第2349話 退魔師 XⅠ

 柏木さんのオペから2週間が過ぎた。

 術後の経過は全く問題ないばかりか、様々な検査数値が異常に向上していた。

 手術で衰えるどころか、まるで若返っているかのようだ。

 一江たちと一緒にその数値に驚いていた。


 柏木さんは顕さんと同様に、響子のいい話し相手になってくれた。

 俺や六花が帰った後も、響子と遊んでくれている。

 もちろん響子の部屋には行かないようにお話しし、その通りにしてくれていた。

 響子が柏木さんの病室へ行ったり、一緒に院内を散歩したりしてくれている。

 柏木さんの病室は、個室にしていた。

 料金は院長の許可を得て、大部屋と同様にしている。

 非常に常識的で丁寧な方なのだが、やはり職業が特殊なので他の患者さんへの影響を考えた結果だ。

 そういうことも無いのかもしれないが、霊現象が起きても困る。


 しかし柏木さんへの見舞客は無く、響子・六花と俺や一江などが時々行く程度だ。

 柏木さんは自分の体験を原稿にまとめており、怪談本で有名な出版社からの依頼も受けているようだ。

 近々その第一弾が出版されると聞き、俺と一江が楽しみにした。

 時々ノートPCで作業をされているのは、その原稿の執筆だったようだ。

 

 ある日、いつものように仕事の合間に柏木さんの病室を訪ねると、見舞客がいて驚いた。


 「こんにちは。今日はどなたかいらしているんですね?」

 「ああ、石神先生。親戚の子なんです」


 若い女性が、花瓶に花を活けていて、俺の方を振り向いて頭を下げた。


 「マンロウ千鶴と申します。大叔父がお世話になって……!」

 「マンロウ千鶴!」


 星蘭高校で出会った、あのマンロウ千鶴だった。


 「猫神君!」

 「ちげぇ!」


 柏木さんも驚いていた。

 

 「千鶴を御存知なんですか?」

 「え、ええ。ちょっと前に」

 「猫神君! どうしてここに!」

 「おい、ちょっと来い!」


 俺はマンロウ千鶴の手を引いて部屋から出た。

 一江に連絡し、空いている会議室を押さえさせた。

 コーヒーも頼む。


 「参ったな」

 「どういうことなの!」

 「いやぁ、どうしようかな」


 突然のことで俺も動揺していた。

 しかし、こうなってはある程度のことはマンロウ千鶴にも話さなければならないだろう。

 柏木さんには、俺が「虎」の軍の人間だと言うことも話しているのだ。


 「実はさ、俺、ここの医者でさ」

 「どういうこと!」

 「その前に、お前のことを確認させてくれよ」

 「そうしたら全部話してくれる?」

 「全部じゃねぇ。必要なことだけだ」


 「もう!」


 不満そうだったが、マンロウ千鶴は俺の質問に丁寧に答えてくれた。


 「マンロウは」

 「千鶴でいいです」

 「ああ、千鶴は百目鬼家の人間なんだよな?」

 「そうです。今はマンロウを名乗っていますが、それは父方の苗字です。いずれ百目鬼を名乗ることになると思います」

 「そうか。その「いずれ」というのは、千鶴が百目鬼家に認められたらということか?」

 「はい、よくお分かりですね」


 日本の裏社会の家系だ。

 そうやって身分を隠すこともあるのだろうと思った。

 特に就学中は、その方が何かと便利だろう。

 

 「柏木さんも百目鬼家と繋がりがあるのか」

 「そうです。百目鬼家は戸籍上は隠されているんです。柏木姓は百目鬼家の表本家でした」

 「でした?」

 「10年前に滅びました」

 「なんだと!」

 「「業」の手によってです。直接は道間宇羅ですが」

 「!」


 なんという因縁か。

 百目鬼家も「業」によって滅ぼされたのか。


 「百目鬼家は妖魔と戦う術を持っています。だからでしょう。道間家とも親交がありましたから、柏木家が狙われたかと」

 「待て、さっき表本家と言ったな?」

 「はい」

 「じゃあ、裏本家もあるのか」

 「そうです。百目鬼家の本当の本系は裏本家です」

 「どういう家系だ?」

 「それは猫神さんにも話せません」


 「あー、俺の本名は石神高虎って言うんだよ」

 「石神高虎!」


 千鶴が叫んだ。


 「知っているのか?」

 「もちろんです。「業」と戦う「虎」の軍の中枢、あの石神高虎が猫神さんだったんですね!」

 「まあな。そこまで知っているんじゃ、あんまり隠し事は無くて良さそうだな」

 「はい!」


 俺は千鶴と一緒に柏木さんの病室へ戻った。






 

