第二十二話 最終生 憎悪
「ジュナイン、エリシアちゃんとワイト君が迎えに来てるわよ」
「はーい」
ジュナインは出かける支度を整え、外に出た。エリシアとワイトが手を振る。傍から見れば姉弟の様だ。
「なんだか僕、緊張して眠れなかったよ」
そういうワイトに、エリシアは苦笑いする。
「ワイトの戴冠式じゃないのよ?ワイトってそういうところあるわよね、緊張が映っちゃうところ」
「エリーなんて寝坊寸前だったくせに」
「ちょっと、そういうこと言わないでよ!」
「なるほど、だから寝癖が付いたままなのか!」
「へ!うそ!」
ジュナインに指摘され、エリシアは手櫛で髪を整える。ジュナインとワイトが目を見合わせて笑った。
「そういえばワイト、今年も試験受けるのか?」
「うん」
ジュナインが言う試験とは、兵士になるための試験である。昨年、突如ワイトは兵士になると言い出したのだ。年に一度の試験。去年は落ちてしまった。
「ラティスさんにアドバイスもらったり、剣の相手してもらったお陰で、去年よりは自信が着いたよ」
「ラティスさん、結構熱心よね。ワイトのこと気に入ってるみたい」
「ラティスさんも国民から兵士になったからね、応援したいって言ってくれた」
「しかしワイトが兵士ねぇ。以外だったなぁ、ずっとうちの農園で働いてくれてたらいいのに」
エリシアがため息をつく。
ワイトはこの一年で随分体格が良くなった。エリシアより低かった身長も、気づけば彼女と横並びになっている。
「なぁワイト、前から思ってたんだが、なんで急に心変わりしたんだ?」
ジュナインが尋ねると、うぅんとワイトは唸った。
「これと言って理由はないんだ。でも、どうにかして強くなりたいって思ったんだよ。今のままじゃダメだって」
「ま、長く生きてりゃ、男にはそういう時あるよな」
「あんたもワイトも18年しか生きてないでしょ」
エリシアが鋭い突っ込みを入れる。
戴冠式を3人で眺める。
オキシオの話では、この戴冠式が“何か”が起こるきっかけになることが多々あったという。何も起きずに終わればよいのだが…。
「ねぇ、ジュナイン、ワイト」
戴冠式の最中、エリシアが二人に小声で声を掛けた。
「この後さ、雑貨や行こうよ、で、それぞれ誕生日プレゼントかって、交換しよ」
「えー」
ジュナインが面倒くさそうに言うが、ワイトは以外にも興味津々だ。
「いいね、楽しそう」
「でしょ?」
「俺は誕生日をゆっくり過ごしたいんだが」
「プレゼント買った後でゆっくり過ごせばいいじゃない。ね、ジュナイン」
可愛い顔で、ね、なんて言われたら…断れない。
「まぁ、別にいいけど」
「やった!何買おうかな」
エリシアも、ワイトも楽しそうだ。
「『傷の戦士』よ!私の元に集え!その力、国のために施行せよ!」
そう、楽しく話していた時、マティスの徴集が響き渡る。
「え?何?どういうこと?」
エリシアが困惑している。ワイトは黙ってマティスを見上げている。
周りがざわつく。ざわつく人混みをかき分けて、兵士がジュナイン達に近づいてくることに気が付いた。
ジュナインはエリシアとワイトの肩を抱き寄せる。
「ジュナイン?」
「ジュナイン、エリシア、ワイト、君たちが『傷の戦士』だな」
兵士の一人が尋ねる。野次馬がジュナイン達から距離を取り、様子をうかがっている。
自分たちが『傷の戦士』であることを知っている。マティスの号令と共に、捕縛する命を受けていたのだろう。逃げることは許されない。従うしかない。
ジュナインは、エリシアとワイトを守るように、ギュッと肩を抱きしめた。
ジュナイン達は兵士に連れられ、城内の一室に案内された。すでに日が傾生き、部屋はオレンジ色に染まっている。
部屋の中にはジュナイン、エリシア、ワイトしかいないものの、外には兵士が控えている。
「ねぇ…大丈夫よねジュナイン、何も起こらないわよね」
「大丈夫だエリシア」
ジュナインは震えるエリシアの肩を抱く。ワイトはエリシアの手を強く握って「大丈夫、大丈夫」と何度も唱えている、エリシアを励まし、自身の不安も取り除くように。
予想できたことではあった。マティスが『傷の戦士』を徴収した時、マティスの傍らに立ってたユーリィもオキシオも面を食らっていた。ユーリィもオキシオも、マティスからの信頼はとうに無くなっているのだろう。秘密を抱えると、こういったリスクが伴う。オキシオは、ユーリィがマティスの説得に成功したと言っていたが、信頼関係を築くには関係が浅すぎた。もっと何年も寄り添っていれば…。
…今はそれ以外に考えなければならないことがある。今から起こりうる事態だ。『傷の戦士』が集められた理由は、もちろんマティスによる犯人探しだろう。しかしジュナインは違和感を覚えている。本当にそれだけか?今までのオキシオの行動を鑑みれば、オキシオが犯人である予想はマティスにも可能だと思う。あの母親は犯人と息子以外に執着がないのだから、オキシオとだけ話せばいい。なぜ自分たちも徴集されたのか…。
この中に息子がいる可能性があり、保護するためか?
