「早朝までの逃亡」

「僕とホタルさんだけ、上手に外に出そうと思っていたんですけど。まさか他の人も外に出るとは思わなくて…あ、戻します。今すぐ戻しますから!」


 正そうと思ったのか、だくだくと汗を流しつつも弾みでコトの手から落ちた本を拾おうとするザクロだが、そこにクラハシが「いや、これだけの人数を移動させるのは難しいさ」と先に本を手に取る。


「追っ手の姿もあるし、ここはのんびりできないからね」


 ついで、玄関先へと目をやるクラハシにホタルも同じ方向へと目をやり…


「え、何あれ?」


 そこには今にもエントランスに侵入しようとしている大小様々な爬虫類の姿。


 みな二足歩行であり、中には空中を飛べるものもいるのか、勢いよくこちらに向かってきては窓ガラスに激突するものまでいた。


「すごい。あれって古代の惑星に生息していた大型爬虫類にそっくりだ…あの、博士、こんなときに言うのもなんですけれど、データとって良いですか?」


 未だに汗を拭いつつもそう問いかけるザクロに(おいおい、こんなヤバい時に何言っちゃってるのコイツ)とホタルは思うも、クラハシは「良いよ」とあっさり答え、どこから取り出したものか一台のモニターディスプレイをザクロに渡す。


「ついでに、このホテルの建物全貌と、保有コンシェルジュの位置と総数出しも頼む。書き出しはこの端末で。データをこちらにリンクさせてくれれば誘導などはこちらがしよう。ここの生体データは将来的に論文に化けるだろうし、好きなだけデータを取るように」


「…ありがとうございます」


 ついで、モニターディスプレイを受け取るとザクロは身体中から白い霧を発生させる。


「え、どうしたの?」


 その様子に驚くホタルだったが「あれは、対象とモニターを同調させるための探知機のようなものでね」と言いつつ、クラハシは持っていた本をホタルに渡す。


「彼は、自身の肉体を操作して情報端末を操ったり、こうして霧状になることで触れた物の全貌を把握し、それを介して外部の情報を読み取ることができるのさ…まあ、彼の星では意図的に自身の肉体を変化させる能力は当たり前なのだけれどね」


(なんだろう、今の話と似たような話を聞いた気がする?)


 いぶかしげに記憶をたぐるホタルに対し、「ただ、その性質も元々持った性格によるところが大きくてね」と付け加えるクラハシ。


「彼の場合は知的好奇心と探究心が強いからあの形態をとっている。同じ惑星出身者でも全く別の姿になることはある意味個性ともいえるね」


(別の姿?…あ、もしかして)


 そしてホタルが思いついたことを聞こうと口を開きかけたところで「…出ました、博士。お願いします」とザクロが声を上げる。


 みれば、彼の持つ端末には大量の数値が表示されクラハシも額に軽く指を当てつつ「うん、無事に届いたよ」と小さくうなずく。


「コンシェルジュの数は150体…ほう、これなら十二分に移動ができるな」


 そう、答え終わるか終わらないか。


 ついで近くのエレベータから到着音が鳴り響くと開いたドアからざあっと大量のビー玉のような小さな球体がこちらへと流れ込んでくるのが見えた。


「…コンシェルジュは、外観を含めてこのようなナノマシンによって全身が構成されていてね。分子の組み替えによって、伸縮自在に形を変えることができることから、表情に限らず、身長から変形までさまざまな姿になれるのさ」


 指揮棒のように指を振りながら、そう説明するクラハシ。


 それに合わせるかのように球体は次第に平らに薄く、ホタルの足元や戸惑う人々を囲うように集まっていき…


「ゆえに接合箇所にさえ命令を与えれば、こうして頑丈な避難場所兼車にも変化できるのだよ」


 そうして内部に立つ形で完成したガラスのような箱に「あ!これ。空間移動車じゃん」とホタルは声をあげる。


 それはカネツキ夫人やオリたちと共に乗り込んだ規模と変わりない広さを持つ空間移動車で、みればホタルとクラハシたちを除き一緒に乗り込んだ人々はどことなく影が薄くなっているように見えた。


「…ついでに室内にいる人々の認識をズラさせてもらった。これから起きる事に全員がパニックになられても困るからね。一部のコンシェルジュにも戻ってもらって、なだめ役についていてもらったよ」


 ついで、クラハシは透明な壁が頑丈であることを確認し「では、別の場所に移動しようか」とゆるゆる移動車を走らせ始める。


「このホテルの下に模造された岩礁地帯がある。まずそこまで移動車で向かい、調査と今後の対策を立てよう。ミツナリ氏についてはそれからだ」


 そう話すクラハシに「え、なんで岩礁地帯?」と困惑するホタル。


「あの生物は海から陸にきているじゃん…海沿いに逃げたら逆に危ない気がするんだけど?」


 その発言にザクロはクラハシの目的にいち早く気づいたらしく「ああ、都市の電波を回復させるんですね」とモニター上に都市を横から見た図を映し出す。


「この都市は中心部に据えられた柱の上に広がる浮島のようなものだから、景観を考えたうえで電波基地などのメインインフラはみんな地下に設置されている。ゆえに、これからその地下に一番近い岩礁地帯に向かって僕と博士で地下のシステムにアクセスすれば、電波基地をはじめとしたインフラが全復旧する可能性が高いと言うことなんだよ」


