第一章
第4話 僕と綾瀬グループ
「マルオ、あーしレモンティー」
「うす」
「じゃあ、私はミルクティーで」
「うす」
文化祭が終わると僕のパシリ生活も元通りだ。教室でラノベを読んでいたところ、目の前に現れた綾瀬さんは理不尽にも突然の注文を投げかけてくる。
それでも僕は嫌な顔一つせずに頷くだけだ。僕レベルのパシリになると、それくらいもはや造作もないことです。
「宮村さんは?」
相変わらず注文の遅い優柔不断な宮村さんに尋ねると、少し悩んでいるような素振りを見せたあと、ゆっくりと首を横に振る。
「喉乾いてないから、今日はいいかな」
作り笑いだろうなあ、という無理やりな笑顔を僕に向けながら宮村さんは言った。
「え、いいんですか? 別に飲み物じゃなくても、パンとかでもいいですよ?」
「パシられてる側の発言じゃなくない?」
確かにそうだ。
注文されるのが当たり前だったから急にされなくなると不安になっていた。
呆れたような宮村さんのツッコミで我に返った僕は二人の飲み物を買うべく教室を出る。
ちなみに、今はちゃんと昼休みである。授業中とかに無理やり買いに行かせるとか、買い物が校外にまで及ぶとか、そういう理不尽を振り回すようなことはしてこないのが、綾瀬グループのいいところだ。
いや、別にいいところではない。
廊下を歩いていると、後ろからダンダンとこちらに駆け寄ってくる足音がする。
僕のところへ来ているのではなかったとしても、近づいてくる足音は普通に怖いし正体が気になる。なので振り返る。
「丸井!」
僕に用事のある人だった。
揺れる茶髪のミドルヘア。胸元のボタンは空いていて、リボンも僅かに緩められている。
ギャル特有のスカートの短さとハイソックスのコンボにより絶対領域が発生している。
つまり、宮村さんだ。
「宮村さん。どうかしました?」
走って追いかけてきたのか、ぜえぜえと少し息を荒らげている。追いついたところで、呼吸を整え顔を上げた。
「あ、やっぱり何か飲みます?」
「そうじゃなくて」
違うのか。
宮村さんは何かを言いたげにしながらも、それを口にはしない。文化祭が終わった頃から時折そういうシーンに遭遇した。
そのどれもが最終的に「やっぱりなんでもない」という言葉で締め括られ、僕の中にもやもやだけを残すのだ。
その度に、僕は何かやらかしただろうかと自分の行動を省みるのだけれど、心当たりがなさすぎる。
「……あたしも行くわ」
「あ、はい」
なんでだろう。
気になったけど訊けなかった。
宮村さんはスラッとしているので並んで歩くと僕の低身長が目立つ。女子と同じくらいの背丈とかどうなんだ。
綾瀬さんに至っては僕よりも高い。くびれがあって出ているところは出ているので完璧なモデル体型だ。
「ねえ、丸井」
暫しの沈黙に怯えていると、宮村さんが話し始めてくれた。もしかしたら気を遣ってくれたのかも。
「はい?」
「なんでさ、絵梨花の言うこときいてるの?」
真顔なので、わりと真面目な話なんだろうと察した。言われて、僕は少しだけ考える。
「なんでと言われても、お願いされるからとしか」
「嫌ならさ、断ればよくない?」
「まあ、そうなんですけど」
いいたい事は分かる。
パシリなんて誰も好んではやらない。そういうポジションにいるのはカースト下位の下っ端かいじめられっ子か後輩がやるものだ。
マイナスなイメージはあれど、どう転んでもプラスの方向には働かない。
だから、いつまでもへこへこ言うことをきいている僕のことを不思議に思っているのかも。
言おうとしていたのはこれなのかな?
「もしかしたら、そこまで嫌だとは思ってないのかもしれないです」
これに関しては誤魔化したりもできそうにないので思ったことをそのまま口にした。
僕でさえ、まだ曖昧にしか意識できていないのだ。
「……それはそれでどうなの?」
引いたように言った宮村さんだけど、声は少し心配してくれているように聞こえた。
「何ていうか、僕は入学してからこれまで友達も作れずに誰とも喋れない高校生活を過ごしていました。でも、今は綾瀬さんや宮村さんが話してくれています。それがパシリっていう条件で成り立っている関係なら、それでもいいかなって。今から友達作れるとも思えませんし」
友達同士は対等な関係である。
それに対し、パシリは対等なんて関係では成り立たない。そこにあるのは上下関係だけだ。
僕の求めるものはきっとここにはない。でも、また一人に戻るくらいならば、今はまだパシリでも構わない。
そう思っている。
そんな話をしている間に自動販売機に到着する。僕はお金を入れてレモンティーとミルクティーを買って、そのあとにオレンジジュースのボタンを押した。
「これ」
「え、なんで?」
「何となくです。喉が乾いたら飲んでください」
「あたし、いらないって言ったのに」
「僕ができることはこれくらいしかないので。ジュースが冷えると怒られるので、戻りましょうか」
宮村さんが納得のいく答えを僕は出せたのだろうか。でも、さっき以上のことは言えない。
あれが今のところ僕が抱いている本心の全てだから。
「ありがと」
「はい」
教室に戻ろうと歩き始めた僕のブレザーの裾を宮村さんが掴んだ。この行動は漫画的には絶好の萌シチュである。
されている相手が僕じゃなければなあ。
「それと」
恥ずかしそうに口を噤む宮村さんはきょろきょろと視線を動かし、ようやくその瞳が僕を捉える。
微かに揺れる瞳が、彼女の緊張を伝えてきているような気がした。
「この前……」
「この前?」
「文化祭のとき。助けてくれて、ありがと」
「あ、ああ。いえ、全然です」
それだったのか。
ずっと何か言いたそうにしていた理由は。一週間くらい経つし、タイミングを失っていたんだろうな。
それでもちゃんと言おうとするなんて、律儀な人だ。
「戻りましょう」
「うん」
いつもは後ろから見ていることの多い宮村さんの背中は、横にいるともちろん見えない。
隣に人がいるというのは、何だか不思議な光景だった。
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