第6話

4人を見送ったあと、博人と俺も学校や予備校へ行く準備をした。

3泊4日、二人だけというのは初めてだ。


「俺の夏期講習の方が早く終わるから、夕飯の買い物は俺がするよ」

「分かった。帰るとき連絡入れるよ」

駅で別れて俺は予備校へ。

正直、進路は県内の大学を狙っているので、それほど焦ってはいない。

両親は、俺が大学に行くのが当たり前って感じで、特に進路に口出しはしないけれど、できれば国公立を目指したい。

大叔母が言ったように、金に困ってる感じじゃないが、俺に使うより博人や好彦に使ってもらったほうが、いいんじゃないか、と思うからだ。

潤一も来て、さすがに金もかかるし、まだ世話をしないといけないだろうから、家から出ない方向で考えていた。

ただ、ふと自分を振り返ったとき、俺、本当はどうしたいんだろう、と思うときがある。

何をどうして、何をしたいんだろう。大学を出て、何がしたいんだ? 俺は。



ステーキ肉が安い。

母に4日分の食費をもらっているから、二人だけだし、少し贅沢をしてみようか、と肉売り場で思案にくれていると、ポケットの中でスマホが鳴った。

博人だ。

家の近くのスーパーで買い物をしていると返信して、顔を上げたときだ。

「これ、安いですね」

声をかけられて振り向くと、女子大生かOLか、少なくとも年上の女性が横に立っていた。しかも髪が長い。

彼女が指差すのは、俺が思案していたステーキ肉2枚入り。

「そうですね。ここは金曜日は肉の日ですから…」

「一人暮らしですか?よかったら肉、1枚ずつわけません?」

え、と改めて顔を見ようとしたとき、彼女が一歩近くへ寄ってきて、鳥肌が立った。長い髪が腕に触れそうだ。

落ち着け。ここで悲鳴なんかあげるわけにいかない。

冷静に、冷静に。

「いえ、家族と住んでいるので」

そう言って、一歩下がる。

「そうなんですか。でも、お料理はされるんですよね」

と、さりげなく左手を見られた。

あれ? なんか勘違いされてるのかな。

私服でいると、実年齢よりも上に見られがちだ。もしかしたら、大学生か社会人かに間違われてる? 値踏みするような視線が怖い。

とりあえず、あまり近寄らないで欲しい。

「真幸」

逃げ腰になっていると、背後から、ずいっと博人が顔を出した。

「腹、減った。買い物まだ?」

普段使わないような乱暴な口調で、ふたりの間に割り込んできた。

助かった。

「あ、ああ、もう終わる。じゃ、失礼します」

博人を連れて、そそくさとその場を後にした。

「あの人、誰? まだ真幸のこと見てるよ」

「知らね。急に声をかけてきたんだ。ああ、怖かった」

心底、ほっとした。

くく、と博人は笑っている。人ごとだと思って。

「隙を見せないほうがいいよ。真幸は狙われやすいから」

「あ? なんだよ、それ」

気をつけてよね、と言うけど、何をどう気をつけろって言うんだ。

「にしても、早かったな」

「うん。気温が上がったから、練習も早めに切り上げられた」

「そうか。ああ、でもステーキ肉買いたかったのにな」

「冷凍庫に鶏肉残ってたから、それでいいんじゃない」

博人はさして気にしたふうもなく、俺を急かすように肩を押した。

俺は、おまえのその機嫌の良さが怖いよ。


夕飯を済ませて、洗い物をしていると背後にぴたりと博人がくっついてきた。

「なんだよ。風呂掃除してたんじゃないのかよ」

「今日は一緒に入ろうよ」

「…は?」

何言ってんだ。

「俺は、夏はシャワーしか使わないって知ってんだろ」

「俺が隅々まで洗ってあげる」

「聞いてんのか、人の話」

頸に鼻先をつけてきてるけど、汗臭くないのか。

「こんなチャンス、滅多にないよ。ね、いいでしょ」

お強請り風に、ちょっと可愛く言ってるけど、あざといんだよ。

最後の皿を拭き終わる。二人分だと少なくて楽だな。

振り返ると、博人の期待に満ちた目が真正面にあった。

近いよ。

「…長風呂はのぼせるから、嫌だからな」

にこり、と博人が笑う。

ちょっと、甘かったかな。


風呂は広くも狭くもない。一般的な家庭の大きさだが、男二人で入るにはちょっと狭い。

子供の頃は、好彦と三人で入ることもよくあったが、さすがに今はもうない。

「何年ぶりだろ?」

「小学生の時、以来じゃないか?」

「中学になったら、急に一緒に入ってくれなくなったもんね」

「おまえが、いかがわしい事してくるようになったからだろ」

「人聞きが悪いなぁ」

愛情表現だよ、と言いながら髪を洗ってくれる。髪を梳く指が気持ちよくて目を閉じたまま、ふらりと博人の方へ身体を傾けると、博人の指がするりと滑って背中から尻の間に触れた。