 「千鶴から、いろいろ話を聞きました。柏木さんは百目鬼家の人間だったのですね?」

 「はい。でも本家とはもう離れているので」

 「10年前に本家は……」

 「聞いています。まあ、大きな敵が現われた時に楯になるのが柏木家の役目でしたから。みんなその役目に殉じたのです」

 「そうですか……」


 言葉が無い。

 柏木さんも、離れたとはいえ、かつての実家に思い入れがないはずもない。

 

 「石神さんが突然いなくなったので、どうしようかと思っていました」


 千鶴が言い、柏木さんは知らないことなので、俺が簡単に事情を説明した。


 「ある麻薬を追って、先日千鶴のいる星蘭高校に潜入したんですよ」

 「そうなのですか」

 「大叔父さん! この石神さん、高校生で入って来たんですよ!」

 「えぇ!」

 「うるせぇ! ちゃんとやってたろう!」

 「全然! 誰も高校生には見て無かったですよ!」

 「この野郎!」

 「しょうがないじゃないですかぁ!」


 俺たちの遣り取りを、柏木さんが笑っていた。


 「まあ、何とかそっちは解決して」

 「随分と無茶苦茶でしたよね!」

 「てめぇ!」

 「だって! ただ暴れ回って力づくでやってたじゃないですか!」

 「急いでたんだよ!」

 「まあ、そのお陰で一気に解決しましたけど」

 「そうだったろ!」

 「でも、本当に無茶苦茶で」


 千鶴が柏木さんに、俺たちがどう暴れ回ったのかを話した。

 柏木さんはまた笑っていた。


 「でも、だから石神さんは病葉衆だとか早霧家の剣技とか私の技が百目鬼家のものだって分かったんですね」

 「石神家が全部把握していたからな。俺も教わったのは最近だけどよ」

 「石神家のことは私も少しは聞いていますが」

 「近寄るなよ?」

 「はい、絶対」


 まあ、よく知っているということだろう。


 「あの後、小島将軍にお会いしたんだ」

 「えぇ! 石神さんは小島将軍ともお知り合いなんですか!」

 「まあな。だから星蘭高校のことは大分分かった。あの校長が只者じゃないことも聞いたよ」

 「そうですか」


 千鶴から、あの後の星蘭高校の話を聞いた。

 部団連盟は、また久我を中心に再編成されたそうだ。

 久我は郷間の精神操作を解かれ、本来の能力を発現している。

 それは組織を掌握し、組織の構成員の能力を跳ね上げる力だそうだ。

 病葉衆の異能なのだろう。


 「久我の下で鍛錬を続けると、能力が飛躍的に向上するんです。それがこれまで無かったので、私も不思議に思っていたんです」

 「お前と御坂は郷間の影響を受けていなかったな?」

 「ええ。精神攻撃に百目鬼家も「虎眼流」も強いですからね。妖魔相手の流派なので」

 「なるほどな」


 千鶴が俺の手を取って言った。


 「もうお会い出来ないかと思ってました」

 「あ?」

 「特別な人間なのは分かってました。でも、またお会いしたかった」

 「何言ってんだ?」

 「あなたが好きなんです!」


 俺は柏木さんの顔を見て、柏木さんも俺を見ていた。


 「俺が幾つだと思ってんだぁ!」

 「19歳でしょう!」

 「バカ!」

 「そう言ったじゃないですかぁ!」


 もちろん千鶴がそれを信じているわけではない。

 会話の主導権を握ろうとする、千鶴の頭の良さだ。


 「俺は既に心に決めた女がいる!」

 「じゃあ、私もその一人に!」

 「!」


 一瞬、俺の女性関係を知っているのかと思った。


 「やっぱり!」

 「!」


 やられた。

 相当に頭が良く、また物事を見通す力の高い人間なのだ。

 俺との僅かな邂逅で、俺のことを分析している。

 俺がどういう人間なのかを解析したのだ。

 しかも、柏木さんには俺がいろいろと話している。

 その前で、否定も出来なかった。


 「俺はもう女は必要ない」

 「石神さん!」


 その時、六花が響子を連れて来た。


 「こんにちはー!」

 「響子ちゃん! 六花さんも!」

 「こんにちは。また来てしまいました。石神先生もいたのですね」

 「あ! この人! 石神さんの彼女ですね!」

 「おい!」

 

 六花が笑顔で言った。


 「違いますよ」

 「おし!」

 「私は二号で、本妻は響子です」

 「エヘヘヘヘヘ!」

 「!」


 六花の頭を引っぱたいた。


 「いたい!」

 「お前ぇ! ややこしいことを!」

 「石神さん!」

 「う、うるせぇ!」

 




 面倒なことになった。

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