第九話 第一生
ジュナインがユーリィの私室に忍び込む数日前のことである。マティス、ユーリィ、エリシア、ラティスはひざを突き合わせて話していた。記憶を持たないラティスに、全てを打ち明けたのである。
ラティスは愕然と地面を見下ろしている。
「そんな…そのようなことが起こっているとも知らず…私は陛下の傍に…」
「気に病むな、口をつぐんでいたのは私の方だ。どうするラティス。お前も記憶を戻すか?」
マティスがラティスに手を伸ばす。一瞬、悩むようにその手を凝視したラティスであったが、彼はいいえ、とつぶやいた。
「マティス様達の話が嘘とは思いません。むしろ、それが事実である方がオキシオの死を受け入れられます。それだけで十分です。今の私は、国王陛下をお守りする兵士です」
「そうか、わかった」
マティスは手を引いた。
「その話をこうして私に打ち明けてくださったと言うことは…ジュナインがワイト殺しの犯人であるとご推測なさっているのですね?」
そうだ、とマティスはうなずいた。
「そもそも、今ここで私が“ワイトを殺したのか”と質問すれば、おのずと答えは出てきますが、その必要はないでしょう?」
ユーリィが尋ねると、ラティスは力強く答えた。
「むろん、私はワイトを殺していません」
「嘘偽りありませんね」
「聞くまでもない」
ふん、とマティスは鼻を鳴らした。
続いてエリシアが言う。
「ジュナインの前世は初老の男だった。確かあの人、刑事だったよね?」
「私もそのように記憶しています」
ユーリィが答える。
「話の腰を折って申し訳ありません。刑事とは?」
「殺人事件とか窃盗とか、そういう犯罪を調べて犯人を捕まえる人のこと。ジュナインの前世はそういうお仕事してた人なの」
「ならばジュナインが人殺しなど…」
「いや、むしろ納得がいく。この国は“殺人事件”に関する資料が少なう上、前世の国ほど事件について調べる術をまだ持っていない。やつの【音を消せる】力を以てすれば、殺人も容易い。もし遺体が見つかっても、誰も探していないような人物の遺体ならそれ以上調査されることもない。運び屋だから、遺体を運ぶことも難なくできる。おそらく、こちらが把握している以上に、ジュナインは殺人を繰り返していると思う」
「しかし、ジュナインがワイト殺しの犯人と同一人物とは思えません。山中で見つかった遺体には犯人につながるものが一つもありませんでした。ジュナインの仕業である可能性は非常に高いと私も納得できますが…。ワイトは…っ…マティス様の腕の中にいました。遺体を隠し殺人を繰り返していたというのなら、あんなに大胆な犯行…真逆ではないですか」
「正直、その辺りに関してはわからないことも多い。しかし【音を消せる】スキルと、今までの殺人経験があれば、私の腕の中でワイトを殺すことも容易かっただろう。もしかしたら、『傷の戦士』が集められたことにより、ジュナインの中で何かが変わったのかもしれない」
「っていうか、最初からあいつはなーんか怪しかったというか、嫌らしかったというか、ねちっこかったというか…」
エリシアは思い出してため息をつく。
「どのみち、ここにいる者には全て、ワイト殺しの犯人ではないという確証が、私の目で得られています」
ユーリィは自分の目を指さした。
「ユーリィとも話したが。ワイト殺しの犯人は、この状況を楽しんでいるように感じる。やつはまた誰かを殺す。それだけは必ず阻止しなくてはならない…ラティス、お前の知恵も貸してほしい」
「もちろんでございます」
ラティスは右手を胸の前に添えた。
「ジュナインに直接尋問はしたのでしょうか?」
「それも考えましたが、ジュナインは頭の切れる男です。実際、私はジュナインに嘘一つ言われていませんが、それでも事件は起こった…。言葉を操り、私の尋問を難なく交わしてしまうと思うのです」
ユーリィが言うと、確かに、とラティスは頷いた。
「ならば、やはりおとり作戦が有効になるのでしょうか」
「私もそう思う」
マティスは即答する。
