第16話 緩慢

◇16




 その日の放課後。美術部とは名ばかりの、将棋同好会活動日である。普通に僕と天笠は美術室で盤を挟んで向かい合っていた。

 僕としては既に一回敗北したためどうなるのかと思っていた天笠との対局だが、意外にも天笠はいつも通り僕の教室にやかましくやってきた。自分としても不思議なことだが、僕自身もそれが当たり前のことのように対応し、一緒に部室に向かい、座布団を敷いて駒を並べた。

 僕はそれが……楽しい、のかもしれない。

 ……いかん。昼間の出来事のせいで思考が緩くなってる気がする。


 前回僕は他のことにばかり気が散り、結果ミスをして負けている。流石に今回の対局では天笠の言う言葉をすべてシャットアウトし、完全集中のスタイルで完封勝利した。

 天笠はいじけたようにブーブー言っていたが、そんなものは関係ない。勝ったからな。


「先輩。後輩をそんなにいじめて楽しいですか? というか私が面白くないので対局中無言とかやめましょーよ!」

「……お前そんなこと言っといて僕が負けたらまたなんか要求する気だろ? その手には乗らんぞ」

「…………いやまあそれはそうなんですけど」


 ほれ見ろ。

 ……でもまあ一理あるな。そもそも真面目にやったら僕が負けるわけがないのはわかりきったことだ。


「まあ次からは気楽にやっても大丈夫か。どうせ普通なら天笠が僕に勝てる可能性ないからさ」

「そうですよそうですよ。私の勝ちの目を残してくださいよ」


 こいつが下手に出てると逆に気持ち悪いわ。どうせまだ何か考えてるんだろうけど……まあいいだろう。

 先ほどまでの終局盤面を崩して、また駒を一つ一つ並べなおす。王、飛車、角、そして金、銀、桂、香。そして僕は歩を両端から二枚ずつ並べて、残りの五枚を手に握りしめる。


「あ、次は私に振らせてください」


 いいよ、と握りしめた駒を天笠に渡す。誰が振ったっていいと思うのだが、天笠は子供のように嬉しそうに渡された駒を盤に振った。


「「あ」」


 珍しいこともあるものだ。

 表二枚、裏二枚、そして駒が立った。

 表か裏かで先攻後攻を決める振り駒において、駒が重なったとき、盤上から飛び出たとき、そして立った時はその駒はノーカウント。

 つまりこの場合は表と裏が同数。つまり振り直しだ。


「まあお前は振るなってことだよ」


 むくれた顔をする天笠の眼前の駒を拾い上げて、今度は僕が軽やかに駒を振る。

 振り駒なんてよほど横着な奴ぐらいしか振り直しにはならないからな普通。


「「え」」


 僕が投げた駒は見事に表と裏にはっきり分かれる……ことなく、どんなわけかうまくはじき出されて駒が盤上から離れていった。

 ……ええい、こちらを真顔で見つめてくるな! 一番恥ずかしいのを自覚してるんだこっちは!




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