綾瀬心咲、ダンジョン活動はじめました‼

富山 大

第一章 ミサキさん現る!!

駅前ダンジョン(仮名)深層二十階にて


 ここは、駅前に出来た、まだ名前も付いてない新しいダンジョンの深層二十階にある大森林。

 魔素まその濃度が50°Ozもあるような危険な空間で、美味しそうにカップ麺を啜ってる彼女を前にして。

 オレ、長谷川はせがわ数馬かずまは、ヒドく困惑していた。


 これはオレと彼女。

 綾瀬あやせ心咲みさきさんが出逢った、最初の物語である。



 ♠



 駅前に出来た新しいダンジョンに潜って1ヶ月が経つのか。

 メモ帳に記した正の字を数えながらオレは思った。



 もう1ヶ月か⋯⋯。



 速い。

 年々時間が経ったのが速くなってる気がするな~。

 ま、それはいい。

〈深層二十階の魔素の濃度は、50°Ozか〉

 オレは魔素メーターを見ながら深呼吸をした。

 ほんの少しだけ頭がクラっとする。

 軽い魔素酔いの症状だ。

 ダンジョンを満たすエネルギーの1つ《魔素》は、大気中に薄く溶け込んで存在している。

 窒素、酸素、二酸化炭素、魔素って具合にだ。

 魔法を発動する為に必要不可欠な物質であり、魔物が生存する上で欠かせない成分なのだが。

 地上を生活の場とする我々人間に取っては、何かと厄介やっかい代物しろものだったりする。


 薄い魔素であれば比較的安全なのだが、これが濃くなるにつれ魔素酔いという症状が、どこからともなく顔を出してくる。

 酔うという言葉の通り、軽い酩酊めいてい状態におちいり。

 変にテンションが上がり、陽気になったり、饒舌じょうぜつになったり、ひどく落ち込んだり、めそめそと泣いたり、延々とグチを繰り返したりするのだ。

 で、それが更に進むと吐き気をもよおし、昏倒こんとうし、ヒドい時には、そのまま死んでしまったりする。


 その目安となる濃度が、だいたい10°Oz。

 10°Ozを超えると、マスクの着用が義務づけられてる国もある程だ。

 魔素に弱い体質だと、濃度が0.5°Ozの魔素でも酔う。

 昔のダンジョン探索が表層四~五階止まりだったのは、この魔素に関する対策が不十分だったからだ。

 いまは中層域の十階から十二階辺りが、探索のメインフィールドになっているが。

 ここまで深く潜れるようになったのも、魔素に対する認識を改め、その対策が確立したからだろう。

 特にマスクの存在はデカい。

 これがあるのと無いのでは、生存率に大きな差が出て来るからだ。

 魔素の濃度が40°Ozを超えると、一般人なら一瞬で気を失う。

 魔素に弱い人間なら即死する濃度で⋯⋯。



 ん?



 それなのに何でオレはマスクを着けてないかって?

 オレか⁉

 オレは良いんだよ。

 オレは。

 オレは、どんなに魔素が濃くても大丈夫な特異体質な人なんだからよ。

 だから、こんな仕事に就いてるのさ。



 んんっ⁉



 どんな仕事かって⁉

 ディープダイバーだよ、ディープダイバー。

 ダンジョンダイバーなんて呼び方もするかな。

 ダンジョンダイバーって何かって。

 察しが悪いヤツだな~。

 読んで字の如くダンジョンに潜る人の事だよ。


 なんだ、探索者エクスフローラー探掘者エスかベーターと一緒じゃないかだって⁉

 それが違うんだな。

 ま、ひと口に冒険者っていっても、その職種によって色んなジャンルに分かれるわけで。

 一般に、探索者って呼ばれる連中は、横に広がったダンジョン世界を冒険する人の事だ。

 人類未到の地を目指して、ひたすらダンジョン内を探検するロマン溢れる仕事で。

 彼らは、そこに広がる未知の風景を写真に撮ったり、動画に撮ったり、魔物と戦ったり、それを動画に収めてアップしたりと、まあ色々とやってる。

 レジャーとしても定着してて、一般人も多いことから、人口比率的に最も多いのが探索者だ。


 探掘者は、文字通りダンジョン内の遺物を発掘する人のことだ。

 ダンジョンには遺跡が無数にある。

 異世界人の遺産だ、古代高等人類の遺物なんて呼んでる連中もいるぐらいで、そこには遺宝レリックだとか、希少レアとか、遺産レガシーとか、秘宝アーティファクトなんて呼ばれる財宝が、数え切れないほど残されてる。