違う、それだけじゃない、刑事時代の感がそう叫んでいる。
この徴集には、別の悪意が、存在する。
ジュナイン達が身を寄せ合っていると、部屋の戸が開いた。ユーリィとオキシオ、ラティスがそこに立っていた。ユーリィのはうつむき、オキシオはジュナインを見て謝るよう小さく頭を下げた。
「いやー驚いたよ、陛下がこのような場を設けてくださるとは、久しぶりだねジュナイン、エリシア、ワイト」
空気の重さに全く動じないラティスが楽し気に声を掛ける。ワイトは少し緊張の糸がほどけたのか、穏やかな表情になる。
「こんにちはラティスさん」
「しばらくしたら陛下もお見えになるそうだ。それまで雑談でもしよう。なぁオキシオ、ユーリィ様」
「あ、あぁ…」
オキシオは返事をしたが、ユーリィは黙っている。二人の表情から察するに、やはりマティスの信頼を失っていたのだろう。
これからどうしたものか、とジュナインは考えを巡らせていた。
部屋にもう一人、女性が入ってくる。
「ウィズリーさん」
「久しぶりねエリシアさん」
ウィズリーがお盆を持ち、笑顔で『傷の戦士』に近づいてくる。
「陛下がお見えになるまで、皆さんの世話を仰せ使ったの。不自由なことがあったら何でも言ってね。茶菓子も持ってきたわ。どうぞお寛ぎください」
テーブルに茶菓子を綺麗に並べていく。
エリシアも肩の力が抜けた。ウィズリーが来たことで少しホッとしたようだった。
「びっくりしちゃった…突然お城に呼ばれるんだもん」
「そうよねエリシアさん。でもそんなに緊張しなくていいのよ?陛下は少しお話がしたいだけなの?それが終わったら家に帰れるわ」
「そうなんだ、それを聞いて安心した」
エリシアは茶菓子に手を伸ばす、クッキーを頬張り、美味しい!と言う。
「皆さんも召し上がって」
ワイトもおずおずと茶菓子に手を伸ばす、それ以外のメンバーは何も言わず、茶菓子に手を付けることもなかった。
気づけば外は真っ暗になっている。マティスが現れる様子はない。
「遅いな陛下、どうなさったのか」
「迎賓の方々へのご挨拶もありますし、遅れていらっしゃるのかも」
ラティスが言うと、すかさずウィズリーが答えた。
「そういえば、エリシアさん、前に行ってましたよね?あなたは前世の人の姿が見えると」
ウィズリーが突然話題を変える。
「はい」
「陛下から面白い話を拝聴いたしましたの。実は『傷の戦士』達は昔話に全く関係なくて、前世で起こったある事件に関わっていると…」
オキシオの額に冷や汗が浮かんだ。ユーリィとジュナインの表情が硬くなる。
「ある事件?」
エリシアが首をかしげる。
「えぇ、とある人物が、6人もの人を殺して、その人達を道連れに自殺するの。ここにいる皆さんは、その被害者、もしくは加害者なんですって」
「何よそれ」
エリシアとワイトの顔が真っ青になる。
「エリシアさん、あなたには見えているはずよ、その犯人の姿が」
ウィズリーが、笑っている。
「いやでも、私はその、前世の記憶がないから、姿が見えてたって、わからないじゃない」
「陛下には記憶がある。陛下にその犯人がどういった外見だったか聞けば…」
「そういう話はやめよう」
会話を遮ったのは、ラティスだった。
「君はその犯人をあぶりだして、何をしたいんだい?」
「恐ろしいでしょ?殺人犯がここにいるかもしれないのよ」
口にはしないが、殺してやると言わんばかりに、ウィズリーの視線は鋭い。
それを意に介さず、ラティスは続けた。
「前世だかなんだか知らないが、俺もエリシアも、他のみんなもそんな記憶はないんだ。記憶がない俺達にとって、ありもしない事実を突きつけられても、その犯人に対して思うことはない。むしろ、犯人事態に記憶がない可能性もある。それなら思い出さないようそっとしておく方がいい」
「前世とは言え、人を殺した罪は消えませんよ」
「そうかもしれない。けど思い出したくない、そっとしておいてほしい人だっている。誰しもが、自分を殺した犯人に復讐したいと思っているわけではない。もし陛下が、犯人を捜すつもりでこの場『傷の戦士』を集めたのなら、俺は言いたい「他人を巻き込むな」と」