「次、ジュナインが狙うのは誰だと思う?」
「私は…女王陛下だと思います」
「私もそう思います」
ユーリィは頷く。
「ワイト殺しを楽しんでいたのであれば、やつはまた面白い状況を作りたがるはず。それは陛下の心を踏みにじることである可能性が高い」
マティスは奥歯をかみしめる。
「そうだ。だから私本人ではなく、ユーリィだと推測される」
「お任せください陛下。あの者を追い詰めるためなら、喜んでこの身を捧げましょう」
「いや、普通に危なくない?相手は大量殺人犯だよ」
「とても危険であることは間違いありません。しかしご安心ください女王陛下。私が、必ず女王陛下をお守りいたします」
ラティスが立ち上がり、ユーリィの前に膝をつく。
「…ラティス、あなたを信じて良いのですね」
「もちろん、この命を賭して、女王陛下をお守りいたします」
ラティスは首を垂れる。
「わかりました。この命、あなたに預けましょう」
「具体的にはどう守るの?」
エリシアが聞くと、ラティスが咳払いする。
「ジュナインの能力を鑑みれば、部屋の外での警護は意味がないでしょう。かといって部屋に私がいることが分かれば、女王陛下ではなく、陛下御本人、もしくはエリシアに標的を変えるかもしれません。ですので、私は、恐れながら、女王陛下のベッドに下に、一晩中潜んでいるのが一番良いと思うのです」
「えぇ!マジで言ってる?一晩中ベッドの下に潜んでるの!いや普通に考えてすごい大変だよ!本当にジュナインが犯人かわからないし!襲ってくるとも限らないんだよ!それ何日やると思ってるの!」
「確かに、女王陛下としては、ベッドの下に男が一晩中いると思われると、とても耐えがたい所業かと存じますが…ご安心ください。このラティス、陛下に誓って、女王陛下どころか、ベッドに指一本触れません。私は床だと思っていただいて結構です。むしろ床になります」
「いえ、私は構わないのですが…エリシアさんはあなたの心配をしているのだと思います」
「それはご安心を、オキシオと共に高め合ってまいりました。一晩気配を消すことなど造作もありません。…オキシオが今の生涯でなしえなかったこと…奴の死を無駄にしないためにも、私も、あなた達と共にワイト殺しの犯人を捕らえたいのです」
「ラティス…」
「正直、話をすべて聞き終えても、オキシオの死に全て納得できたわけではありません。前世を受け入れていないからなのでしょうが…。私の目から見れば、親の力に頼らず、剣技を磨き、勉学に励み、“特別な力”さえ目覚めなかった彼が、努力だけで陛下の隣に立つことの出来た、尊敬に値する男です。大柄な体からは想像も出来ない、優しく気立てが良く、他人の痛みを分かち合う…私は、彼の足元にも及ばなかった」
ラティスはこぶしを握り締める。
「前世の行いを聞けば、オキシオの死は当然だと思います。だからこそ、今、人を殺して楽しんでいる犯人を…私は決して許さない」
ラティスの決意に満ちた目は、少しも揺るがない。
「わかった…ユーリィ、お前の命を懸けることになって申し訳ない」
「構いません。何があっても、必ずラティスが私を守ってくれます」
「そうだな…すべて終わらせよう」
マティスの言葉に、皆、頷いた。
マティスの言葉を待たず、ラティスはジュナインを槍で貫いた。ジュナインの言葉が絶え、命が絶え、少し沈黙が落ちた。
「…陛下」
ラティスが槍を床に置き、マティスの前に膝をつく。
「申し訳ございません。あなた様の命もなしに、ジュナインを殺しました。この不始末、いかなる処遇もうけいれます」
「やめろ。私も…聞くに堪えなかった。あれは、同じ人間には見えなかった」
「前世のオキシオもそうでした。何が…彼らをこうさせてしまったのでしょうか」
ユーリィが問う。
「それを知ることは、もはや誰にも出来ない」
マティスはジュナインの前に膝をつく。
「お前のような人間が、もう二度と、転生してこないことを願うばかりだ」
ジュナインは、笑っている。
エリシアは、リンゴ農園でリンゴの収穫をしている。
