第4話「ベルナールの弟子たち」

 朝はいつも、早くから目が覚める。冒険者とはそんなものだ。

 いつもはギルドに向かうが今日からは、やることもない。

 ベルナールは朝食のパンをかじって水を飲んだ。ドアが叩かれる。

「ん?」

 扉を開けると二人の少女がベルナールを見上げていた。

 背の高い方の年は十三歳で名前はアレット。長い茶の髪を後に編み込んでいる。

 もう一人はまだ十一歳のロシェルだ。水色の髪をおかっぱに切り揃え、大きな目をうるうるとさせていた。

「師匠! 聞きましたよ!」

 小さな弟が二人いて、毎日面倒をみているアレットの性格はお姉さんそのものでしっかり者だ。

「一体どうしたんですかあ~~?」

 一方ロシェルは末っ子の甘えん坊だが、最近はアレットを見習い自立心が芽生え始めている。何かと語尾が伸びるのは母親の癖と同じだった。

「知るかよ。ギルドの新しい方針だ。それに俺は師匠じゃないぞ。もう冒険者じゃないんだからな」

「そんなっ」

「ひどいですう……」

 早朝から突然に部屋に押しかけて来た二人は弟子を自称している。

 ベルナールも色々と面倒を見てきた新米冒険者の二人だ。

「今日は何かクエストを受けたのか?」

「農業用水路のスライムを……」

 アレットが遠慮がちに言う。

 スライムは地脈を通じて地面から湧き出る魔が魔物として実体化する。

 弱いが一応は魔物なので、駆除は冒険者のクエストだった。

「そうか、付き合うよ。ヒマだしな」

「師匠! また色々教えて下さい!」

「もちろんだよ」

 ベルナールはそう言って頷く。

 ここ最近は小物狙いが主だから、知り合う冒険者も超新人ばかりだ。

 アレットとロシェルは同じ農家の集落に暮らす子供だった。

 冒険者としての才能があり、ギルドから雑用程度のクエストを受けたはいいが、四苦八苦しくはっくしている姿を見かねたベルナールが時々助けてコツなどを教えていたのだ。

 そんなロートル冒険者を二人は敬意を込めて、師匠と呼んでいた。

 この二人は週に三日ほど学校に行き、残りの日はこうして小遣い程度を稼いで、学費や生活費として家に入れている。そして農作業の手伝いもしているのだ。

 ベルナールは二人の家族には一応、挨拶はしていた。

「よし、行こうか」


 街外れの用水路に添った農道を、森へ向かって進むと問題の場所が見えた。

 多数のスライムが水路の内壁にへばり付いている。

「これか……」

 スライムは地上に湧き上がった魔力が核を作り、そこに空気中の水分と有機物が集まってできた魔物だ。

 人間や家畜を襲うことはないが、水を求めて移動するので今回のような問題や、場合によっては大量発生して水源を汚染することもあった。

 そして水に直接触れている場合は、みるみる大きく成長する。

「さて、やるか」

 ベルナールは長剣を外して水の中に入り、短剣を抜いた。

「師匠~……」

「そんなことまでしなくても」

 いつもならば敵の脅威を確認してから場合によっては指示を出し、ベルナールは一人で森の奥へと進むのだが――。

「いや、今日から俺はおまえたちのヘルプさ。もう冒険者じゃないんだからな」

 ――今はベルナールが二人を手伝う立場だ。

 スライムの退治は簡単だ。半透明の体に短剣を突き刺して核を刺激すのだ。それだけで魔力と有機物、水は結束力を失い霧散する。

 三人は作業に精を出した。


 昼飯は二人が持ってきたふかしたジャガイモをお裾分けしてもらい、かぶりついて水筒の水を飲んだ。

 農家の子供は皆同じだ。学校に行き、他は農作業や家の手伝などをしている。冒険者の仕事ができる二人は恵まれている子供、とも言えた。

 午後、ベルナールは明日の予定などを考えながら作業を続けた。

 気が付けば二人の魔力は随分と上がってきている。

 夕刻近にもなると、スライムの数はずいぶんと減った。二人掛かりなら二日の仕事を一日で終わらせた訳だ。


「ベルナールさん」

 クエスト帰りのパーティーが静かな農道を通りかかり、三人に声を掛けてきた。

「ん? バスティか、久しぶりだな。調子はどうだ?」

「いつも通りですよ。いや、俺のことなんてどうでもいいです。聞きましたよ」

「ああ、俺は引退したよ」

「だからってこんな仕事ですか……」

「今日はこのたちのヘルプさ。色々と世話になったな」

「お世話になったのは俺たちの方です……」

