第74話 学園祭

 いつもよりも早めの登校、天気は快晴。


 準備は整った!


 後は、お客様(一年生、保護者)を迎えるだけ!


 校門に飾り付けた、色とりどりのバルーンのゲートを潜り抜け、沢山のお客様が入場してきた。


「おはようございます!」


「いらっしゃいませ!」


 出迎えた二、三年生は元気いっぱい挨拶をした。


 校庭には、所狭しと沢山の屋台が点在している。


 お面に焼きそば、たこ焼き、りんご飴、クレープ、飲み物、射的、くじ引き、輪投げ……


 その辺のお祭にも負けないラインナップだ。


 食欲を刺激する美味しそうな匂いが至る所から漂ってくる。



 綿菓子コーナーでは、生徒会長の國枝彩希くにえださきが笑顔で接客していた。


 彩希に憧れている、一年生男子がズラリと並ぶ。


 そこへ、ひとりの女性がやって来た。


「彩希ちゃん……」


 上品な顔立ちで、薄い緑の着物を着た彩希の義母ははおや國枝静江くにえだしずえだ。


「お、お義母かあ様……」


 彩希は、まさかの来訪に狼狽うろたえた。


「そこで、りんご飴を買ってきたの。後で、一緒に食べようと思って」


 温かな義母ははの温かな笑顔は、児童施設へ迎えに来てくれた、あの時の笑顔と同じだった。


 彩希は、満面の笑みで頷いた。



 水風船釣りでは、沢山の子供達がはしゃいでいる。

 伊集院継治いじゅういんつぎはるは、精一杯の笑顔で対応していた。



 チョコバナナの屋台は、ちょっとしたいざこざが起きていた。

 店員の男子生徒は、女子生徒達のクレーム対応に追われていた。


「どうして乙羽野おとわの先輩いないんですか?」


「私達、チョコバナナを買うと、キリト先輩と写真が撮れると聞いてたんですけど?」


 女子生徒達の圧力に、男子生徒は押し潰されそうになっていた。


「ご、ごめんねぇ。なんか乙羽野と連絡付かなくてさ、寝坊かな?……アハハッ」


 女子生徒の不満の波は……止まらなかった。



 お化け屋敷の前をミイラ男が通った。


「あっママ、オバケだっ!」


 小さな子供もその保護者も、やたら元気なミイラ男を見て、思わずふきだした。


 包帯だらけの関瑠羽太せきるうたは、様々なブースを掛け持ちしていた。


 割と頼りになる男だし、学園祭の準備に参加したのは、前日の夜だけ。


 そう……いいように使われていた。




 その頃、歴史資料展示室では……


「ねえ和泉いずみちゃん、やっぱ誰も来ないねぇ……」


 九条菜々花ボクは、椅子を前後にガタゴトと揺らして、ブツブツと文句を言っていた。


「当たり前でしょ、菜々花がお客側だったらここに来る?」


「こ、来ない……」


「まあ……そういうことよ」


 和泉は、スマホをポチポチしながら答えた。



 

 菜々花の父九条竜之介くじょうりゅうのすけは、カレーの列に並んでいた。


 ここは大盛況で、他のブースとは頭ひとつ抜けていた。


 竜之介は、何故か後 三~四人のところで列から抜け、屋台の側に立ち眉をひそめていた。



「あっすみません、ちょっと待って下さいね。カラになっちゃったので……」


 男子生徒は、もうひとつの寸胴鍋の蓋を開けた。


 湯気が立ち上り、辺り一面匂いが立ち込めた。

 しかし、それはカレーの匂いではなかった。


「うっ!臭っ……。おい、腐ってんじゃね?」


「そんなワケないだろ……」


 ブース内で、男子生徒達はザワついている。


 立ち込めていた湯気が、風に吹かれた。


 皆、寸胴鍋を覗き込んだ。



「え?……うわぁぁあっ!!」




 グツグツ……



 コトコト……




 鍋の中で、体育座りをした天音琉空あまねりくがトロトロになるまで煮込まれていた。



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