悲しみ。そして、憎しみ

「新庄が本当は女の子だってことは知ってるんだよ。私が新庄の体に触っても新庄は抵抗しないからな。でも、新庄はそれを隠そうとする。自分一人で抱え込もうとする。それはなぜだと思う? それはな、新庄は自分が実は女であるということを知られたくないからだ。なぜなら新庄が男として振舞っている理由はそこにあるからだ。自分は男が好きだと、そういうことにしておけば、新庄は自分の秘密を隠して生活することができる。新庄は女の子であることを知られたくなかった。そのために新庄は男であろうとしていた。なのに……」

月詠は言う。

「新庄が本当に好きなのは、佐山先輩だった。あの人のために新庄は男の子になろうとしていた。だが、新庄の本当の気持ちがどこにあったのか、それは誰にもわからない。新庄自身にもだ。新庄はそのことを無意識に自覚している。そして、だからこそ新庄は自分が本当は女であることを隠すようになった。あの人の前では強く立派な男を演じようとした。しかし、新庄はあの人が大好きだった。あの人と触れ合いたかった。あの人に振り向いてもらいたかった。新庄はあの人の前では強い自分でいたかった。あの人は新庄にとって憧れの存在だった。あの人のようになりたいと新庄は思っていた。そんな時だ。新庄は佐山先輩と出会った。新庄は先輩に憧れた。そして、新庄は思った。ああ、自分もこんな風になりたい、あんな風に振るまいたい、そうすればきっと、先輩は自分のことを好きになってくれるはずだ……新庄は考えた。どうしたら先輩は僕のことをちゃんと見てくれるようになるだろう? 先輩が僕に興味を持ってくれるには? そこで新庄は思いついた。そうだ、僕が男らしくなれば良いんだ。僕は男になるんだ。それで先輩を振り向かせよう。新庄は決心した。新庄は努力した。体を鍛えた。髪を短く切った。そして、新庄は変わった。変わろうとした。新庄の体は引き締まった。胸はなくなった。声は高くなった。そして、新庄は自分が女だということを忘れていった」

月詠の声は淡々としたものになっていた。ただ、その言葉の端々からは感情が漏れ出ていた。怒りと悲しみ。そして、憎しみ。

月詠は新庄の顔を見つめる。

「私は新庄のことが好きだ。新庄の体に触れれば新庄の体の震えが伝わってくる。新庄の息遣いが聞こえる。新庄の体温を感じる。新庄の匂いをかぐことができる。新庄が私のことをどう思っているかなんて関係ない。新庄は確かに男だけど、同時に間違いなく女の子でもある。それが新庄だ。私はそんな新庄のことを心の底から愛しく思う。新庄は誰よりも可愛くて美しい。私は本気で新庄を愛してる。この思いは絶対に変わらない」

月詠は目を閉じた。そして、再び開く。その目が見たものは、

「新庄、教えてあげるよ。新庄が本当はどういう人間なのか、それをさ」

「あ……うぁ……」

新庄は小さくうめきながら首を横に振った。だが、それでも月詠は言う。

「新庄が佐山先輩に恋い焦がれている間、新庄はずっと苦しんでいた。自分が女の子であるという事を忘れようとしていた。それは間違いないね?」

「ち、違うよ……! 僕は……」

「違わないんだよ!」

月詠は新庄を睨む。

「じゃあお前はなんなんだ!? お前は何者だ? 言ってみろ!!」

「ぼ、僕は男だよ……」

月詠は首を振る。

「嘘つけ。新庄、よく考えてみるんだ。今、お前は佐山先輩に抱かれている。新庄は男だから、女の子の格好をした新庄は、当然のことだが、女の子を抱く立場にある。でも、今は逆だ。新庄が女の子の格好をして、女の子の服を着て、女の子として佐山に抱き締められている。それっておかしいことじゃないか? お前が本当に男なら、そんなことは起こらないはずなんだよ」

「そ……んなこと、言われても……」

「いいや、あるよ。絶対にある。だって、お前が男であるならば、女の子が男に抱かれるという事はありえないことだからな」

「…………」

「新庄が女の子であることを隠していた理由も、同じだよ。新庄が男であるなら、女の子として振る舞う必要はないからな。でも、新庄が女の子であることを隠そうとする理由は一つしかない。それは新庄が女の子だからだ。男ではないからだ。そうじゃないのか? 新庄が本当に男であったら、わざわざ自分を男だと偽る必要などないはずだ。女であることが恥ずかしいと、そういうわけでもないんだろう? だったら、どうして男装していたのか。それは男の方が自分に都合が良いと思っていたからだろう? 新庄は女の子であることを隠しておきたかった。だが、その願いとは裏腹に、新庄は自分が女であることを隠すために、男であろうとし続けていた。違いないか?」

「……」

新庄は答えられなかった。月詠の言葉が正しいような気がする。けれど、認めたくなかった。

自分は男なのだ。男でなければならないのだ。でなければ、今までの自分の全てが否定されてしまう。

新庄は歯を食い縛った。そして、叫ぶ。

「違う! 僕が男であることは本当だ。それに、僕は女の子なんかじゃない! 男としてのプライドもある。僕は男だ!! 女扱いしないでくれ!!」

新庄は叫んだ。そして、自分を見下ろす月詠を見上げる。

月詠の目は冷たかった。

月詠はゆっくりと右手を上げると、そのまま新庄の首を掴んだ。

新庄は目を大きく見開き、 息が詰まった。

首を掴まれたまま新庄は床に押し倒される。

新庄の顔のすぐ脇に、月詠は自分の顔を持ってくる。そして、その口を開いた。

「認めろよ」

月詠は告げた。

「新庄、お前は男じゃない。女の子だ。新庄は可愛いよ。綺麗だよ。素敵だよ。新庄は私にとって最高の恋人だよ。私は新庄を愛してる。だから―――」

月詠は新庄の顔の横に手をつくと、その耳元へ囁いた。

「――お前の秘密は全部知ってるぞ」

○ 佐山は新庄と共に月詠の部屋にいた。

月詠は部屋のドアを閉めるなり、佐山達に背を向けた。

その背中を見ながら佐山は問う。

「どうした月詠君? 何かあったのか?」

月詠は振り向かない。だが、その肩は震えていた。

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