 バスティたちがこの街に来たばかりのころ、ベルナールは乞われてダンジョンに彼らを案内した。そして自身の経験など、ダンジョン攻略の基本やコツなどを説明してやった。

 数体の魔物と遭遇したが、バスティたちは安定した戦いぶりで、これをなんなく屠った。

 まだ若く荒削りな仕事はするが、センスと実力は抜群だ。

 そして、ベルナールは熱心に話を聞く彼らに好感を持ち、それ以来色々と気に掛けていたのだ。

「正直言って驚きました。ギルドがここまでやるとは……」

「ああ、急な話で驚いてるよ。ギルドマスターは上からの指示だって言ってたな?」

「噂で聞いたことがありますよ。他の街でベテラン冒険者が若手たちを仕切ってギルド内ギルドのようなパーティーを作っているとか……」

「なんだそりゃ?」

 そう言いながらも言っている意味は分かる。要はピンハネ組織だ。全盛期なら俺もできただろう、とベルナールは思った。

 この街にもそのような組織を作っている同年代の冒険者はいた。

「また今度ウチのパーティーを助けて下さいよ」

「もちろんだとも! 安くしとくぜ」

 後には個性豊かな美少女ばかりが三人も、微笑を湛えて無駄口も叩かずに控えている。これもこいつの人徳だとベルナールは思った。


 夕刻になり問題になりそうなスライムは綺麗に掃除できた。澱みかかっていた水も勢い良く流れている。

 三人がかりでやれば作業も早かった。

「さて帰るか」

「「はい」」


「師匠! これをっ!」

「なんだ、それは?」

「ヘルプ代です」

 精算を済ませ表に出た後、アレットは全ての報酬を載せた両手を差し出す。

「馬鹿言え、そんなもの受け取れるわけないだろう……」

「駄目です。ヘルプはヘルプですから!」

「……分かった。それじゃあこれだけもらおうか」

 仕方ないなとばかりに、ベルナールは手のひらから小さな銅貨を三枚摘まむ。

「全部ですっ!」

「おいおい、俺はおまえたちの師匠だぞ。冒険者はクビなったが、まだプライドはある」

「「……」」

「おまえたちまで、俺のことを元勇者、元冒険者と言ってバカにするのかなあ~?」

 ベルナールは悪戯っぽく言った。

「いっ、いえ!」

「尊敬してるよ~」

 二人はブルブルと首を振りながら真剣な顔で返した。

「うん、これでも色々と仕事のアテはあるんだ。心配するな。ところで次はいつ冒険者のクエストをするんだ?」

「明日から二日は学校で――」

「明後日はクエストをやります~」

「じゃあ次は三人で森の奥に行こうか。ギルドで待ち合せだ。いいな?」

「いいんですか……?」

「ああ、二人とも成長したな。そろそろ小物を狙う次の段階にきたようだ」

 ベルナールはベルナールなりに、娘たちを順序立てて育てているつもりだった。


   ◆


「よっしゃーっ!」

 いつもの店で、バスティは運ばれるなりビールジョッキをあおって拳を握る。

「やれやれね。乾杯もなしなの?」

「あっ、ごめんごめん。これは俺だけじゃなくて、このパーティーにとっても快挙だしな。悪かった」

 呆れるように言われて、バスティはアレクに素直に頭を下げた。

「それじゃあ改めて乾杯だ。勇者と我らのパーティーに……」

 丸いテーブルを囲んだ四人はジョッキを掲げて軽く合せる。

「どうだろうかな? ごく自然に話せたと思うけど……」

「はいはい……」

 アレクはまたしても呆れ顔だ。バスティの冒険者、勇者信奉は筋金入りで、もうしょうがないと思っていた。

「普通すぎるほど普通でしたわ」

「大袈裟に話していたのに普通過ぎますね。これで良かったのですか?」

 イヴェットとリュリュも感想を述べる。二人もバスティの心情は理解していた。

「うん、これで次はギルドへの申請だ。よーしっ、やるぞっ!」

「バスティ、あまり力み過ぎないでね」

「うっ、うん。分かりました……」

 あくまでパーティーのリーダーはアレクなのだ。

 元々は三人娘のパーティーに、黒一点の新人バスティが加入したのが今の状態だった。

 冒険者としてのキャリアも実績も立場もバスティは一番下なのだ。

 いつもリーダーに間違われ、それを自分で訂正し惨めな気分になっていたのだが、それはもう今は吹っ切って気にはしていない。

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