第18話 家族

◇18




 そしてなんだかんだと過ぎていった今週も終わり、あっという間に日曜日がやってきた。そう、三谷と深路と約束した日である。

 起きて携帯を確認すると、まだ今は早朝の五時だ。遊園地前のバス停への集合時間は八時。

 昨日からやけに目が冴えて、家を出る予定の二時間以上前に起きてしまった。

 ……楽しみとかそういうわけじゃない。

 いつもだったら週末は昼過ぎまで寝ている。先週と今週と……あと来週もだった、とにかく週末こんなに忙しいのが久しぶりなんだ。引っ越しの時以来だろうか。それで生活リズムが狂ってるって話だ。


 ……だからなんかおかしな体調だ。目は冴えてるのに眠気がすごい。

 二度寝したら結局ベッドの上で一時間唸りながら、十二時ぐらいまで寝過ごす、そんな体調だと言えば分かってくれるだろうか。

 僕は眠気を紛らわそうと大きく伸びをして、それから部屋のドアを開け、階段を下りてリビングに向かった。

 階段を静かに降りていくと、こんな早い時間にも関わらずリビングには先客がいた。

 新聞を広げた叔父さんは机に座りながらコーヒーを啜り、広夢はテレビを占拠して僕が家で見たことのないゲームをしている。

 どこかで見たことがあるなと思ったら、あのゲームは確か一週間ぐらい前に携帯で見た新作ゲームだった気がする。侍が輪廻転生してどうたらこうたらみたいな高難易度を謳っていた感じの。

 何だろう、僕が知らないうちに買ったんだろうか。


 ……というかなんだ、もうみんな起きてたのか。

 叔父さんがいるのは珍しくないんだろうけど、広夢まで起きているのは驚きだ。


 広夢は僕が二階から降りてきたのを見た途端に、今までやっていたゲームの電源を消し、僕の横を通り過ぎて二階の自分の部屋へと上がっていこうとする。

 その時に、僕は先週メビウスで天笠が言っていたことをふと思い出した。


「おはよう」

「……」


 広夢は自分の部屋のドアをバタンと閉めた。

 気まずい僕がその方向を見つめていると、コーヒーを啜っていた叔父さんがテレビのリモコンで真っ黒の画面からニュースへと切り替える。


「与一おはよう」

「おはよう叔父さん」


 起きているのが珍しくないとは言ったけど、僕が朝叔父さんと会うのは珍しいのだ。平日はいつも仕事で朝早くいなくなってるし、休日は僕が起きてない。

 久しぶりに見た叔父さんの顔はどこか疲れているようにも見え、頭の中に思い浮かぶ顔より少し老け込んだかな、と思った。

 それでもいつも通り、笑顔だ。怒ったところなんて見たことがない。本人曰く「気持ちが顔に出やすいタイプ」らしいのだが、僕には一向に読み取れない。逆に分かる人がいるなら教えて欲しい。


「最近朝早いね。用事でもあるの?」

「あーうん。ちょっと友達に誘われてる。西白森に行ってくるよ」


 やっぱりなんか口に出すと恥ずかしいな。別に変なことを言っているわけじゃないのに、学校の連中とかはよく普通に話してるな。


「友達って言うとあれかな? この前家まで来ていた、あの――」

「そうそう。深路と三谷」

「大丈夫?」

「うん。ちょっと早く目が覚めちゃっただけだよ。時間は余裕」


 大丈夫の意味がよく分からない。時間の心配だろうか。……もっと朝早く起きる必要があるってのは県外まで行くときだけじゃないか? 

 大方この時間に僕が起きるのが珍しすぎて驚いたんだろう。

 友達と遊びに行くぐらい普通だ普通。


「僕はもうそろそろ出るから。与一、広夢は居ると思うけど一応戸締りよろしくね」

「わかった。僕は晩飯までには帰ってくると思うけど叔父さんは?」

「……ごめん今日も凄く遅くなっちゃいそうだ。ご飯は先に食べておいていいよ」


 帰りがいつも遅いのは、その職業と活動に原因がある。

 叔父さんは白森では有名なデザイン関係の大企業に勤めていて、それに加えてなんと自分でも色々なアート作品を作るらしい。聞けばこの前の現代アート展にも作品があったとか。


 この家に転がり込んでいる立場の僕としては、何か率先して夕飯を広夢に作るとかしたほうがいいのかな、とか思いもする。広夢は一人でインスタント食品を食べてさっさと自分の部屋に戻ってしまうのだが。

 まあ多分顔を合わせるのが嫌なのだろう。だから結局僕も適当なものを買ってきて食べるだけになっている。


 そこから結局やることもなく、ボーっとテレビのニュースを眺めているうちに、叔父さんは家を出た。

 チャンネルをこの地域のローカル局に回すと、最近相次いで発見された白森の不審死体についても報道があった。それによると被害者に共通点は見つからず、同一人物の犯行の線は薄いらしい。


 僕はあの構図を一瞬思い出しかける。

 僕個人としてはその報道に対して言いたいことは、……やっぱり何もない。


(……僕には全く関係ないんだ、こんなこと)

 

 テレビを消す。そしてその上にかかっている時計を見た。


 ……そろそろ準備しよう。

 寝間着から私服に着替えた僕は、今日持っていくものを確認する。

 財布。携帯。

 そして。


(……これは)


 僕の手の中にはあの音楽プレイヤー。

 目立つからもう汚れは落としたが、最近どこかに出掛けていくときは必ず持って行っている。

 自分の背中を押すためだけ、それ以上のものを正直この中の曲に感じ始めていた。




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