「ラティス…」
オキシオがつぶやく。
「陛下がその犯人をどうしようと思っているかを問うつもりはない。もしその犯人が俺なら、この首、喜んで差し出す。でも他の誰かなら止める。ここいるものは皆、すでに大切な家族や友人が存在して、誰かのために生きている。その人達にとって前世のことは関係ない。大事なのは「前世」ではなく、「今」なんじゃないのか?」
ウィズリーは唇をかみしめた。
「大事な家族を失ったことがないから、そう言えるのよ…」
ウィズリーは拳を握り締める。
「大事な人を殺されてたことがないのよ!病気でも事故でもない!もっと長い時を一緒に生きられたはずなのに!それを奪われた人の気持ちなんて、あんたにはわからない!」
突然叫び出すウィズリーに、ラティス以外が驚愕する。
「わかるさ、俺は兵士としてそれを“奪ってきた”側の人間だ。殺してきた他国の兵士一人一人の命の重さ、今もこの手に感じているよ」
ラティスは手を握り締める。
「陛下には感謝している。戦争を終わらせてくれて。だから陛下に言いたい。例えそれが前世で自分を殺した殺人犯であったとしても殺してはならないと!許せとは言わない、忘れろとも言わない!罪を償えと言うならそうすればいい!でも命は奪ってはならない、いや、奪わせない!人を慮り、戦争を終わらせた陛下に、“憎悪”で人を殺させたりはしない!俺は知っている!ここにいる皆は、よく働きよく笑う、愛されるべき良き人であると。前世の“憎悪”で殺されて良い人は誰もいないと!」
ユーリィは口元を抑えた。目に涙が浮かんでいる。
私が、あの人に伝えたかった事…ラティスに前世の記憶がなくても、彼も同じ気持ちだった。なんの思惑もない彼が、もっと早くマティスとこの話をしていたら…。
ふふ、とウィズリーが笑う。
「その“憎悪”すら抱いたことのないあなたが…大したことを言うわ。あなたにはわからないのよ、自分の大切な人を殺した殺人犯が、のうのうと生きているという悔しさが、その犯人がまた人を殺すのではないかという恐怖が…」
言いながら、天井を見上げた。
「教えてあげる、その犯人が、誰なのかを!」
突如、部屋が真っ暗になる。
「きゃーー!」
「エリシア!ワイト!手を離すな!俺の傍にいろ!」
「うう、ううぅ」
「ユーリィ様!ご無事ですか!」
「ラティス、ここにいます、問題ありません、オキシオとウィズリーも無事ですか?」
「オキシオはここにおります。私も問題ありません」
「ウィズリー!返事をなさい!ウィズリー!」
ユーリィの呼びかけに、ウィズリーは答えない。
「あああぁぁぁぁぁぁ!!」
しばらくして、ウィズリーの叫び声が聞こえた。
パっと部屋が明るくなった。
「何の騒ぎだ」
そう言って現れたのは、マティスだ。
ジュナインとエリシアとワイトは身を寄せ合っている。
ラティスはユーリィの前に立っている。
オキシオの目の前には、血を流すウィズリーがいた。
「ウィズリー!どうした!何があった!」
「うるさい!触るな!殺人犯が!」
オキシオが差し出した手を、ウィズリーが振り払った。
振り払ったその左手には、ナイフが刺さっている。
「それは!」
「陛下!ご覧ください!やはりこいつが殺人犯でした!私とあなたの予測通りです!オキシオ!あなたは私が犯人が誰か指摘しようとした。だから殺そうとしましたね!」
オキシオの顔が真っ青になる。力なくその場に膝をついた。
「ちが…」
「ねぇエリシアさん。教えてくれるわよね…前世で大勢殺し、今私を殺そうとした、殺人犯の姿を!オキシオの前世の姿を!」
呼ばれたエリシアの肩が震える。
「エリシアさん!答えて!」
「あ、小太りの、中年の男が見える」
「ユーリィ様、エリシアさんの答えに嘘はありませんね」
ユーリィは目を背ける。答えないユーリィを気にする様子もなく、ウィズリーは叫ぶ。
「陛下が以前おっしゃっていた外見と一致する。はやりオキシオ、お前が犯人なんだ!陛下!この男に処罰を!」
マティスが部屋に入ってくる。ゆっくりとオキシオに近づく。
「オキシオ」
「は、い」
