第2話「かつての仲間」
「――ってわけだよ。マスター」
酒でも飲まなければやってられないとばかりに、ベルナールはビールのジョッキをあおった。だたしこれはいつもの習慣でもある。
行き付けの小さな酒場でギルドでの顛末を話す。カウンターの向こう側にはこの店マスターがいる。
彼は年上の元冒険者でベルナールが若い頃に共に戦ったこともあった。
「冒険者にそんな通告があるなんて初めて聞いたな……」
それはそうだった。冒険者の引退は早い。四十歳を過ぎてまで現役を続けているベルナールが特別なのだ。
それと自身では戦わず巨大パーティーを仕切る経営者のようなベテラン冒険者が何人かいて、彼らもまた現役とも言えた。
「いや、噂はあったようだ。知らぬは俺ばかりだったと言う訳さ」
「そうなのか……。で、これからどうするんだ?」
「何か仕事を探す」
「金は?」
その質問の意味はベルナールには十二分によく分かる。
一攫千金を狙うのが冒険者であるが、たいがいは引退後に備えてその金を貯めているのが普通だ。
そして商売などを始めるのが、よくある冒険者の第二の人生だった。
「ほとんどない」
「呆れたな。大丈夫かい?」
「なんとかなるさ」
そう言ってベルナールは再びジョッキをあおる。
「やれやれ……」
ここのマスターはベルナールより一回り以上年上だ。マスターも借家を数軒持ち片手間で酒場の経営をしている。かみさんと二人の子供がいた。
「まあ、こんなに長生きするとは思ってなかったしなあ」
若い頃は強敵と戦い華々しく倒れても良いとさえ思っていのだ。ベルナールに金を貯める習慣など結局身に付かなかった。
「お前さんがそう簡単に死ねるかい。仕事か……、知り合いに声を掛けておくよ」
「悪い。何でもやるからさ」
ベルナールは腰に下げた革袋から金を出す。
「いいって」
「大丈夫だ。まだ文無しじゃないからな」
マスターは遠慮するが今から甘えてばかりもいられない。羽振りが良かったころはこの店で随分と金を使っていた。
ベルナールはもう一軒、他の店の扉をくぐる。ここは庶民向けの食堂で中は客で賑わっていた。
昔、ベルナールが勇者と呼ばれていた頃の仲間。弓を使うパーティーのメンバーが引退後に始めた店だった。
「久し振り……、セシリア……」
ベルナールは少々バツが悪そうにカウンター席に座る。来るのは本当に久しぶりだったからだ。
「ベル、聞いたわよ」
この店の店主、水色の髪をアップにした女性がホールのテーブルへ料理を運んだ後、カウンターの中へと入り、ベルナールの前に立つ。
「そうだよな。セシールからか?」
ベルナールは若い頃の母親によく似ている娘の名前を告げる。取り敢えずはセシリアにこのニュースを伝えたのだろう。
「ええ、一言そう言ってから仲間と飲むって出て行ったわ。明日は隣の街まで出張のクエストに行くって言ってた。その打ち合わせね」
彼女の娘、セシールは母親の血筋で冒険者をやっている。使う道具は同じ弓だ。
二人の兄は王都の学院に通い、そのままそちらで仕事を見つけた。
この街に残って母親の仕事を受け継いだのは一番下の娘だったのだ。
「これからどうするの?」
「さあなあ。伝説の
「何バカなこと言ってるのよ」
ベルナールしてもこれは冗談だった。セシリアは呆れ顔で言う。
「まあな、何か仕事を見つけるよ」
「仕事かあ……」
セシリアは頭を巡らす。
彼女は数年前に旦那を亡くした。魔物に殺されたのだ。
そして稼いだ金は貯めていたのでこの店を始めた。
「ウチで皿洗いかホールでもやる?」
「バカ言え。俺は腐っても冒険者だ。食えなくなったら冒険者として死ぬよ」
とは言ったものの最悪はそれも選択肢の一つ、最後の砦だった。
ベルナールは
「呆れた。まだそんなこと言ってるの? あなたはもう冒険者じゃないのよ」
「……そうだな」
その通りだ。その通りなのだ。それがギルドからの戦力外通告だ。
「じゃあ元冒険者の――、とでも名乗るか」
ベルナールは努めて明るく言って見せる。
「仕事、知り合いに聞いてみるわ」
「悪いな」
「水臭いわね。私たちは死んでもパーティーよ。冒険者じゃなくなってもね」
確かに遙か昔、仲間同士でそんなことを言い合いながら酒を飲んでいた。その時の顔がベルナールの記憶に蘇る。
「そう言えば他の奴らの話は聞く?」
他の奴らとは若い頃パーティーを組んでいた仲間のことだ。
ベルナールはかつて栄光の時を共に過ごした親友たちの名を出す。
「聞かないわ? 皆それぞれ仕事をしているわよ。この街にも噂は流れてこないしね……」
「まあな」
セシリアから明日の朝食用のパンを受け取って店を出る。
ベルナールは結婚しなかった。若い頃に冒険者として死ぬことが目標と思い、それを長い間引きずっていたのだ。
街外れに借りている部屋に帰る。最小限の家具しかない安いボロ家。
若くて稼いでいた頃は娼館を常宿にしていたこともあった。
俺の栄光なんてそんなモノだ。元勇者はそう思い自嘲気味に笑う。
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