花舞い散るドラゴンのミートパイ
月城 友麻 (deep child)
1.灼熱のドラゴンブレス
「ねぇ……、まだぁ……」
広く気持ちのいいオフィスのソファーで、銀髪のかわいい幼女【ツァル】はプクプクのほっぺたを膨らませ、絵本を読んでくれているママに不平をこぼす。ママは奥の会議スペースでパパたちが激論を交わし、紛糾しているのを眺め、ふぅとため息をつきながら言った。
「まだ……、かかりそうねぇ……」
「つまんない……」
ローテーブルに身を投げ出し、眉をひそめ、クリクリの瞳で訴えるツァル。
「だからお家で待って居ようって言ったのよ」
ママはいさめるが、
「やだぁ! お腹すいた――――!」
そういいながらテーブルからずり落ちていくツァル。
「ツァル! いい子にしてないとメッ! よ!」
「お腹すいた――――!」
ついには床に転がってわめきだすツァル。
ママは鬼のような形相でツァルをにらむが、ツァルはもう言うことなんて聞かない。
「やだぁ! お腹すいた――――!」
「さっき、おやつあげたわよ! いい加減にしなさい!」
ママはツァルを捕まえ、抱き上げたが、ツァルはエビぞりになってわめく。
「いやぁ! ママきらい――――!」
「悪い子! メッ!」
ママが怒った時だった。
ボン!
幼女は爆発し、ドラゴンの幼生となって巨大化した。そう、ツァルはドラゴンだったのだ。
いきなり数トンの重さになって、さすがのママもバランスを崩してしまう。
ズーン!
きゃぁ!
ママはツァルごと倒れ、ツァルはオフィスを壊しながらゴロゴロと転がった。キャビネットがひしゃげ、観葉植物は粉砕され、デスクはぺちゃんこになった。
うわぁぁん!
ドラゴンの鳴き声がオフィス中にこだまし、スタッフのみんなが苦笑しながら集まってくる。
「おやおや、どうしたんだい?」
アラサーの優しそうな男性【誠】があおむけに転がっているツァルをゆっくりと抱き起し、頭を撫でた。
「ママがいじめるの!」
ツァルは涙をポロポロとこぼしながら訴える。
「す、すみません! 連れて帰ります」
ママが腰をさすりながらやってきて謝った。
「やだぁ! お腹すいたの!」
ツァルは手足をバタバタさせキャビネットをけり倒した。
「あ――――っ! ツァル! 駄目だぞ! ママと帰ってなさい!」
パパが急いでやってきていさめるが、
「お腹すいた!」
と、わめいてさらに暴れる。
「よーし、じゃ、おじさんが美味しいもの作ってやろう!」
誠はニコニコしながらツァルの涙をハンカチで優しくぬぐってあげた。
「えっ! そんな、誠さんにそんなことお願いできないですよ!」
焦るパパだったが、誠は、
「大丈夫、会議も煮詰まってるみたいだし、この辺で一旦ブレイクしよう」
と、ニコッと笑った。
そして指先をツーっと縦に動かし、空間に切れ目を入れると、両手でぐっと押し広げた。
見るとそこには一面のお花畑が広がっていた。
「うわぁ!」
ツァルはその風景を見ると、つぶらな瞳をキラキラと光らせ、
ボン!
と、爆発して人間に戻って空間の切れ目に飛び込んだ。
澄みとおる青い空にはぽっかりと綿あめのような雲が浮かび、さわやかな風が赤や黄色に咲き誇る花々を穏やかに揺らし、ウェーブを描いている。
ツァルは両手を高々と掲げ、
「うわぁい!」
と満面の笑みで叫んだ。
「いろんなお花を摘んでごらん。それを使って料理してあげるよ」
「うん!」
ツァルはお花畑に分け入ると、大きな赤い花を見つけ、そっと匂いをかいでみる。そして、その甘くかぐわしい香りにうっとりとすると、満足そうにプチっと摘んだ。
さらに青、黄色、多彩な色の大小さまざまな花を摘んでいった。
◇
「あいー!」
両手いっぱいの花を摘んできたツァルは、得意満面で誠に渡す。
「おぉ、たくさん摘んだね――――!」
誠は嬉しそうに受け取ると、花畑に用意しておいた大きなテーブルの上に広げた。
「おぉ、これはグレート・ロ-ズマリー、肉料理には欠かせないな。それから……、これはブライト・ローレル、ローリエの代わりになるね」
誠はツァルに見せながら花を選定していく。ポップスター、リナリア、ナデシコ、キンギョソウ、バラ辺りはそのまま食べてもおいしそうだ。
「それじゃ、料理していくぞ!」
誠は袖をまくった。
「やったぁ!」
ツァルは大喜びで両手を上げる。
パパママはお互い顔を見合わせ、ヒヤヒヤしながら後ろで様子を見ていた。
「さーて、何肉にしようかな? ツァルちゃんは何が好き?」
「分かんない! おいしいお肉!」
ツァルはニコニコして答える。
「一番おいしいのはそりゃドラゴンの……」
と、言いかけて誠はハッとする。
「ドラゴン?」
首をかしげるツァル。
「あー、オホン! 和牛にしよう!」
誠はごまかすと、空間の割れ目から和牛のブロックを取り出し、空中に放り投げた。そして、腕をブンと振って、緑色に光る空気の刃を無数放った。
ボスボスボス……。
ブロック肉はたちまち粗ミンチになって降ってくる。
パチパチパチ!
「わぁ! すごぉい!」
ツァルは目をキラキラと輝かせながら拍手をする。
誠はニコッと笑いかけながら落ちてくる粗切りビーフを大きなボールで受け止める。そして、そこにさっき採ったハーブの花と調味料を混ぜてもみ込んだ。
続いて、巨大なフライパンを出し、オリーブオイルと潰したにんにくを入れると、誠はツァルの前に出した。
「よーし、それじゃツァルちゃん、火を吹いて」
ツァルはつぶらな瞳でキョトンとして、
「火、出すの?」
と、首をかしげながら聞いた。
「そうそう、ぼぅっとね」
誠はニコッと笑っていった。
「分かった!」
ツァルは嬉しそうに言うと思い切り息を吸い込み……、渾身の力を込めてドラゴンブレスを放った。
ゴォォォォォ!
吐き出された灼熱の炎は、フライパンをあっという間に溶かし、吹き飛ばした。
アチャチャチャ!
思わず慌てる誠。
「なんだこのドラゴンブレスは!?」
思わず青ざめる誠。大人のドラゴンだってここまでの威力はない。誠はツァルの秘めたる力に思わずぞっとした。
「ツァルちゃん! やりすぎよ!」
ママが駆け寄ってきて制止する。
口から煙を立ち昇らせながらツァルはキョトンとする。
「やりすぎ?」
「こうやるのよ」
ママはそう言うと、口をすぼめてそっと炎を吹いた。
「ふーん、ツァルもやってみる!」
ツァルはそう言って何度か練習をした。
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