「ああ、そうなんだ…ってゆーか、ヤバい、上ヤバい!」


 そう叫ぶホタルの上にはすでに建物内へと侵入した大型爬虫類の大きく開けた口があり、車の端をガジガジとかじっている様子が見てとれた。


「では、目的地は岩礁地帯。行くぞ…!」


 こうして爬虫類を振り切るように移動車はスピードを上げて地下へと潜り…


「で、こうなったワケか」と、ホタルはため息混じりに天を仰ぐ。


 空が白み始める中で未だに雨の降り続ける移動車内。


 足元には岩礁。背後には建物に隣接する形で設置された柱。

 透明な壁面には大量の変形した魚が接触し、崩れ去っていく。


「ヤバいな、マジでアタシたち助かるんだろうか?」


 思わず漏れる独り言に隣に立つクラハシが「…こんな時にでも、ホタルくんはカメラを離さないんだな」と妙に感心してみせる。


 それにホタルは「まあ、自分の一部みたいなものなので」と持っているカメラに目を落とすとクラハシも「そうか、そうだな」とうなずく。


「思えば、契約書が失効した後も君はカメラを手放さなかったし。ミツナリ氏が記録係として君を立てたのも、もしかしたら…」


「え?」とその先の言葉が気になるホタルだがついでクラハシは周囲を見渡すと「…水位が下がっているな。ザクロ、魚の成分構成と水質の照合を頼む」と近くのザクロへと指示を出した。


「わかりました、博士」


 そう言って、モニターディスプレイを操作するザクロ。


 ついで、ホタルは空に見える宇宙艇のことを思い出し、慌ててクラハシに指摘しようと口を開くが、同時にコトが『あ!宇宙艇があります。あの方角だとプレ・オープンの会場あたりからですよ』と指をさしてみせた。


 それにクラハシも「ああ、確かあれは…」と、何か思うところがあるのか声をあげ、途端ホタルの持つ本から「取り急ぎ!ちょっぱやで作りました!」と、表紙からカモノハシの顔と幅広のクチバシにくわえられたピクルス瓶が出現した。


「保管していた検疫物を一部コンパクトにまとめてみたのですが…ありゃりゃ、どうやらお取り込み中のようで」


 みれば、ピクルス瓶の中には小さな青色の球体が閉じ込められており、ホタルはそれが検疫所にあった『モノリスの雫』であることに気がつく。


「ああ、ありがとう。ホタルくんも見たまえ。地下で見たのと同様にミツナリ氏がカネツキ氏が会場にいる様子が映っているぞ」


 ついで受け取った瓶をホタルへと見せるクラハシ。


「え?あ…いる!」


 つられて中を覗くとクラハシの言う通り、瓶入りの水の中にはミツナリとカネツキ氏が話している様子が見えている。


「っつーか、これ何なの?地下のもそうだけれど、どうして親父たちの姿が…」


 そう問いかけようとするホタルに対し、カネツキと話しかけていたミツナリがこちらに気づき(…あれ、まだコッチに来ていないのか?)と声をあげる。


(何してるんだよ、さっきカネツキ氏から驚きの発表があってな。なんと、この会場まるごと長期旅行用の宇宙艇になるそうでさ。これからカネツキ氏の私邸に移動だと、そこでパーティの二次会に…)


「え、じゃあ。あの上に飛んでいる中に親父がいるのか!?」


 驚くホタルにミツナリは(おうともよ!)と声を上げる。


(外は雨だが気分は晴れだ。話じゃあ、俺専用のアトリエまで用意するそうでさ、オリ嬢も見に来るとか言っていたし、この様子も動画で配信すれば…)


 と、そこまで話したところでミツナリは窓へと目を向け(あれ、なにかやってくる。ちょっと待てよ…あれは!)と声をつまらせる。

 

 その瞬間、ガラス越しに海上から何かの跳ねる音がした。


 みれば、宇宙艇の真下の海中から鱗の生えたクジラと鳥を掛け合わせたような生物が飛び出し、瞬く間に大口を開け、宇宙艇を丸ごと飲み込んでしまう。


(おい、ちょっと…?)


 球体の中で困惑の声を漏らすミツナリ。


 水が入ってきたのか背後の窓が瞬く間に割れ、ミツナリは驚いた顔をするも、その体が浸かるか浸からないかのうちに顔がドロリと崩れ去り、周りにいた人々ともども、その全身が液体へと化した…!


「これが『モノリスの雫』を口にした者の末路だ」


 静かに球体を見つめながらクラハシはそう語る。


「先ほど、カモノハシの報告で明らかになったが、この水と思われるものはすべて水分子に似た構造をした生物の集まりだ。体内に入ると宿主の細胞と起き変わり、脳へと移動して思考を支配する」


 ついで、クラハシはクジラの消えた海中を見つめ、大きくため息をつく。


「そして、海水に似た群体の元へと誘い出し、宿主の情報もろとも分解して吸収してしまう性質をもっていた…ゆえに」


『そう、ミツナリさんの情報は今や完全に私たちの中に溶け込んだわ。インフラ施設にも流れ込んでいるし、早くアナタたちもこちらに来なさいよ』


 それは、ゴボリという音を立て瓶の闇から響いてくる。


『私はただ知りたいだけなの。この惑星に来た人たちの情報を、過去と願望を』


 その声はなぜか二重三重に聞こえ、ホタルは声の大きい方。

 …瓶よりもはるかに大きく聞こえるガラスの壁へと目を向ける。


『アンドロイドの頭脳って惑星ネットワークに繋がっているんでしょ?惑星中のアンドロイドが何を考えているか、何を見ているのか、私に教えてよ』

 

 みれば、窓の外に大量の雨水が流れていた。


 ガラスを滴り流れる雨水。

 その水にはすべて人の顔が映り…どれもが、同じ顔をしている。


『私たちの中に溶け込んで…教えてくれない?』


 雨水に混じり、ガラスを下降していくのは幼い少女の顔立ち。

 ホタルたちに都市を案内したオリの顔が…無数にこちらを見つめていた。

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