ……。そうだな、ちょっと言い訳してた」
アミコの言うとおりだ。
彼はこの中でも一番付き合いの長い男で、簡単に俺の心を見透かしてしまう。立場など気にせず、なんでも言ってくれるのが彼の長所だ。
「そこで提案ですよ、エコノレ様」
「提案?」
「ええ、パトロリーア様は諦めさせるつもりで五億持って来いと要求したのでしょうが、それを現実にしてしまうのですよ」
何を言っているのだろうか。家みたいな弱小では、とても五億なんて用意できない。他の領主ならポンと出せる額なのだろうが、かの豪族と関係を築くためだけに払う額ではないのだ。
「そんなの不可能だ、とでも言いたげな顔ですね。でも、我々にはあるじゃないですか、例の研究が」
言われてハッとする。父に婚約の知らせをもらった時から、俺が新しく始めた研究がある。俺の最後の研究として、大昔から温めてきたものだ。
我が研究所にしては珍しく、学会にも発表するクラスの大発明である。
「なるほど、確かにあれならば……。思い立ったが吉日。早速準備に取り掛かるぞ!」
「え!? 今からですか? あの研究まだ途中段階だったのでは!?」
「問題ない。どうせ一度試運転してみなければ進めない段階まで来ていた!」
引っ張り出すのは一枚の石板。海の底に眠っていた、推定1000年以上前の遺物とされている。
この石板には世にも珍しい、召喚の魔法が施されている。
本来召喚魔法は、契約した魔獣や無機物などを呼び出す魔法だ。しかしこの魔法は、異世界の大精霊と接続されていることが確認された。裏側に、それを示す文言が古代の文字で刻まれていたのだ。
故にこの召喚魔法は、異世界の物を呼び出す魔法だと考えられている。
しかしどれだけ魔力を送り込もうとも発動しなかった。我々にはどうすればこの魔法が発動するか分からなかったのだ。そのためこの石板は壊れていると判断し、模写による複製から研究を始めた。
そして試作したのが、この異世界接続魔法。まだ物体を召喚できる段階ではないが、異世界の知識を獲得するのは可能という仮説が出ている。しかしこればっかりは、試してみなければ何も分からない。
「皆、準備はいいか? それでは魔力の充填を開始!」
この魔法には、魔術師一人程度の魔力では到底足りない量の魔力を消費する。俺は魔法を使えないため、研究員の三名に魔力の提供をお願いしていた。
『まったく、あれだけ警告したというのに、何故君はこの研究だけ成功させてしまうんだ。しかし、召喚系の魔力を持たない君たちでは、この魔法は絶対に動かせないよ。人間は、未だに努力次第で如何な魔法をも行使できると考えているらしい』
「な、なんだ今の声は!? おい、誰か何か言ったか!?」
脳に直接響くような不気味な声。他の研究員に確認を取りはしたが、聞いたことのない声であることは確信している。
『まあでも、君はとても面白い体質をしている。これほど私と波長の合う人間は久しぶりだよ。少し手伝ってあげるとしようかな』
この日、俺の運命が大きく変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます