第19話 僕と休日④
どうやら会計の際にチケット裏のQRコードをかざすことで使えるらしく、つまり纏めて三枚買うことが可能ということだ。
「席どの辺がいいのかな?」
「僕はここの映画館にはあまり来ないのでよく分からないのですが」
「人が密集してるところが良い席なんじゃないのー?」
席を指定する画面まで操作したところで、僕達はそんな相談を始める。
いつもは一人で適当に決めてしまうのでこんなやり取りも新鮮である。
「でもあんまり人多いと落ち着けなくない?」
「私は気にならないけどなー」
「丸井は気になるよね?」
いや、そんなお前コミュ障だもんなみたいに言われても。まあ、できれば周りに人がいない方がゆっくりはできるけど。
現に一人で映画を観るときはあまり人が密集していない場所を選ぶ。明らかに見づらい席でないならば、優先すべきは静かさだ。
周りにうるさい客がいたりするとイライラして集中できないからな。
これは僕が某軽音楽部アニメの映画を観に行ったときの話だが、劇中で楽器を演奏しているときにそれに合わせて足をタンタンと動かす客が近くにいた。
ドラマーを気取っているのかもしれないが、明らかにうるさくて迷惑だった。それ以来、僕は今のポリシーを持つようになったんだとさ。めでたしめでたし。
「まあ、ある程度は」
「そうなのかー」
確かに五十嵐さんは周りを気にしなさそうだけど。理由は違うが綾瀬さんも同様の印象を受ける。
「でも明らかに観にくいところも嫌ですよね」
「それな」
五十嵐さんが強めに同意してくる。
「じゃあこの辺とか?」
「まあ」
「うん」
「……なにその微妙なリアクション」
宮村さんが提案してくれた席は可もなく不可もない席だった。悪くないので否定はしないがめちゃくちゃ良い席とも言えないので強く肯定もできなかった。
「じゃあどこがいいのさ?」
宮村さんは投げやりになったように言う。確かに面倒くさいだろうな。その板挟み。
言われて、僕と五十嵐さんは一度顔を見合わせてから面倒なことになったなあと思いながら機械の画面を見る。
そして、二人同時にさっきの宮村さんが言っていた席を指差した。
「見てみるとベストチョイスでした」
「さすがさなち。センスの塊と言う他ないよー」
どうやら五十嵐さんも同じ気持ちらしい。宮村さんをこのまま放置するわけにはいかない。
彼女には常にムードメーカーでいてもらわないと。
それに、さっきの席は本当に可もなく不可もない。
つまり、その席でも問題はないのだ。
「そ、そう?」
「はい!」
「もう最高だよー!」
分かりやすい人で助かる。これに関してはいい意味で。
僕らはチケットを購入したあと、上映時間が近づくまで物販コーナーで時間を潰す。
「丸井は飲み物とか買う人?」
「あー、どうでしょ。日によりますかね。どちらかというと買わない頻度の方が多いかも」
「私は断然買う派だね。ポップコーンとジュースがないと映画を観た気にならない」
「宮村さんは?」
「あたしは一緒に観る人に合わせるかな。だから萌と映画来るときはいつも買うよ。結局最後まで残っちゃうんだけど」
「じゃあ買いに行きますか」
たまに食べると美味しいんだよね、ポップコーンって。そもそもこの映画館特有のにおいがもう食欲を唆る。
「私はLサイズ!」
うきうきした様子で五十嵐さんは先に買いに行ってしまう。残された僕と宮村さんは柱に貼られてあるメニューを眺めていた。
「ねえ丸井。これ一緒に買お?」
宮村さんが指差しているところを見ると、それはポップコーンとジュースのペアセットだった。
ポップコーンのSサイズの味ニ種類とジュースが二つでお値段がお得になっている。
悪くない提案だった。
「いいですね。賛成です」
ということで列に並ぶ。
「味はどうします?」
「丸井は何が好き?」
「無難に塩ですかね」
「あたしキャラメル」
「ニ種類選べるみたいですし、その二つでいいですね」
そんな話をしているとタイミングを見計らったように順番が回ってくる。
宮村さんはオレンジジュース、僕はカルピスを頼み、先に買い物を済ませた五十嵐さんのところへ向かう。
「そんなセットがあったのかッ」
宮村さんが持っている僕らのセットを見た五十嵐さんが衝撃的な声を漏らす。
そんなことがありながら、劇場に入る。中々に大きなスクリーンの部屋で上映してくれるようだ。
五十嵐さん、宮村さん、僕の順番で座る。歩いているとそんなに気にならないけど、座るとこの至近距離は結構緊張するな。
女の子でなくとも隣に知り合いが座るということがあまりなかったので、別の意味でも緊張する。
もぞもぞしたりすると迷惑になるかもしれないし、気をつけなければ。
劇場内の電気が消え、暗くなる。上映中のマナーをポップなキャラクターが説明したあと、本編が始まった。
隣同士。
ポップコーンを取ろうとしたときに、宮村さんの手と僕の手が触れ合う。
そんなラブコメ展開が起こることもなく、ひたすら映画に没頭する九十分だった。
内容はめちゃくちゃ良くて、こらえようとしたがそれでも涙がこぼれてしまった。
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