第2話 黒魔術師メグ(仮)
―――――半年前
この任務に気が進まなかったあの時の本能的な勘をどうして信じなかっただろう。
黒魔術師になって、誰もがうらやむ帝国国家魔術師に就職したのに、初めての出張業務がこんな分の悪い仕事だなんて聞いてなかった。
魔王城の足元を守る樹海。
生い茂った広葉樹の下は暗く、まるで夜のようだ。
足取り重く戦士の皆さんについていく。みな腕に覚えのある流れの戦士の皆さんだ。
あたしも「黒魔術師メグ」を名乗っている。
先輩たちがこの任務をやたら高圧的に譲ってくれた気持ちがここまで来てよくわかる。あたしは思っていたより妬まれていたのかもしれない。
あたしは今、間に合わないとわかっていたが自分の無駄な功名心を後悔していた。
森を進むほどにどんどん瘴気が重くなる。
ギルドから依頼されているミッションは「ラーガルド国の魔王討伐」。
魔王の率いる魔物と戦って軍を損ないたくない帝国は報奨金だけ出して、運が良ければ魔王を倒し、ついでにラーガルド国を接収してしまおうという下心のある計画を立てた。
多くの流れの戦士が一獲千金を狙ってこの国を訪れている。
あたしの任務は流れの戦士の皆さんに紛れて、この国の真の状況を見極め報告すること。
その為に国認定の偽の身分証明と新しい名前を与えられ、ギルドに登録しパーティを組んでこの国までやってきた。
魔物が強すぎる。
森から出ようとしているはずなのに。
突如、石をすり合わせるような不愉快な大音響に囲まれた。
魔術の詠唱が遮られるほどの妨害音波。あたしは最初に枝から飛び降りて現れた魔物に横なぎに殴り倒されて、そこで気を失った。
体中がいたい、毒の感じはしない、物理的に体を打った感じはする。それでもどうやら助かったみたいだ。
ゆっくりと浮上する意識の中で、夢か現か。
「ずいぶん遠くまで追いかけたわねえ。仕事を放棄して」
「だってめっちゃ可愛いいし、メスだったし」
メス? 力づくで見開いた目に二つの顔が映る。
―――――初老の女と若い剣士。
女の方と目が合ったが、彼女は無関心にあたしを一秒ほど眺めて、そのまま何の言葉もかけずに次の作業に移る。
普通、優しく声をかけてくれるシチュエーションじゃないのか。
「すいません、ここはどこですか」
声が出ない。ほんの囁き声のような音量しか出ない。
「ここは王城だよ。君達が倒れていたので僕が連れてきた」
若い剣士の方がとても親し気に微笑みながら答えてくれた。若葉のように輝く黄緑色の目と髪をしている細身の剣士はマンティスと名乗った。
「あなた、見覚えがあるわ・・・」
見覚えどころか、クエスト前に王城に登録に来た時にあたしの心をぶち抜いた警備兵だ。
「あの時は助けてくれてありがとう」
にっこりとほほ笑んだ頬に可愛らしいえくぼが浮かぶ。
必要なだけのスッキリした筋肉の長身、やや大きめの形のいい瞳、整った鼻筋。好みのど真ん中をぶち抜いた剣士にあの時も目が釘付けだった。極めて邪まな気持ちで凝視していたところ、女性に首に食らいつかれて嫌がっていたので、反射的に女を衝撃魔法で気絶させてしまった。欲望むき出しで恥ずかしい。
顔が真っ赤になってしまったのを、なんだかとても嬉しそうに眺められてますます恥ずかしくなる。
「どうしても君にもう一度会いたくて、君を追いかけたんだ」
「―――――あなたが助けてくれたの」
あたしたちのパーティを襲ったのは、セミっぽい二足歩行の怪物。詠唱が羽音でかき消されるほどの大群だった。
見渡せば、その部屋にはパーティだったメンバーと、知らないメンバーが一緒くたに適当に転がされて適当に手当てされている
細長い回廊に野戦病院の趣で並べられた古いベッド。破れかぶれの寝具。
不愛想なメイドたち。やる気のない手当。
そうまでして完遂したいクエストでもない。敵が強すぎる、命が惜しい。そもそもこの国どうでもいい。パーティは命とお金を天秤にかけて釣り合わないと判断した。
メンバーの意見は固い一致をみて、このパーティはこの場で解散になった。比較的傷が重かったアタシはここに取り残される羽目になった。
連れて帰ってほしかった。
しかし、メンバーにはマンティスに助けられた恩があって、ここはひとつ置いて帰るのが恩返しだと、あたし以外の意見が一致したようだ。
『お姉さまへ
あたしは今、怪我をしてラーガルド国の王城でお世話になっています。
とても貧乏な御城ですが、みなさん親切にしてくれています。
帰りの旅費もないことですので、ここでしばらくお世話になります。
心配しないでください。 メグ』
とりあえず、業務報告を家族への手紙的に偽装して、帰国するパーティの仲間に託し、帝国の上司宛に送った。
図らずも本来の任務が遂行できそうである。
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