またこうして、ここに戻ってこられるとは思っていなかった。エリシアが帰った時、家族は皆、泣いて、抱きしめて、喜んだ。
全てが終わった後、マティスはエリシアに「これからどうしたいか、自由にするといい」と言ったので「家に帰りたい」と即答した。もちろん許された。
「バス事件とワイト殺しの犯人が見つかったんですもん。私はもう用済みですよね」
「そういう言い方をされると、頭が上がらんな…本当に、君には申し訳ないことをした」
マティスが頭を下げる。
「いや、もうそんな謝らないでくださいよ!状況が状況だったし、私もう全然怒ってないですって!」
「君の前世の記憶を無理やり引き出してしまったこと…、今の家族から引き離してしまったこと、これは私の一生の罪だ。オキシオが罪を背負い、償おうともがき苦しみながら生きてきたんだ。私も苦しもうと思う。君のことも、ワイトのことも…」
「…じゃあ一つだけ、私のお願いきいてください」
「なんだ、なんでも聞こう」
「女子会しましょう!私とユーリィ様とマティス様で!」
「…俺は今、女子ではないんだが」
「その言い訳は認めません」
グッとマティスが顔を歪めた。
「前世のことを含めて話せるのは二人だけなんだもん!もっと色々話したい!」
「わかった、いつかその席を作ろう」
「ホントにその気あります?」
「君に嘘はつかない」
「ユーリィ様がいないところで、その言葉は信用できません」
「君は、意外と口が達者なんだな」
マティスは参ったと言わんばかりに、頬を掻いた。
こうして解放され、久しぶりに家族と、リンゴと触れる日々を送っている。もう不必要に手袋をする必要もない。色々あったが、解放された気分だ。
エリシアは収穫したリンゴを一つ持って台所に行く。リンゴを小さく角切りにし、鍋に入れて柔らかく煮る。そこに紅茶と蜂蜜を入れて…アップルティーの出来上がりだ。それとティーセットもって、家の裏庭へと行く。
「あ!ユーちゃん!もう来てたの!」
「あなたと話せるのが嬉しくて、早めに来ちゃいました」
裏庭に置かれたベンチとテーブル。そこにはユーリィが一人座っていた。いつもの豪華絢爛な服ではなく、可愛らしいワンピースを着て。
「女王陛下をお待たせするなんて…」
「もう、あなたと私は、女王陛下と国民じゃなくて、OLと女子高生だって何度言わせるの?」
「どっちにしろ、あなたが年上でしょう」
「女子会は年齢関係なく出来るのが楽しんでしょ」
エリシアはティーセットを並べ、紅茶を注ぐ。二人は一口飲む。
「「おいしーーー!」」
二人の声が重なった。
「まさかこの国でアップルティーが飲めるなんて思わなかったわ…」
「ユーちゃんが紅茶とはちみつとティーセット用意してくれたおかげだね」
「あなたがリンゴ農園の娘だったのも良かったわ」
「いやぁ、嫌なことばっかりあったけど、前世の記憶を思い出すのも悪くないね」
「でも思い出したからこそ不便に感じることも多いわよね、移動手段とか、スマホがないのも不便だわ」
「わかる…私なんて毎日LINEで深夜まで友達と話してたし…あ~ベッドに寝転がりながらおやつ食べてスマホ眺めたい」
「私も、アニメを見ながら夜更かしして、べろんべろんに酔っぱらいながら妄想に浸りたい」
「…ユーちゃん、いわゆる腐女子だったの?」
「そうじゃないんだけど…そうだ!ねぇエリー!本当にもうお城に戻るつもりはないの?」
「ないってば!そもそも一介の国民だし!」
「色々あってツンケンしてたけど、マティス様はすごく素敵な方よ!」
「なんであんたの旦那を私に押し付けようとするの!」
ユーリィの必死な姿に、エリシアは少し引く。
だって、とユーリィは続けた。
「だって私!このままだと国外追放されちゃう!」
「はぁ!?」
ユーリィが何やら勘違いしているのは、この物語とは全く別の物語である。
「帰ったのですね、では、再生を開始します」
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