 探掘者は、それらを見つけて金に換える人たちのことだな。

 まあ、大抵は二束三文のガラクタなんだが、時々、とんでもないお宝が眠ってたりする。

 運よく、それらを手に入れたなら、残りの人生を遊んで暮らせる程の大金が転がり込むんだ。

 これもロマン溢れる仕事だよな。

 大規模な発掘を行うとなると、それなりに設備投資が必要になるので、人口比率的にはそれほど多くはない。

 地上で名前を売った探索者が、スポンサーを募った後に探掘者に鞍替えしたりしてる。


 あと忘れちゃならないのが、魔物狩りモンスターハントを専門にやってる討伐者エクスターミネーターね。

 ダンジョン内の危険なモンスターを、協会ギルドの依頼を受けて専門で退治したり、協会の依頼を受けずに自発的にやってたりする。

 魔物狩りは、探索と並ぶダンジョンの二大レジャーだ。

 ダンジョン探索や発掘に比べて、派手で見栄えの良い映像が撮れる事から、ネットやTVで頻繁に動画が流れてる。

 小学生男子が将来なりたい職業のトップ10に、常にランキングされてる人気職だ。 

 トップクラスの討伐者になると、大企業がスポンサーに付き。

 最新高性能なアーマードスーツや、強力な武器が優先的に供給されてたりする。

 かなり優遇されてるように見えるが、ダンジョンで死ぬヤツの大半が討伐者だったりする。

 実入りは良いが、それだけ危険な仕事って訳だ。

 それでも討伐者になりたがるヤツは後を絶たない。


 そしてディープダイバーだ。

 ダイバーはその名の通り、縦に深くダンジョンに潜る人のことだ。

 皆も知るように、ダンジョンってのは階層世界だ。

 便宜上エントリーロビーに一番近い階層を表層一階と呼び、一段深い場所を表層二階と呼ぶ。

 基本、一階から五階までが表層と呼ばれる階層で、六階から十五階までが中層域になる。

 ここが現代におけるダンジョン探索のメインになる階層で、世界各国の冒険者が忙しく動き回ってる場所だ。

 で、オレの仕事場は、そのさらに奥になる。

 深層域と呼ばれる十六階以降の空間だ。


 オレはニッポンでも十人といない、Aランクのダイバーでね。

 依頼を受けて駅前に新しく発生した、まだ名前も付いてない、このダンジョンに潜って、そこの地形だの、気候だの、生態系だのを調べてたんだ。

 皆も知るようにダンジョンの構造ってのは、どれも独特で1つとして同じモノがない。

 似通ったモノは確かにあるけど、決して同じモノではないのだ。

 この駅前のダンジョンも少し変わってて、表層域はレンガ壁の続く、いわゆる地下迷宮タイプの一般的なダンジョンだったが。

 中層域に入ると、そこは一面の水の世界になっていた。

 夕映えを写す鏡のように美しい水面に、一瞬ハッと息を飲んだのを覚えている。

 そして下層に近づくにつれ緑が増えていき、駅前ダンジョンで最深の二十階層に入ると、そこは広大な森林地帯となっていた。



 うんっ⁉



 森もダンジョンの内に入るのかって⁉

 そりゃ入るさ。

 と、自信を持って言ってるが、ダンジョンの定義っては、実はまだ固まってない。

 一般に知られてるレンガや切り出した石の壁に覆われた、狭苦しくて息苦しい迷路状のダンジョンも、ここの中層に広がる水の世界のダンジョンも。

 異世界の扉の向こう側にある、人を惑わす空間として、一括りにダンジョンって呼ばれてるのさ。

 水の世界のダンジョンで何で迷うのかって?

 そりゃ遮るモノが何もない、つまり目印になるモノが何1つない広大な空間に、ポツンと1人で立ってみな。

 自分が、いまどの方向を向いてるのすら分からなくなるぞ。


 で、この森のダンジョンだが。

 これが相当に厄介なヤツでね。

 ダンジョンを構成する森は、たったの1日でその様相を一変させる。

 森の生命力が強いせいなのか、人間の営みの跡ですら簡単に消し去ってしまうのだ。

 切り払った枝も、掘り返した土も、焚き火の跡ですらキレイに消してしまう。

 よほどダンジョンに慣れた人間でもない限り、森のダンジョンには足を踏み入れない事だ。

 そうしないと残る一生をダンジョン内で過ごす事になる。

 まあ、これは杞憂かな。

 魔素が50°Ozもあるような深層二十階のダンジョンに来るようなバカは、オレ以外にいる訳が──




「いた‼ 人‼ 人がいたわ‼」




「はぁっ?」

 突然、飛びかかって来たそれは、オレに抱きつき、頬ずりをするようにオレの胸にすがりついた。

 あまりにも突然のことで、オレは何の反応もできずに尻餅をついた。



「なんだ⁉ えっ⁉」



 最初にオレの五感を刺激したのは匂いだった。

 汗に濡れた長い黒髪から漂ってくる甘い香り。

 次に視覚。

 なんで、そんな格好をしてるのか、ダンジョンに不似合いな濃紺のビジネススーツと、スーツの色に合わせたパンプス。

 そして最後に触覚が刺激された。

 それは力いっぱいオレに抱きつき、押し倒し、押しつけて来たのだ。




 ポヨヨン、



 と、ふくよかな胸の膨らみを⋯⋯。


 あの、


 ちょっと、


 ねえ。


 ダンジョンの奥深くで、1ヶ月も禁欲生活を送る男に、甘い香水と汗の匂いの入り交じった肉感的なボディを押し付けて来るのは、ちょっと⋯⋯。


「聞いてるの⁉ ねえ、人の話しを聞いてる⁉」


 襟首を掴まれ、前後にガクガクと揺さぶられたショックで夢から覚めた。



「えっ⁉ あぁ、悪いなんだって。──じゃない、なんで、こんな所にいるんだ、アンタ‼」



「そんなの、あたしの方が知りたいわよ‼」



 これがオレと彼女綾瀬心咲さんとの出逢いだった。



 ♠


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