第8話 僕と中学時代の③
「ここって」
ピンクやオレンジといった可愛い感じの色をふんだんに使った外装。中を覗くと見えるのは、ミニスカートを装備した女の子。
「メイド喫茶ってやつ?」
宮村さんは初めて見るようで、感心の声を漏らしていた。
かくいう僕だって存在こそ知ってはいたが入ったことはない。こんなところに一人で入る度胸は残念ながら持ち合わせていない。
「ここって女子でも入れるんだよね?」
「あ、はい」
「じゃあ入ろうよ」
「でも」
「萌の用事がこの店の中で繰り広げられてる可能性だってあるんだよ?」
「例えば?」
「ほら、待ち合わせとかね」
メイド喫茶で待ち合わせなんてあるのかな。でも本当に何かあるのならカムフラージュにはなるけど。
でもなあ。
なんか抵抗あるなあ。
「ほら、入るよ」
悩む僕を無視して宮村さんはズカズカと店の中に入ってしまう。
いろいろ気持ち的な問題はあるけど、中に入るとシンプルに五十嵐さんにバレる恐れがあるのに。
彼女の興味はもうメイド喫茶に向いている。
一人取り残されるわけにもいかず、僕は渋々宮村さんの後を追った。
「おかえりなさいませ、御主人様」
二人のメイドさんが出迎えてくれた。可愛い顔にメイドキャップ、黒と白のオーソドックスなメイド服。なによりミニスカート。
これは、良いかもしれない。
「なにデレデレしてんの?」
「いや、別にしてないです」
めちゃくちゃしてたけど、恨めしそうに睨んでくる宮村さんが怖かったので咄嗟に否定してしまう。
メイドさんにテーブルに案内され、システムの説明を受ける。喫茶店という名前だけど、システム的にはもうちょっと大人なお店と同じなんだよなあ。
「あ、あたしこのオムライス頼もうかな。これあれだよね、ケチャップで好きなの描いてくれるっていう」
「そうですね」
すごいウキウキしてるな。
そんな宮村さんは置いておき、僕は店内を見渡す。テーブルに案内されるときにもざっくり見たけど、やっぱり五十嵐さんの姿が見えない。
トイレにでも行ってるのか、あるいは本当に何か面倒事に巻き込まれているのか。
メイドさんが注文を受けにきたので僕はカフェラテ、宮村さんは宣言通りオムライスを頼む。
「ただいま、ご新規様特別キャンペーンを実施しておりまして。当店の楽しさを理解していただく為、メイドとのチェキを無料でお楽しみいただけますがいかがなさいますか?」
「じゃあお願いします!」
「いや、ちょっと待って」
僕の制止を聞くことなく、二人分の注文をしっかり済ませた宮村さん。どうせなら一人だけにしてくれよ。
「僕は大丈夫だったのに」
「え、なんで? 可愛いメイドさんとチェキ撮れるんでしょ?」
「女の子と写真とか照れるじゃないですか。しかもほら、可愛い人ばかりだし」
「でもあたし一人とか恥ずいじゃん」
じゃあやるなよ、とは言えなかった。
その後、一人のメイドさんが複数の写真が貼られたパネルを持ってきた。
どうやらこの中から一緒にチェキを撮るメイドさんを選ぶらしいが、ぶっちゃけ誰でもいい。
宮村さんが選んだあとに適当に選ぼうと待っていると、宮村さんが驚いたような声を上げる。
「……店内ですよ」
「ご、ごめん。でもこれ見てよ」
宮村さんがそのパネルを見せてくる。彼女が指差す写真を見て、僕も思わず声を上げそうになる。
が、なんとか堪えてもう一度写真に視線を落とす。
「これ、萌だよね?」
「……そう、ですかね」
曖昧に返しながらも、それが五十嵐さんであることは僕が見ても明白だった。
名前も『萌』だし、普通にどこからどう見ても五十嵐さんだ。
「え、ここで働いてるってこと?」
「そうなりますね」
「指名しよ」
「いやいや!」
それはさすがにダメだろと思い止めようとしたが、もちろん僕の言うことなど聞いてくれるはずもなく、指名は終わった。
宮村さんは、あろうことか僕の指名も五十嵐さんにしてしまったのだ。確実に怒られるだろ。
「……」
そして、やってくるメイドさん。もとい五十嵐さん。
無言の圧力が凄い。
指名したのは宮村さんなんだから彼女が何か言うだろうと思っていると、五十嵐さんの迫力に萎縮して言葉を失っている。
「あ、あの」
「……?」
五十嵐さんは未だ眉間にシワを寄せながら首を傾げる。彼女のこんな顔はこれまで見たことがない。
宮村さんの萎縮の仕方からしてもともとこんな顔はしないのだろう。
「メイド喫茶で働いていたんですね。驚きましたよ」
「……なんでさなちとまるいが二人でこんなところにいるのかなー?」
綾瀬さんに頼まれてあなたを尾行したところ、ここに辿り着きました。なんて口が裂けても言えない。
何とか誤魔化さないと。
「えっと、ですね、宮村さんがメイド喫茶に興味があったみたいで、僕が案内することになったんです。ね?」
「う、うん……」
表情固いまま頷く。視線は向こうを向いていて、冷や汗的なものをかいていて、明らかに動揺してるのが分かる。
嘘下手か。
「さなちのこのリアクションは嘘をついているときのものなんだよー? 私を欺くなら嘘つく練習してからにしないと」
「あ、はは」
だって知らなかったんだもん。
これはもうどうしようもないな。正直に話そう。多分綾瀬さんからも怒られるけどもういいや。
この空気が辛い。
ということで、僕は全てを話した。
終始無言で聞いていた五十嵐さんだったが、全て聞き終えたところで小さく溜息をつく。
「……隠してたのは悪かったけど、こんなの言えないでしょ」
ぼそぼそと喋る五十嵐さんは頬を赤くして照れている。今日はなんだか彼女の知らない顔をよく見る日だな。
「えー、そんなことないよ。めちゃ可愛いじゃん。ね?」
僕に同意を求めないでください。僕に可愛いとか言われてもキモいだけなんだから。
「まあ、そですね。よくお似合いかと」
「……まるいに言われても嬉しくないけど、まあ一応受け取っておくよー」
「どうも」
これで綾瀬さんの依頼も完了だろう。そうと決まればさっさと退散した方が五十嵐さんもやりやすいだろう。
いつまでも知り合いがいたんじゃ、メイドの仕事もやりにくいだろうし。
「それじゃあ宮村さん、そろそろ」
「あ、そうだね」
どうやら僕の言わんとしていることを察してくれたようだ。五十嵐さんも僅かにだけど安心したように表情を緩めた。
「チェキだよね!」
きらきらした瞳をしながら、宮村さんが言う。
「は?」
「え?」
そのあとめちゃくちゃ怒られた。
なぜか僕が。
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