第6話 僕と中学時代の①


 朝に登校してから夕方に下校するまでの間で、僕がどれだけの時間、綾瀬グループと一緒にいるのかというと、実はそこまで長くはない。


 登校するのは僕が先であることがほとんどで、挨拶を交わすわけでもなく朝は終わる。

 最近は宮村さんは軽く手を振ってくれたりするのだけれど、どうリアクションしていいのか分からずぺこりと頭を下げるしかない。


 授業と授業の合間の休憩時間も基本的には三人で雑談していることが多く、そこに僕が入ることはほぼない。


 昼休みに教室でお昼を食べ終わった場合に、僕のパシリが発動する。

 名前を呼ばれると僕はすぐさま綾瀬さんの前に移動し注文を承る。もうそこら辺のファミレスより手早く注文を受ける。


 パシリがあった日は、商品をお届け後に軽い雑談があったりする。

 そうでなくても、最近は宮村さんや五十嵐さんがたまに話してくれる。


 ただのパシリであることに変わりはないが、少しだけ僕の日常は変化しているように思えた。


 なので、というわけでもないが。


「……」


「……」


 意外と綾瀬さんと二人きりというシチュエーションはなかったりする。

 グループ内でも、綾瀬さんは特に僕のことをパシリとしか見ていない。奴隷と会話する主人がいないように、綾瀬さんも僕と雑談はしない。


 そこまで割り切られるとこちらとしても楽なので、気にしていなかったのだれけど。


 現在。

 僕と綾瀬さんは学食で向かい合って座っている。周りはざわざわと楽しげに会話をしている中、僕らの空気はどこか重たく感じる。


 綾瀬さんが終始不機嫌なオーラを漂わせているからだ。


 昼休みにラインで突然呼び出され、いつものようにパシリかなと思って学食に来たら綾瀬さん一人しかいなくて、理由も告げられないまま前に座らされた。


 そして今に至る。


 僕が切り出さないといけないのか?

 でもずっとこのままだと気まずいし辛い。もうたまらなく帰りたい。


「あの」


 声をかけると睨まれた。

 じゃあどうしろと言うんだ。綾瀬さんに限ってという話ではないが、ただ僕と一緒にいたかったというような甘々ラブコメ理由はありえないし。


「……何か食べる?」


「へ?」


 急にどうしたんだろう。綾瀬さんの突然の提案に僕は間抜けな声を漏らす。


「あ、いや、大丈夫ですけど、どうかしたんですか?」


 奢ることはあれど奢られることなんてこれまで一度だってなかった。この先もずっとないと思っていただけに、今のは驚いた。


 怖いので遠慮しておいた。


「……一つ、頼み事がしたくて」


「はあ」


 頼み事ならいつもしてるのに、こんな改まって言われるとちょっと怖い。高額商品でもねだられるのか? さすがの僕もそこまでの財力はないぞ。


「萌、いるじゃん」


「はい」


 五十嵐さんのことだ。


「これまでも放課後の誘いを断ることはあったんだけど、最近それがやけに多くてさ」


 五十嵐さんも言ってたな。いつでも一緒にいるわけじゃないって。


「なんかあったのかなーみたいな」


「……そういう気分、とかではなくてですか?」


「そういうのとはちょっと違うんだよ。なんていうか、雰囲気とかが」


 部外者である僕には分からない微々たる違いがあるのかな。


「えっと、それで頼み事というのは?」


「今日、ちょっとあの子を尾行して」


 いや、僕は探偵か。

 彼氏か何かかな? 様子がおかしいから尾行して理由を探れとか、結構束縛強めの彼氏がすることだよ。


「尾行、ですか?」


「そ。ちょうど誘い入れたらいつもの感じで断ってきたから。今日後をつければ理由が分かるかもしれない」


「でも、もしかしたら知られたくないことかも」


 わざわざ秘密にしているくらいだし。言っていいことなら隠さないだろう。


「そうかもしれないけど。でも何か危ない目に遭ってるかもしれないじゃん」


「危ない目?」


「そうだよ。例えば他校の男子に弱み握られてるとか、変な事件に巻き込まれてるとか」


 そんなドラマみたいなことが現実で、しかも身近で起こっているとは思えない。


 しかし、綾瀬さんの表情や声色が冗談で言っているわけではないことを伝えてくる。


 本気なのか。


「もしそうなら、どうするんですか?」


「当然、助ける」


 即答だった。

 友達の為なら迷わず危険に飛び込むつもりらしい。


 それで何か奢ってくれようとしたのか。

 綾瀬さんのパシリは校内で、それも迷惑にならない程度とちゃんと考えられている。


 今回のこの頼み事は放課後、つまり僕のプライベートタイムを使うことになる。


 少しばかりかもしれないが、申し訳なさを感じてくれるらしい。


 見た目に反して、優しい一面もあるようだ。


「……分かりました。どこまでできるか分かりませんが、できるだけのことをしてみます」


 僕がそう言うと、綾瀬さんはちらと僕の方を見て、また別の方へ視線を移した。

 小さく「そか」と呟いた綾瀬さんは立ち上がる。


「なんかあったら、連絡して」


「はい」


 しかし、尾行か。

 人生において誰かの後をつけたことなんて一度もないから上手くできる自信はない。


 でも、この持ち前の地味さは尾行には持ってこいかもしれないな。僕の知られざる才能が開花する可能性すらある。


 話も終わり、僕と綾瀬さんが教室に戻ると宮村さんと五十嵐さんが楽しそうに談笑していた。


 こちらに気づいたのは宮村さんで、僕と綾瀬さんという組み合わせに驚いた顔をする。


 そして。


「絵梨花と何話してたの!?」


 と、詰め寄ってきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る