「よくも今まで俺を欺いてくれたな」
マティスが剣を抜く。
「言いたいことはあるか?」
「ございません…」
ダメだ、マティスが抱える憎悪を、消すことは出来ない。
いや、きっと大丈夫だ。ここで自分が死んでも、皆どうにかなる。ユーリィとラティスがジュナイン達を守ってくれる。そうだ、自分一人が死ぬなら、それでいい。
この話は、ここで終わりだ。
マティスが剣を振り上げた。
「お待ちください陛下!」
その間に割って入ったのは、ラティスだ。
「ラティス…」
マティスがラティスを睨みつけるが、彼は動じない。
「気づいておりました。陛下がずっと部屋の外で様子をうかがっているのを、電気を消したのも陛下です。【ロックオン】でウィズリーを監視していました。彼女は自ら左手を傷つけるのが見えました。全てオキシオを処刑するために仕組んだことですね」
マティスが目を細める。
「私の言葉を全て聞いてくださっていたでしょう。あなたの心に迷いが生じたのでしょう?だからオキシオにすぐその剣を振り下ろさず、「言いたいことはあるか?」と問うたのではないですか?」
マティスが、ゆっくりと剣を下ろす。
「いえ、今しがたの話ではないでしょう。ずっと迷っていたのではないですか?オキシオを殺すことを。今を生きる彼の働きを、あなたは傍で見てきた。戦場で多いに活躍したのはもちろん、薬草の輸入と栽培にも着手してきました。そのおかげで、怪我をした兵士や病気を患った国民、産後、痛みに苦しむ妊婦が救われ、楽になったと言う声は、私にも届いています」
「陛下!ラティスの言葉に惑わされてはなりません!」
ウィズリーが叫ぶ。
「ウィズリー!君はどうしてそうもオキシオを、いや、殺人犯を憎む!どうして陛下にオキシオを殺させようとする!」
ラティスがウィズリーを見る。
「君も、誰か大事な人を殺された。殺人犯なら殺していいと、君も思いたかったんじゃないのか!それに陛下を巻き込むな!陛下はもうわかっていらっしゃる!自身の気持ちに!“憎悪”はあっても犯人を殺す気などないことに!」
「うるさいうるさいうるさい!くそ!」
ウィズリーが左手のナイフを抜く。そして、ジュナインを睨んだ。
「な、に…」
ジュナインが身を引く。
「私が10歳の頃、母親が落石事故で死んだ」
ジュナインの心臓が跳ねあがる。
「母親は、運び屋の男に誘われて一緒に荷台に乗っていた。近くに自分の妻がいるにも関わらず、堂々と浮気していたらしい。そんな女でも、私には優しい母親だった。でも死んだ。落石事故で。生き残ったのは、左手に傷のある子どもだけだった」
そうか、とジュナインは納得した、ウィズリーの、自身に向けられた狂気が、違和感の正体だったのか。
「私の父親は貴族だけど、私は妾の子だった。その事故後、私がどうなったかわかる?義母に散々な言葉を毎日投げかけられ、殴られ蹴られ、父親は不干渉。ねぇ、お金がなくても、私は母親と幸せな時間を過ごしていた。その幸せは奪われ、地獄に落ちた私の気持ち、誰にもわからないでしょうね」
ウィズリーがジュナインに一歩、近づいた。
「義母から逃げるために女中になった。そして陛下に近づいて、あの日の真相を聞いたの…前世の犯人探しを手伝う代わりに教えてほしいって。私は『傷の戦士』について内密に調べ逐一陛下に報告した。陛下も教えてくれた。あの落石事故は、生き残った10歳の子供の不手際の所為で出発が遅れ、事故が起きたと…。ねぇ、これって人殺しよね?その子がいなければ母親は生き延びた。けどその子だけが助かった。その子はオキシオに引き取られ、靴屋の子として幸せに生きてきた。そうでしょ?ジュナイン」
ジュナインが立ち上がる。エリシアが不安げにジュナインを見上げた。
「ねぇ、陛下がオキシオを殺人犯と言って殺すなら、私だってあなたを殺してもいいわよね」
「…あぁ、そうだね。これは、俺が君から受けるべき、罰だ」
ウィズリーが地面を蹴り、ジュナインに襲い掛かる。
ジュナインは、目を閉じた。
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