第47話・新しい体
どのくらい時間が経っただろう。
ウクブレスト王宮の地下の瘴気は、とても濃くなっていた。
ここに足を踏み入れた者は、この瘴気のせいで、気が狂ってしまうかもしれない。
これほどの瘴気を、このままにしておく事はできないはずだ。
そろそろ観念して、誰かがここを訪れるだろう。
アリアやリカルドの可能性は低いと思うが、たとえあの二人がここを訪れたとしても、この濃い瘴気の中では無事ではいられないだろう。
もしかすると、この瘴気だけで憎いあの二人に一矢報いる事ができるかもしれない。
だが、スザンヌの前に現れたのは、意外な人物だった。
王宮の地下に降りてきたのは、ディスタルだった。
ドラゴンに襲われた時、スザンヌはディスタルを置いて逃げたが、彼はどうやってドラゴンたちから逃れたのだろうか?
「すごい、瘴気だ……」
ディスタルは地下牢に充満する瘴気に嫌悪したようだが、正気を保ったまま、魔石のある場所まで近づいてきた。
彼の胸には、見た事もない十字架のペンダントがかけられていた。
その十字架のペンダントは、どうやらマジックアイテムらしく、そのおかげで瘴気の中でも大丈夫なようだった。
スザンヌの知る限り、その十字架はディスタルの持ち物ではなかったはずだ。
ウクブレスト王か王妃の持ち物かもしれない。
今のディスタルは少し怪我をしているようだが、五体満足だ。
彼は魔力こそ少ないが、若く強い肉体を持っていた。
まぁ、ディスタルでもいいかとスザンヌは思う。
それに、彼の体を手に入れれば、この国を手に入れるのは簡単だ。
今まで以上に、何だってできるだろう。
「なんだ?」
コツン、とディスタルのブーツの先が、魔石に当たった。
ディスタルがしゃがみ込み、魔石を拾い上げる。
うふふ、触れた。魔石に、触れた。
これでディスタルの体を奪う事ができる――スザンヌはそう思ったが、それはできなかった。
一体、どうして?
あの十字架のせいかもしれない。
だけど、ディスタルは以前もスザンヌの術で操る事ができなかった。
十字架というマジックアイテムもあるが、どうやらディスタルはスザンヌが思っていた以上に、強い精神力を持っていたのかもしれなかった。
「これが、瘴気の正体か? スザンヌ、お前なのか?」
魔石の中で、スザンヌはギクリとした。
自分が魔石の中に居る事が、ディスタルに気づかれていた。
「美しかったお前の体はどうなったのだ? あの時、お前を追いかけていったドラゴンに食われたのか?」
そう言ったディスタルに苛立ったが、魔石の中でスザンヌは考えていた。
いっその事、魔石の中から魔法で攻撃をして、この男を殺してしまおうか。
だが、そうすればディスタルの体を奪う事ができなくなるし、ウクブレスト王は警戒を強めてしまうだろう。
「返事もできんか」
ディスタルはそう呟くと、コトリと床に魔石を置いた。
そして、剣を引き抜くと、魔石に突き立てようとする。
「っ!」
考え込んでいる場合ではなかった。
スザンヌは瘴気を黒い刃へと変え、ディスタルの腹を貫いた。
そしてそのまま、魔石を魔力で浮かせてディスタルの腹部へと魔石をねじ込む。
直接体の中に入り込み、ディスタルを支配しようと思ったのだ。
「ぐ、ああぁっ」
ディスタルの体内に入り込んだと同時に、スザンヌは魔石の中に溜めていた魔力を全て解放した。
ディスタルの体全体に魔力を行き渡らせて、彼を支配する。
「く、そっ! スザンヌめっ!」
ディスタルはしばらく必死に抵抗し、暴れていたが、やがて大人しくなった。
スザンヌはディスタルの体を動かし、貫いた腹に右手をかざした。
魔力の少ないディスタルが、唯一使える魔法が初歩の回復魔法であるのはとても意外だったが、今はこれが役に立った。
「あはははは、はは、はははははっ!」
瘴気の刃で貫いた腹を癒し、ディスタルの体を乗っ取ったスザンヌは笑った。
スザンヌはディスタルの若く強い肉体と、ウクブレスト王国の王子という権力を手に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます