第四章

第29話 僕と期末テスト①


「今度の期末テスト、赤点があった教科は補習あるから覚悟してかかれよー」


 十二月に入り、寒さも着々と増してきたある日の授業で数学の教師がそんなことを言った。


 当然のように教室内でブーイングが巻き起こる。

 それだけでも嫌だというのに、教師から告げられたその現実は生徒達にさらなる絶望を叩きつける。


「補習は十二月二十四と二十五。終業式のあととその翌日だ。先生達とクリスマス補習したくないなら死ぬ気で勉強しろよー」


 鬼だった。

 生徒からのブーイングはさらに大きくなるが、ここでどれだけの反発をしようともその決定は変わらない。


 恋人のいない非リア充の僕でさえ、クリスマスに補習はさすがに嫌だ。

 なので、予定を入れている、または入れようとしている、あるいは入ることを信じている生徒からすれば地獄のような現実だろう。


 とはいえ、これまで勉強しかすることなかった僕は赤点を取ったことがない。

 今回も予習復習は欠かしていないし、普通に受ければ赤点は回避することは容易だろう。


 しかし。

 容易ではない生徒が少なくとも僕の周りには三人いた。


「……」


 綾瀬さんはかったるそうに。

 

「……」


 五十嵐さんは苦笑いをしつつ。


「……」


 宮村さんは絶望に満ちていた。


 前回の中間テストは綾瀬さんと五十嵐さんは余裕な感じだったっけ。結局あのときの結果は聞いてないけど、二人の実力はどれほどのものか。


「……仕方ない。彼氏には予定ができたと言っておこう」


「まだ諦めるには早くないですか?」


 綾瀬さんがスマホを取り出したのでさすがにツッコむ。


「……赤点ゼロなんか無理に決まってんだろ」


「でもえりぴの彼ピッピって大学生じゃなかったっけ?」


「そうだけど?」


「勉強教わればよくない?」


「……とりあえずどこでもいいから大学入るような奴だからなあ」


「それでも高校生レベルの勉強なら分かるんじゃないですか?」


「……しゃあない。考えてみるか」


 それでも考えるだけなのか。どれだけ勉強したくないんだろうか。そりゃまあ楽しいことなんてほとんどないけど。


「五十嵐さんは大丈夫なんですか?」


「大丈夫に見えるかい?」


 二人に比べると落ち着いているようには見えるけど。


「まあ」


「そうかそうか。まるっちにはそう見えるのか。でもね、それは間違いだよ。内心では絶望を感じてる」


 ならもうちょい表情に出せばいいのに。どうしてそれを隠そうとしているのか。あるいは隠しているのなら言わなきゃいいのに。


「まあ、私としては最悪補習ってなっても諦めつくけど、お店は困るだろうね」


「……ああー」


 そういえばこの前、クリスマスはバイトが入っているとか言ってたな。

 五十嵐さんは容姿もいいし、誰とでも話せるから人気あるんだろうな。


「まあ、クリスマスに高濱の顔見るのはゴメンだけどね」


 高濱というのは先程の数学教師だ。

 結婚はしておらず、噂によると恋人もいないらしい。既にこの休憩時間の間にリア充に対する僻みの行為だと言われている。


「バイト先の頭脳明晰な人に助けを請うとするかね」


「そういう人が周りにいると心強いですね」


「そうなのだよ。私を働かせたければ赤点を回避させよ、てね」


 どうして上からなんだろう。

 そんなことを言えるくらいにお店に貢献しているんだろうか。素晴らしいことである。


「……」


 そんな二人と違い、絶望的な表情が消えない宮村さん。

 中間テストでも頼れる人がおらず僕が勉強を教えてほしいと頼んできた。

 綾瀬さんや五十嵐さんのように頼れる仲間がいないのか。


「あの、宮村さん。僕でよければまた勉強見ましょうか?」


「ほんと?」


 そう言うしかないくらいに凹んでいたので声をかけると、その瞬間にぱあっと表情を明るくして顔を上げた。


「ええ」


「よかった。丸井以外に頼める人いなくてさ。でもなんかさ、毎回毎回教えてもらうのは迷惑かなーとか思って」


「全然ですよ。むしろ勉強を教えることでいい復習になるんです。この前のテストも点数上がったんですよ」


 僕がそう言うと、宮村さんは「はえー」と感心したような声を漏らす。

 テストまでおよそ一週間。今回もできるだけのことをやろう。


 確か前回は結局赤点はあったんだっけ。よく覚えてないけど。だとして、今回は赤点ゼロが目標だ。


 それぞれの得点を伸ばすより、全教科をそれなりにできるようにする必要があるのか。

 時間足りるかな。


「まるっちよ」


 そんなことを考えていると五十嵐さんが後ろから僕の背中をつついてきた。


「はい?」


「さなちはご褒美があると燃えるタイプだよ」


「そうなんですか?」


 まあ、大抵の人間はご褒美あると頑張れると思うけど。でも確かにそうか、モチベーションの維持も大事か。


「何かご褒美いります?」


「え、いいの?」


「まあ。それで宮村さんが頑張れるなら」


「えっと、えっと……」


 突然の提案だったからか、宮村さんはあれやこれやとご褒美案を考えているようだ。

 別にそんなに考える必要もないと思うけど。


「スイパラに連れてってもらいなよ」


 悩んでいる宮村さんに助け舟でも出すように綾瀬さんが言う。


「この前は結局行き損ねたからね」


「スイパラ……」


 呟きながら少し考えた宮村さんは、僕の方をちらと見た。それは何かを期待するような、僕の様子を伺っている目だった。


 あれいくらくらいするんだっけ。

 でも、学生でも行けるくらいの値段だよね、きっと。


「いいですよ。それじゃあ赤点がゼロだったらそのスイパラというとこに行きましょう」


「ほんとに!? いいの!?」


「ええ」


「ち、ちなみにいつ行くの?」


「僕はいつでも大丈夫ですよ。予定という予定は何もないので」


「……」


 宮村さんは固まる。

 そして、何かを考えたような間を置いたあとにゆっくりと僕の顔を見る。


 喜びすぎたからか、少し顔が赤い。


「……冬休み入ってすぐとかは?」


「大丈夫ですけど」


「ほんとに? 約束だよ?」


「ええ」

 

 そんなに早く食べたいのかな。

 それとも僕が約束をすっぽかすと思われているのか。


 いずれにしても、そんなにスイパラに行きたいなんて。宮村さんは甘い物好きなんだなあ。

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