「おいっ!」

「ね、いつか、ここに入れさせてよ」

「おまえのデカイのが入るわけないだろ」

手を払うと名残惜し気に離れた。

身体を洗って湯船に浸かると狭くて脚が重なり合う。

「筋肉ついたな」

脹脛に触れると、ぱんぱんだ。

「走りこんでるから」

軽くマッサージをしてやると、少し脚を引いた。視線の先には勃ち上がりかけたモノが。

「脚を触っただけだろ」

「真幸に飢えてるんだよ」

結構な頻度でしてる気がするけど、それでも足りないっていうのか。

「毎日したいくらいだよ、俺は」

「その体力、どこからくるんだ」

「好きな人と一緒にいるんだから、普通でしょ。ヤりたい盛りなんだから」

「自分で言うなよ」

腕を引かれて、前のめりに身体が倒れそうになった。

博人の太ももを跨ぐように座ると、下から見上げて濡れた髪を掻きあげてくる。

「髪も俺が乾かすよ」

博人の眼が細まり、愛しくてしょうがないって顔になった。

この顔に弱いんだよな。

目の下のホクロを指でなぞり、唇で触れた。そこから頬を辿り、唇まで降りると、嬉しそうに舌が差し出されて絡みつく。

浴室の中で、濡れた音が響き渡った。



俺の髪は癖っ毛で、くるくるとまで言わないが、放っておくとゆるやかなウェーブになる。

子どもの頃、同じ癖っ毛の母が髪を梳かして整えてくれた。

「雨期や夏は大変なのよね」

と言いながらも、どこか楽しそうに手入れをしてくれて、それを博人はいつも横で見ていた。

俺は博人のどストレートのさらさらな髪が羨ましかったが、博人は俺の髪を好きだという。

そのうち、「俺もやりたい」と言い出した。

俺は、てっきり博人も母に梳いてもらいたいのかと思っていたら、母からブラシを取って俺の髪を梳かし始めたのだ。

それ以来、なんとなく博人が俺の髪をセットするようになり、中学に入る頃には、「真幸の髪は、少し遊ばせたほうが楽だしカッコ付くよ」とスタイリング剤を用意して手櫛でととのえてくれるようになった。


自分で出来るようになってからは、博人にしてもらうことはなくなったから、こんなふうに髪を触られるのは久し振りだ。

部屋に戻ってから、楽しそうにドライヤーをかけては髪に指を通している。

それだけなら、仲の良い兄弟みたいなんだけどな。

ふたりが真っ裸でなければ。

「はい。いいよ」

「おー、さんきゅ…っん…」

ドライヤーを置いた途端、圧し掛かるようにベッドに押し倒された。

期待に勃ち上がっていたのは気付いてたから、もう予想の範囲内だ。

そういうの、まったく隠そうとしないんだもんな。

「はー、もう限界」

熱い息が首筋にかかり、硬いモノが腿に触れている。唇が首から鎖骨をたどり胸元に行きつくと、声が漏れた。

「は…っ……そこ、やめろよ」

「ここ、弱いね」

ちゅっ、と吸われて、ますます声が漏れそうで手で口を塞ぐ。それに気づいた博人が手をとった。

「今日は、声抑えなくていいでしょ」

きっ、と睨むけど、博人は笑うだけだ。

「…これに慣れちまったら、今後、困るだろ」

声を抑えられなくなったら、どうすんだ。

少し驚いたような表情を見せてから、崩れる。

「そのときは、こうするよ」

そう言って、唇で塞いできた。


それからは、ホントに何もかも博人がしてくれた。


丁寧に後始末をされ、それにまた反応すると指と舌で追い上げられて、バスルームに行く時には、もう一人では立ち上がれなくなっていた。

博人も、出し尽して満足したのか、素っ裸のまま脚をからめて抱きしめてくる。

博人の心地いい心音を聞きながら、うつらうつらとしていると、機嫌良さげな博人が耳元で囁いた。

「なんか、すっごく久しぶり」

「…何が?」

「真幸を独り占めしたの」

なんだ、それ。

「やっと好彦が少しお兄ちゃん離れしたかと思ってたのに、最近は潤一がずっと傍にいたから」

「おまえ…潤一と張り合うなよ」

そりゃ、潤一は可愛いけどさ、と拗ねたような口調がおかしくて、尖らせた唇にキスを落とす。

途端、嬉しそうに笑って身体をすり寄せてくる。

あ、なんか硬いのが当たった。

「もう、しねぇからな」

俺の体力がもたねぇよ。

「んー、分かってるけどさ」

何か、博人が言おうとしたとき、俺のスマホが鳴った。

時計を見ると、10時を過ぎたくらいだ。3時間近くもしてたのか。

手を伸ばして出ると、母親からだった。

「どうしたの?」

『ごめんね、実は好彦が、急に家に帰りたいって言いだして…』

「へ?」

顔を寄せて聞いていた博人と顔を見合わせる。

母親たちは、明日も予定があるから連れて帰れないが、新幹線に乗せてしまえば、二人だけでも帰れそうなので、明日、最寄駅まで迎えに行ってやってほしいという事だった。

あまり、こういった我ままを言わない好彦だけに、母もちょっと驚いているようだ。

確かに新幹線に乗ってしまえば、1時間半くらいだし、確かにどうにかなるだろう。

『午後の新幹線に乗せるつもりでいるから、時間がはっきりしたら連絡するわ』

ほんとに、ごめんねと母が申し訳なさそうに言う。

「分かった。大丈夫だよ」

そう言って切ると、博人が眉を顰めている。

「何か、あったのかな?」

「さあな。明日、帰ってきてから聞くしかないな」

ふう、と博人が溜息をついた。

「たった1日だけかぁ」

ぎゅっと、まわした腕に力を入れてきた。

「なんだよ。充分、堪能したんじゃねぇのかよ」

やりたい放題やったくせに。

「全然、足りないよ」

不満そうな博人の鼻を摘むと、ちょっと情けない顔になる。

それが可愛くて、少しだけ昔を思い出した。いつも、後をくっついて回っていた頃の可愛い博人。

ふふ、と笑うと、ますます身体を寄せてきた。もう、すっかり回復した下腹部が、腰にあたる。

「ね、最後にも一回だけ。ダメ?」

前言撤回。全然可愛くないっ。


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